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第2章 姫

35話 力になってほしい

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  俺は全身に魔力を回し、感覚を研ぎ澄ませる。

「セレット?」
「ウテナ、少し待っていてくれ」

 俺は聴覚に特に意識を集中させ、多くの人達の話し声を聞く。そして、望む情報を得ようとする。

「聞いた? あの人のお家のペットが」「違う」
「そう言えばガンプノスの方に行ってたやつらが見たこともない魔物を」「違う」
「さっきの黒と赤の綺麗な方の服を見ました? ああいった服装も意外と良さそうで」「違う」
「路地裏のあの店行ったか? 結構空いてるし、かなり美味かったんだよ」「これだ」

 俺は現実に意識を戻し、その声がした方を向く。

「ウテナ、少し待っていてくれ」
「ああ」

 俺はウテナにそう残すと、急いで話をしていた奴の所に行く。

「お前らだったのか」
「ひぇ、な、なんだよ。ち、近づいてないだろ!」

 そこにいたのはさっき俺達に話しかけて来たチンピラの2人組だった。

「少し用がある。力になって欲しい」
「はぁ? あんなことをしておいて力になれとかそんな」
「受け取れ」

 俺は財布から金貨を取り出し、親指で弾いて奴に投げた。

 奴らは受け取って目をパチクリさせながら金貨と俺を交互に見ている。

「それで俺達を今日一日案内してくれ、いや、違うな。裏通りとかで開いていそうな店とか、いい服屋や食事が出来たり遊べるところを教えてくれ」
「ほ、本当にそれを教えるのにこんなに貰っちまっていいのか?」
「ああ、だから教えてくれ」
「分かった! 話す! だからこれは俺にくれ!」
「ふざけんな! この金貨は俺に投げて来たんだ! だから俺が話す!」
「おい、喧嘩するな。2人で協力して話してくれればちゃんともう1枚やる」

 俺は財布から金貨をもう一枚だし、ちらつかせる。

 2人は俺が金貨を左右に動かしているのも見て、目線が金貨と一緒になって泳いでいた。

「分かった任せてくれ」
「まずはな……」

 そうして5分程だろうか。奴らからかなりの情報を得ることが出来た。大通りを歩いているだけでは分からない近道や、食事がかなり美味い穴場、ちょっと危険だが面白そうな遊び場や、立地が悪くてあんまり人は来ないがいいセンスの服を売っている店。

 俺もまさかここまでの情報を教えてくれるとは思わなかった。

「なるほど、助かった」
「これでいいですか! それじゃあ!」
「一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「さっき俺達に声をかけて来たのは何でだ? 大通りであんなことするには流石にリスクがありすぎるだろ」
「それは……」
「その……」

 2人は目を合わせて、少し考えたようしてから話し出した。

「何でも、黒と赤の少女服を着た女はかなり悪いやつだから、俺達に止めて欲しいって。金も払うからって」
「それで、ここは俺達の街だし、悪いやつはちょっと……と思って……」
「つまり、お前達の後ろで糸を引いてる奴がいるんだな?」
「ああ、でも、どんな奴かは分からなかった」
「ずっとフードを被ってたし、でも声は男の声みたいだったかも」
「そうか、感謝する。受け取れ」

 俺は金貨を投げて渡して、ウテナの元に戻る。

「ウテナ、悪いがまずは着替えよう。その服は目立つ」
「そうなのか? でも空いている服屋が」
「場所を聞いてきた。魔力で強化して走るぞ」
「理由があるんだな?」
「ああ」
「分かった」

 俺達は普通の者達では追いつけない速度で走り、先ほどの2人組に教えて貰った場所に到着する。

「ここだ」
「かなり寂れているが大丈夫なのか?」
「ああ、センスとかはいいらしい」

 俺はウテナを連れて入るが、今回は誰にも邪魔されることはなかった。

 店は服の質がよく、ウテナだけでなく俺も買うことにした。その後、裏口から出させてほしいと頼み出る。そして、感覚を鋭くして、誰かいないか確認する。

「よし、誰もいないな」
「誰か探しているのか?」
「大丈夫だ。こっちだ」

 俺はウテナを連れて他の場所を目指す。といってもほとんど教えられた店は裏通りの店だった。

 一度感覚を砥ぎ済ませるが、特に何かを感じることはない。良かった。これでもう追いかられることはないだろう。

「こんな所に店があるんだな。ほとんど来ないから新鮮だ」
「そうなのか? 良かった」

 俺たちは中に入ると、確かに人は少ない。くたびれた老人が1人と、柄の悪そうなカップルが2組いるだけだった。

 俺達が席に着くと、ムスッとした顔のおじさんが来る。ずっと立っていたし、恐らく店員だろう。

「いらっしゃい。注文は?」
「俺はおススメを」
「では私も」
「はいよ。ちょっと待ってな」

 彼はそう言って厨房に戻って行く。

「なぁ、ここは大丈夫なのか? 見た感じもどことなく古い感じがする」
「だ、大丈夫だと思う。ここもかなりのおススメだと聞いたんだ」
「本当か? そうだといいんだが……しかし、さっきのおススメもいい店だったしな。信じるとしよう」

 ウテナはそう言って今着ている服を見回している。

 彼女の着ている服は白地に赤いワンポイントが入ったシャツと、膝丈の黒のパンツだった。男装をしているのかと思わされるが、ちゃんと女性らしさも残す様に髪型も変更してくれて素晴らしい。

 しかし、今は出来るだけ服の話題は避けたい。さっきの服を持ち出されるとまずい。なので話を変えるようにする。

「ウテナはこういう店には来ないのか?」
「私か? 基本は食堂で食べるからな。家に帰ればシェフが作ってくれる。だから外に行くことはほとんどない」
「そうか、ウテナは貴族だったんだな」

 ウテナは苦笑いといった感じで笑いながら返す。

「ははは、貴族といっても領地もない男爵家。使用人もシェフとメイドの2人だけ。大したことはない」
「そうだったのか。そこから4騎士になれるとはすごいな」
「姫様に出会ったからだ」
「ロネ姫か?」
「そうだ。貴族で男爵など掃いて捨てるほどいる。それなのに、ロネカ姫様はわざわざパーティーで私を指名してくださったのだ。一緒にいてくれと。そして去り際に、言ってくれたんだ。『またよろしくね。お姉ちゃん』って」
「?」

 どういうことだろうか。俺は分からずに首を傾げる。

「はは、やっぱり分からないよな。同室だった者達に話した時も理解されなかった。というか、実は私もなぜそのことを今覚えているのか分からないんだ」
「でも、記憶に残ってる」
「ああ、その時の記憶と共に、私は彼女を守らなければならない。そう思ったんだ。そして、その2つを忘れたことはない。だから、私は彼女をロネカ姫様を守るとレイピアに誓ったんだ」
「そうだったのか。ウテナなら出来るよ」
「ありがとう」

 そう笑うウテナの顔はとてもきれいで、素敵だった。

「まぁ、そうは言っても悩みが無いことはない」
「そうなのか?」
「ああ、姫様は素晴らしいんだが、いい縁談が来ないんだ」
「皇族なのにか?」
「正確には来るんだが、縁談を寄越す相手が毎回不祥事を起こしてな。そのせいで『悪姫』の不名誉な2つ名までついてしまって、誰も婚約をしてくれなくなったのだ」
「そこまでか」
「本人はこの方が気楽でいいと言っているんだがな。困ったものだ」
「お待ち」

 そんなことを話していたら、先ほどの店主が両手に料理を持って来た。

 そこで食べた料理はかなり美味く、王宮の味に慣れていたウテナも唸る。

「ここまで美味いのは中々無いな……」
「本当だ。すごいな」
「どうも」

 店主はそう言って下がっていく。

 それから俺達は紹介をしてもらった裏路地を中心に歩き回った。ウテナもずっと笑っていてくれたから、楽しかったのだと思う。
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