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5章
102話 寄生する病
しおりを挟む「は……はは。それじゃあ……僕は……僕は……。もう……この病を……治療した……。という事でしょうか?」
自分で言いながら、何と言っていいのか分からない気持ちで一杯になる。
これで……本当に? これで僕はもう……普通の人と同じようになれるのだろうか。
ロベルト兄さんやリーナと一緒に外でも楽しく遊べるし、父さんや母さんを心配させる事もない。
そんな……そんな事が……こんな……こんな簡単に……。
そう思っている所に、師匠が声をかけてくる。
「エミリオ。早まるな」
「え……」
「ルゴー殿。どうだと思う?」
「……ハッキリとは言わん。だが、まだいることは確かじゃろう。体の中に違和感はまだまだ存在する」
「そんな……」
僕は、やっと……やっと治ったと思ったのに……。
もう……僕は……。
「エミリオ。前を向け!」
「でも……でも……」
俯かずにはいられない。
やっと……やっと生まれた時からの病を治療出来ると思った。
その病の元になっているかもしれない、ユニコーンみたいな病を倒したと思ったのに……。
「エミリオ!」
「!」
「エミリオ。今までの病……毒がどうだったのかを考えろ」
「毒……バジリスクの……毒……ですか?」
「そうだ。その時はどうやって治療した?」
「どうやってって……」
確か、レイアの時は彼女の体を攻撃しまくっていた。
それもたくさんの数が……たくさん……。
「他にも……同じような敵がいるって言うことですか?」
「そうだ。バジリスクの毒も1体だけではなかっただろう?」
「ですけど……あんなに強い敵が何体もいるなんて……」
「だが倒せた。違うか?」
「……違いません」
「ならば、問題ないだろう? たった今倒せたんだ。奴らのこれまでの行動を考えれば、増殖するという事はあまり考えられない。であれば、1体ずつ狩って行けばいずれ治る」
「でも……フルカさんも……ルゴーさんもこの街の大事な方です。自分の為に時間を使っていただくわけには……」
僕は……治療したい。
先ほどの治療に関しては、僕が治療出来たという想いがあった。
僕の回復魔法で奴を……長年僕を苦しめていた奴を炙り出し、手伝ってもらって倒したからだ。
そして、彼らに手伝ってもらえばやれる。
ということを考えれば、なるほど、出来るのかもしれない。
でも……それでも、彼らの大切な時間を僕の為に使わせる訳には……。
これ以上……僕が我がままをいう訳には……。
「何を今さら言っているんだ。お前が望むなら1年間ここに泊まって行ってもいいんだぞ? もちろん治療してやる。ハゲタヌキが来ても適当な宿に送ることも約束しよう」
そう言ってくれるのはフルカさんだ。
彼女は不思議そうな顔をしている。
「そうじゃぞ。ワシの弟子候補の体調を管理する位は手伝ってやろう。治療出来る者は老体に鞭打っても治療し終えないと病室から出さんぞ。覚悟しろ」
ルゴーさんも仕方ない。
そんな風に話してくれる。
でも……そんな……僕は……僕は……。
「いいんですか? そんな……すごい……権力なんて……僕は持っていませんよ?」
それこそ、ディッシュさんの様にこの大きな街を支配している訳でもない。
最近バルトラン家の爵位が上がったとはいえ、あくまで次男だ。
「お前こそ勘違いをしているぞ」
「フルカさん?」
「お前はディッシュ様を治療してくれた。特級回復術師であるジェラルド殿ですら出来なかったことだ。それを成しとげ、治療してくれた。その恩を返す為なら、このくらいいくらでもやるとも」
「ワシも……失いたくなかった孫の様な存在を……失わずに済んだんじゃ。幾らでも手を貸す」
「皆さん……」
2人がそう言ってくれることに、僕は涙が溢れてくる。
そこに、師匠が声をかけてくれた。
「エミリオ。これはお前が助けたからそう言ってもらえるんだ。その言葉……その気持ち、忘れるんじゃないぞ」
「……はい! ありがとうございます! 師匠!」
「だが今日はこれまでだ。明日以降に万全の体勢を整えてしっかりと1体ずつ潰していく。それでいいな?」
「はい!」
「任されよう」
「了解じゃ」
こうして、この4人でこれから僕の治療をしてくれることが決まった。
そこに、師匠疑問を口にする。
「それでルゴー殿。先ほどの話、聞かせてもらってもいいか?」
「ん? エミリオがワシの弟子になる話か?」
「耄碌したのかクソジジイ。寄生する病の話だ」
「年寄りに向かって何という口を、しかし、寄生する病……か。もう残っていないと思っておったんじゃがな」
「残っていない?」
「そうじゃ。昔、一時流行った病でな。臓器に寄生し、その宿主の体力を半永久的に吸い続けるんじゃ」
「それは……パラサイタルと言う病ですか?」
「流石特級回復術師。勉強熱心じゃな。その通り、その病じゃ」
「それが……僕の中にいたものだと?」
僕が口を挟むと、ルゴーさんは首を振る。
「それはない。パラサイタルは隠れることに特化した病。戦闘になったら一瞬で退治される。それほどの弱い存在じゃ。それに、その性質から遺伝することもないし、時間と共に消滅していった。今ではほとんど残っておらんはずじゃ」
「では……なぜ?」
「分からん。一応貴重なサンプルとして王家や高位貴族が持っていることもあるが……。流石に関連性は薄いじゃろう」
「エミリオが……いや、この場合はバルトラン子爵夫人か? 高位貴族と関わっていたことはないんだろう?」
師匠に振られて、僕は知っている限り答える。
「はい。母さんはバルトラン男爵領よりも小さな貴族の出身らしいので、付き合いはなかったのではないか……と」
「分からんな」
「そうじゃな。とりあえずこれ以上考えても仕方ない。今は一度戻って休むとしよう。詳しい話は後日。最初の数日はワシも泊まる」
「あたしは帰るが、何かあったらすぐに呼べ、部屋には見張りとメイドをつけておく」
「おれは近くの部屋にいる。何かあったら呼ぶか来い」
「はい。ありがとうございます!」
こうしてこの日の治療は終わり、僕はこんな素晴らしい人達に出会えた事を感謝して、ぐっすりと眠りにつくことが出来た。
******
そこはとある小屋の中。
全身黒ずくめの2人が声を殺して話していた。
「任務はなんでしょう」
「こいつを消せ」
男はもう一人の女に対象の名前や情報が書かれた紙を渡す。
「かしこまりました」
少女らしき声が聞こえ、彼女はマッチに火をつけてその一瞥した紙を燃やした。
「すぐに」
「待て」
「何か?」
「注意しろ。そこには殺してはいけない奴もいる」
「……そんな価値のある者が?」
「ああ、もしかしたら……成功例がいるかもしれん」
「成功……例?」
「そうか。知らんならいい。殺してはいけないのはこれだ」
男はそう言って一枚の紙を渡す。
少女は少しだけ怪訝な表情を浮かべ、それを見る。
「かしこまりました」
しかし、彼女は殺しのプロ。
言われた事を正確にやり遂げるのに、彼女の考えなど不要だ。
彼女はそう言って、紙に火をつける。
「では」
「ああ」
男はそれだけ言うと、目の前にいる少女などどうでもいいと言う様どこかに消える。
少女はそんな男の様子を当然の様に見て、自身の為すべきことの為に行動した。
「……」
彼女は闇夜を駆け、目標の場所に向かって一直線に進む。
誰もが彼女の存在に気付かない。
彼女はそうなるように作られ、訓練されているから当然だ。
そのまま目標の場所に難なく忍び込み、殺すべき対象がいる部屋をみつけた。
部屋の前にいた見張りを容易く|首を切って殺し、静かに潜り込む。
中は流石貴族の部屋と言った様子で、彼女はあまり違いは分からないが良くもここまで無駄な物を集めたと思う。
普通の民達が一生かかっても買うことが出来ないだろう物ばかりだ。
まぁ、これから死ぬ人間には関係のない事だとは思うが。
「……」
彼女はゆっくりと、しかし決して音を立てずに近付き、ベッドで眠る対象の首筋を手に持っている短剣で切り裂いた。
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