不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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4章

52話 体内

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「それでは早速入ってみよう」
「そんな……もうだなんて……」

 師匠は直ぐに入ると言っているけれど、心の準備が出来ていない。
 自分の体の中に入る、いつかとは思っていたけれど……今……とは……。

「大丈夫、さっき入れたんだ。一度でも入れたのなら、何も問題はない。きっと行ける。さぁ!」

 師匠がドンドンと僕に近付いて来る。
 またしても僕に無精ひげを当ててくるのは狙っているのだろうか。

「わ、分かりましたから離れてください!」
「そうか。分かってくれたか。ではやるぞ」
「はい!」

 そうと決まったのなら僕は本気でやる。
 師匠は練習のつもりかもしれないけれど、僕は本気だ。
 もうこの場で自分自身を治す。
 それくらいの気持ちを持つことにした。

「では、これを置いて……」

 僕は不退転の覚悟を持っていた。
 けれど師匠は僕のコクラの人形を取り、直ぐ傍のテーブルの上に置いた。

「……あの。それは何に使うんでしょうか?」
「決まっている。この中に入るんだ。何の為にマスランが君の為に作らせたと思う? 回復術師の必需品ひつじゅひん、それは傷を治せるからというだけではない。体内の構造までも同じようになっているからだ」
「……そ、そうですよね! 知っていましたとも! 当然ですよ!」

 僕は背中に冷汗を流しながら答える。

 考えれば当たり前だ。
 というか、自分自身の体に練習で潜る訳がないに決まっているではないか。
 流石に自分を治せると思って焦ってしまったかもしれない。

 師匠はそんな僕の様子に気が付いた感じもなく、準備を始める。

「やり方は簡単だ。まずは自身の血を少量この注射器と呼ばれる物に入れる」

 師匠が取り出したのは、銀色の金属の筒に、細い針がついているものだった。
 それを引くと、2つに分離した。
 片方は針がついた金属の筒、もう片方はよくわからない細長い棒状の物になる。

「ここにまずは入れ……」

 師匠は自身の指から流れ出る血をほんの少量入れ、そこに小さなサングレを入れる。

「これでサングレが小さくなるまでは暫く待つ。やってみろ」
「分かりました」

 僕は先ほどの傷……はもう治っていたので、もう一度傷をつけて血を出す。
 そして師匠から受け取った注射器に垂らし、サングレを入れる。

 それから暫く待ち、師匠が行けることを教えてくれた。

「これを……コクラの人形は血管が分かりにくいが、ここにある。見えるか?」
「血管ですか?」
「ああ、そこに注射器からサングレを体内に入れるんだ」
「よくこんな方法を思いつきましたね……」
「ああ、かなり昔に、医学の神。と呼ばれる人によって伝えられた物だ。その人がどうやってそんな方法を編み出したのかは謎に包まれているが、そんな歴史の話は今はいい」
「分かりました」
「入れ方はこうだ。失敗しても人形だ。気にするな」
「はい」

 それから師匠に言われるままにやってみるけれど、中々難しい。
 でも、師匠に教えてもらい何度か練習をしていると出来るようになった。

「よし、流し込めたな。では、次はその中に繋がりを感じるだろう? それに向かって飛んでみろ。あ、もし飛べたのなら、すぐそこにいて動くなよ」
「分かりました」

 僕は師匠に言われるままに、先ほどのように飛ぶ想像を強める。
 そして、詠唱を口にした。

「我が意識は欠片、依代に宿り新たな自我を為せ『生命憑依ライフ・ポゼッション』」

 体が引っ張られる感覚を味わい、コクラの人形の中に向かって行く。

 僕は思わず目を閉じる。
 そして、暫くすると目を開けた。

「ここは……」

 僕が目を開けると、そこは真っ赤なトンネルの中だった。

 上下左右全て真っ赤に染まっていて、何か真っ赤な水……のような物が流れている。
 その流れに乗って、真っ赤な丸い潰れたパンみたいな何かが通り過ぎていく。

 それからはさっきの潰れたパンの真っ白な物も見える。

「なんだ……あれ……」
「あれらは赤血球や白血球と呼ばれる物だ」
「師匠!?」

 師匠はいつの間にか僕の後ろにいて、そう教えてくれる。

「赤血球……? 白血球……?」
「ああ、それについても、昔の医学の神。と呼ばれる者が見つけて命名した物らしい。それぞれ人体に必要な物だから絶対に攻撃するなよ」
「わ、分かりました。でも、どうしてそんな物が人形の中に……?」
「この人形は体内も人間と似たような物として作られている。いきなり人体で練習は出来ないからな。だから、このように魔道具で体内を再現して、それで練習をするのだ」
「そんな簡単に……」

 人形を人間と同じものにする。
 そんな事が出来るのだろうか?
 正直信じられない。

「とりあえず、エミリオ。まずはこの人体の中にいる細胞たちを覚えてもらう」
「細胞たち?」
「細胞は基本的に人体を維持するために働き続けている。そして、病というのは、その正常な人体の活動を邪魔する細菌という者達の事だ」
「細胞と……細菌……」
「だから、おれ達はその中で、この細胞は必要な細胞、この細菌は敵性の細菌。という事をしっかりと把握し、記憶していかなければならない。いい細胞は当然の様に守らなければならないし、敵性の細菌は消さなければならない。これを行なう事で病を治療する」
「なるほど」

 体内に入って、それで体内の悪い細菌を退治する。
 それが病を治すこと……。
 確かに、ここまでの大がかりな事をやるのは、普通に風邪を治すときにはしないだろう。

 軽く『体力増強ライフブースト』をかけておくだけで十分だと思う。

「ということで、まずはコクラの人形の体内を全身回り、覚えなければならない細胞を全て覚えていく必要がある」
「分かりました」
「よし。行くぞ」
「はい!」

 僕は師匠について血のトンネル……血管を浮かんだまま移動する。

「師匠、こう進んでいて思った事があるのですが……」
「なんだ?」
「あの……細胞ってコミュニケーションが取れる……ということはないですか?」
「いい発想だな。だが、それに関してはノーだ。決してとることは出来ない」
「なぜ……でしょうか?」
「そこまでの知能がない。という事で結論は出ているそうだが……詳しい事は分からない。ただ、それが出来れば、体の異常も簡単に分かり、直ぐに病も病ではなくなるかもしれないな」
「そうなってくれたらいいんですけど……」

 それから僕は師匠に教えられるままに覚え続ける。
 血小板、マクロファージ、正直聞き覚えのない様な事をずっと教えられ続けた。
 ただし、それらの見た目も何だかんだで特徴的だったので、覚えるのは苦労しないかもしれない。

 どれくらいの時間が経ったのか。
 正直覚えていない。

 でも、それは突然訪れた。

「いいか、こっちの細胞が……」
「あれ……」

 僕は急速に全身から力が抜けていく感覚におちいった。
 力を込めようにも全く力が入らない。

「あれ……おかしい……な……」
「エミリオ? エミリオ!?」
「すいま……せん……」

 僕は……それから意識を失った。
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