上 下
35 / 129
3章

47話 幕間 マスランとジェラルド

しおりを挟む
 マスランがヴィクトリアに学院へ入れるように取り計らってもらった日。

***マスラン視点***

 そこは学院。
 この国で学院と言われる場所はたった一つ。

 今、私はこの国一番……いや、近隣諸国でも1番の呼び声高い回復術師の所に来ていた。

 私程度の力量であれば、本来では会うことすら困難な相手。
 しかし、一時でも彼の元で学んだ。
 その一点において、私は会うことが出来た。

 もちろん、彼に学んだのに、大した回復術師になれなかった劣等感も未だに存在しているが……。

 それでも、エミリオの為であれば、彼に……師匠に会うこともいとわない。

 まぁ……それでも彼自身が独特な人であるからあまり会いたくはないのだが……。

 そんな事を思いながら学院の中を歩く。

「懐かしいな……」

 しばらく歩き、私は師匠が研究室として使っている部屋に到着する。
 以前教えてもらっていたが、今もここで依然と同じような生活をしている事は簡単に想像できた。

 コンコン

 無駄だとは分かりつつもノックをする。
 しかし、案の定返事はない。

「失礼します。これは……」

 私は部屋の中を見て、想像以上の惨状さんじょうに目を覆いたくなった。

 部屋はバルトラン男爵家の客室くらいには十分に広い。
 下手をしたらそれ以上広いはずなのだけれど、全て書類や本、何に使うか分からない実験機器で埋め尽くされていて、歩くスペースもない。

 書類や本が山となり崩れていて、子供程度だったら大惨事になりそうな環境だ。

「師匠。いらっしゃいますか?」

 こんな所に人がいられる訳がない。
 そうは思うけれど、師匠はある意味、人と言っていいのか分からない。
 だから、万が一の可能性を考えて声をかけた。

「……んー」
「師匠?」
「あー重い……」
「師匠!?」

 私は書類の海に割って入る。
 元々崩れていたのだから問題ない。
 そう思って書類をかき分けて奥の方へ行くと、そこには種類や本に埋もれるように、白衣を着た服が少しだけ見えた。

「師匠!」

 急いで駆け寄り、本や書類を投げ飛ばす。
 書類の山を掘ると、無精ひげを生やした師匠の素顔が現れた。
 茶髪で茶色い瞳、目の下の隈は大きく、メガネでも隠すことが出来ない程に大きい。
 痩せぎすで栄養も足りてなさそうだけれど、それでも彼は自分で自分を回復出来るからか気にした様子はほとんどない。

 数年前に見た時とほとんど変わっておらず、やはり彼は彼であるようだった。

「師匠……ご無事でしたか」
「ん……誰だったか……」
「……」

 師匠はそう考える様に言った後に、メガネをずらしてじっと私を見つめる。

 すぐに出てきてくれないのは少し悲しい。

「ああ、マスランか! お前……老けたな!」

 ちょっとイラっとした。

「師匠……出会って直ぐがそれですか」
「いやぁそう思ったんだから仕方ないだろう? それよりもどうした。寂しくなったか?」
「いえ、ちょっと紹介したい人がいまして……」
「あっはっはっはっはっは! それは……難しいぞぉ? お前もおれの肩書を知らない訳ないだろう?」
「ええ、存分に知っていますよ。師匠……いえ、【奇跡】……ジェラルド・グランマールきょう。そう言った方がいいですか?」
「やめろ。自分で名乗るのはいいが他の者にそう言われるのは好きではない」
「では言わないでくださいよ」
「たく、可愛げのない弟子だ。それで、本当にどうして来たんだ? まさか本当におれに紹介したい訳じゃないだろう?」

 師匠はそう言い放ってくるけれど、彼は未だに書類の山に埋もれたままだ。
 流石にこのままでは話し合いも出来ない。

「師匠、流石に出てきてください。ここで話すのは大変でしょう」
「あー……あ? そうか……考え事をしていたら動けなくなってどうしてかと思っていたら……こんなことになっていたのか」
「気付かなかったんですか……」
「仕方ないだろう。考えている間はこうなってしまうのだから。でもそうだな。確かにこのままではろくに論文も書けない。出してくれ」
「自分で動く気はないんですか……魔法も使えるじゃないですか」
「その為の魔力は研究に全て使ってしまう。だからない」
「そうですか……」

 私はそう言いながらも師匠を助け出す。
 こんな時でなければ……回復術師としての腕が確かで無ければあまり会いたい人ではない。

 欠点は多いし、イラっとした事も数え切れない。
 でも、それを全て吹き飛ばす程の力を持っている。

 だからこうして、この学院でずっと好きなように研究をすることができているのだ。

 私は師匠を助け起こして、入り口付近の比較的書類などの少ない場所に向かう。

「それでは師匠。話を聞いてください」
「いや、待て、今もしかしたら世紀の素晴らしい魔法を思いついたかもしれない」
「師匠……」

 師匠はこうやって近くの書類に何かを書き始める。
 こうなってしまう師匠は何を言っても無駄なので、ただ待つことにした。

「いやぁお待たせ。中々いい感じで出来た。しかし……これは使えないかもしれないな」

 そう言って師匠は適当に書類を放り投げる。
 ここまで3時間は待たされたはずなのに、こんな事をしているのだ。

「それでは……」
「あいや待て! 今度はこっちが……」
「師匠……」

 正直泣きそうになった。
 もう一体何時間待たせるつもりなのか。

 そして更に3時間後。

「終わったが……一度実験をして試してみないと分からんな。それに、時間もかかりすぎる。実行出来る奴がいない時点で無しだな」

 またしても3時間考えていたものを投げ捨てていた。
 そんな事を何度もしていた為、こんなことになってしまったのだろう。

「師匠……いい加減に……」
「待て! 今度は世界を変えるぞ!」
「師匠……」

 彼はそれから追加で3回程新しい何かを思いつき始め、話が出来るようになったのは、夜が明けてからだった。

「師匠……そろそろ話をしたいのですが?」
「ああ、悪かったなマスラン。それでどんな話だ?」
「それが、私が教えることになったとある男爵家の子のことなのですが……」

 私は出来る限りの真実を……彼の事を話した。
 話すことはヴィクトリア様の許可も貰っている。

 師匠はじっと黙って聞いていて、終わった時に口を開く。

「どうしてそれをもっと先に言わなかったんだ! そんな相手……良いだろう! このおれが行って実際に会ってやろう! さぁ! 今すぐに行くぞ!」
「な、何を言っているんですか!? 【奇跡】としても、特級回復術師としても国として仕事があるでしょうが!?」

 師匠を何とか抑えようとするけれど、師匠は関係ないとばかりに外に向かおうとする。

「関係ない! そんな称号なぞいらん!」
「ダメですよ! それで何かやったらそれこそエミリオと会うことも出来ませんよ!」
「むぅ……それは困る……いや、そうか。分かった。マスラン。手伝え」
「な、何をですか……」

 この師匠の「手伝え」は決してろくなことにならない。

「決まっている。溜まっている仕事を全て即座に終わらせて男爵家に向かうぞ。他の事はやらなくてもいい」
「そんな……ゴルーニ侯爵家にはなんて……」
「後で手紙でも出しておけ、おれに言われたから。そう言えば通じるだろう」
「そんな所まで師匠の悪行は広まっているんですね……」
「悪行ではない。無駄なことはしないだけだ。よし。それじゃあ行くぞ」
「今からですか!?」
「ああ、出来る限り早くやらないといけないからな。行くぞ」
「ええ……分かりました」

 それから私は師匠に連れられて、多くの仕事をこなしていく。
 しかし、師匠の側にいると本当に勉強になる。
 不可能と言われる様な病すら治してしまうのだから。
 もしかしたら、エミリオの病すらも治せてしまうのではないか?
 私は……そう思う事が出来て、期待してしまう。

「おい! マスラン何をぼさっとしている! さっさと次の奴だ!」
「は、はい!」

 それから、師匠の溜まった仕事をこなすのに1か月はかかってしまった。
 けれど、師匠の尽力じんりょくや、ゴルーニ侯爵家のはからい等で、師匠をバルトラン男爵領に連れていくことが出来るようになった。

 エミリオへのお土産も出来た。

 これでやっと……やっとエミリオが……救われるかもしれない。
 待っていてくれ、エミリオ。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。