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4章

66話 バジリスク

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「シュロロロロロロロロロロ」

 見たこともないトカゲの形をした魔物だった。
 それは体長2m程、森にいるからか緑色の体色に、口からは真っ赤な細長い舌を伸ばしている。

「あれは……?」

 僕が呟くと、師匠が声を張り上げた。

「バジリスク!? なぜこんな所に!?」
「バジリスク?」

 僕は師匠に向かって首をかしげた。

 師匠はじっとバジリスクから目を離さずに教えてくれる。

「バジリスクは猛毒を出す魔物だ。その毒の種類には様々あり、全く動けなくなる毒を与えることから石化させる魔物とも呼ばれている」
「石化させる魔物……」
「ああ。だが、それも毒の種類によるし、個体によって保持している毒の種類も違う。極めて厄介やっかいな魔物だ。そして、何よりも厄介なのは……」
「シュロロロロロロロロロロ!!!」
「避けろ!」

 バジリスクが吐いた紫色の何かは、レイアに向かって飛んでいく。

 レイアは身軽にそれをかわしてバジリスクに突っ込んでいった。

「はぁ!」

 ズバン!

 レイアが思い切り大剣を振り降ろす。
 バジリスクはその図体に似合わない速度で躱す。

「毒のブレスが最も危険だ! その毒にだけは決して当たるな! 飛沫ひまつも気をつけろ!」
「分かった!」

 レイアは師匠に返事をして、追撃の為に剣をバジリスクに向かって振り下ろし続ける。

「ちょこまかと!」

 レイアが力を込めて振り下ろすけれど、バジリスクはその俊敏性しゅんびんせいを活かしてよけ続ける。

「気をつけろ! バジリスクはCランクの魔物だ! 油断したら死ぬぞ!」
「なるほど! それは燃えて来るな! だが、もう動きは見切った! せりゃぁ!」

 ズダン!

 レイアが振り下ろした大剣は、バジリスクの首を一太刀で切断した。

 暫くピクピクとしていたけれど、流石に首を切断されては動けないのかぐったりと力なく動きを止める。

「レイア! 大丈夫!?」
「ああ、問題ない。しかしこれでCランクか。呆気あっけなかったな」

 レイアはつまらなさそうにバジリスクを見ていた。

「それはレイア嬢がそれだけ強かったからだ。本来であれば、あの速度で攻撃を躱し、かすっただけで洒落にならないダメージを負う毒を吐くんだ。普通のパーティだったら壊滅かいめつしていてもおかしくはない」
「アタシが楽しめなければ関係ない」

 レイアはそれだけ言うと武器の手入れを始める。

 そんな様子の彼女を、師匠は苦笑しながら見ていた。
 ただ、直ぐに真剣な眼差しに変わり、バジリスクを調べ始める。

「……」
「師匠。これは……」
「エミリオ。少し待っていてくれ」
「はい」

 師匠は暫くバジリスクを調べた後に、僕に向かって言って来る。

「エミリオ。この死体を急いで持ち帰るぞ」
「師匠? どういう事ですか?」
「帰りながら……いや、帰ってから説明する」
「分かりました」

 僕は師匠の言うままに氷の板で棺を作り、レイアに手伝ってもらってそれを入れる。

「レイア嬢。急いで戻るぞ」
「何? まだまだこれからだろう。魔物と心行くまで戦えると聞いたから来たんだぞ? それが……」
「後からもう嫌だと言いたくなるほどに戦えるかもしれない。だから今は戻るぞ」
「……そこまで言うのであれば」

 こうして僕達は急いで屋敷に向かって戻る。

 しかし、さっきの師匠の言葉はどういう事だろうか。
 師匠はずっと考えているのか、じっと黙っている。

 ならば、僕はそれを邪魔は出来ない。

 僕達は不穏な空気のまま屋敷に戻った。

******

 屋敷に急いで戻ると、そこには以前見た騎士の人達が30名程玄関にいた。

「あれは……」

 誰だったか。
 そう考え始めると、レイアが教えてくれる。

「あれはカヴァレ辺境伯の所の騎士たちだな。なぜここにいるのかは分からないが」
「カヴァレ辺境伯? もしかして……」
「エミリオ様!」

 考えていると、チェルシーが屋敷から手を振っていた。

「チェルシー! どうしたの!?」
「急いで客間へ! 奥様達がお待ちです!」
「分かった!」

 僕達は3人揃って客間へと向かう。
 すると、そこには母さんだけでなく、フィーネさんとラウルさん。それと、回復術師の格好をした男性がいた。

「エミリオ。よく来てくださいました」
「フィーネさん! 先日はありがとうございました」
「何を言うのですか。助けられたのは私の方。父も出来る限り力になると仰ってくださいました。今回、それで来たのです」
「それで?」
「流行り病が出ているのでしょう? 我が領の回復術師を多少ですが連れて来ました。良ければお使いください」
「本当ですか!? というか……よろしいのですか?」

 回復術師は貴重だ。
 それこそ、コンラートが兵士を送って来たように、凄腕の回復術師なら爵位が上がる。
 という話を聞いた様に。

 辺境伯家がそれを知らないはずがない。

 しかし、フィーネさんは何でもない事の様に話してくれた。

「勿論です! 今は戦争にはなっていませんし、これから冬です。あちらも兵を向けて来ることはないでしょう。なので、父を説得出来ました!」
「フィーネさん……ありがとうございます」
「いえいえ、それに、ヴィクトリア様も手伝って頂いたんですよ」
「ヴィーが?」
「ええ、回復術師を連れてきましたが、全て我が領地の者だけではありません。ゴルーニ侯爵家の者もいるのです」
「そうなんですか……」
「ええ、それに、中央が今めているのでアタシたちに早く行ってほしい。そう言ってくださったのはヴィクトリア様ですから」

 その言葉を聞いた師匠が、フィーネさんに詰め寄った。

「フィーネ嬢。今の話詳しく聞かせてもらおう」
「グランマール伯爵? 何がですか?」

 グランマール? と思ったけれど、師匠の家名だった気がする。
 確か、ジェラルド・グランマール伯爵。
 それが師匠の公式な名だ。

 師匠は気にした風もなくフィーネさんに返す。

「今中央で揉めている。そう言っただろう。何を揉める事がある? 流行り病が起きた時には回復術師団を派遣するのが通例だろう? というか、それが無ければここはどうする気だ?」
「それについてなのですが……」

 フィーネさんは悲しそうに口を開く。

 彼女の口から言われた事はこうだ。
 バルトラン男爵領では降雪が確認されている。
 その為、回復術師団を派遣した場合、もしも他の地方で流行り病が起きた際に対処が出来ない。
 それに、男爵領は小さいので、雪が溶けてからでも良いのではないか。
 という意見が中央ではあるらしい。

 他にも、師匠がここにいるから回復術師団を派遣しなくても良いのではないか。
 という意見もあり中央では会議がすさまじく、国王も頭を悩ませているらしい。

「ふざけるなよあのハゲタヌキが!」

 師匠が珍しく感情を露わにして怒っている。
 ハゲタヌキ、一体誰の事だろうか。

「グランマール伯爵、国王をその様に呼んでは……」

 フィーネさんが止めているけれど、まさか相手は国王?

 師匠は国王相手にハゲタヌキなんて言えるの?

「そんなことはどうでもいい! クソ……回復術師団の護衛も来ると踏んでいたが……これでは……」
「護衛?」
「……」

 師匠が1人で考えていたけれど、少し考えた後に、深いため息をつく。
 そして、皆を見回して、口を開いた。

「ふぅ……。あくまで推測でしかない。推測でしかない……が、非常事態の可能性がある」
「非常事態……? 流行り病以上のですか?」
「……ああ。恐らく、スタンピードが起きる」

 その場の誰もが何も言えなくなるほどの衝撃が、師匠の言葉にはあった。
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