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第壱章 天才刀鍛冶ノ譚

第1話 刀敬刀愛

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 「スーッ、スーッ、スーッ.....」

 一定のリズムで、一定の音で、一定の動きで。
 まさに、精密且つ優しく、四角い石が刀の上を滑る様子は、我が子の頭を撫でる母の如く、とにかく優しい音が静かな部屋に透き渡る。
 何時間、いや、何日、あれ?、何週間か。何週間も、刀と向き合い、その洗練された技を尽くした。
 全身全霊、一点集中、まさに至高の域に達するほどの天才刀鍛冶。

 食事も、寝る間も惜しみ、とにかく刀を研ぐこと磨くことに全てを尽くしていた。
 それほど刀を愛し、刀のことしか考えられないような、老いぼれのじいさんだ。
 しかし、刀を研ぐその出で立ちだけで、只者ではない雰囲気を醸している。

 「まさに、至高の逸品じゃ。」

 彼の名は、真光刀壱郎まこうとういちろう
 刀壱郎は、刀が完成したときに必ずや、そう言って自分の刀の出来を褒める。
 それほど自分の才能を信じているし、自負している。
 自画自賛かよ!と思わずにはいられないほどの台詞と顔。
 長年過ごしてきた人間の、言葉の重みは、恐らく地球の総重量より重い(感覚的に)。



 「あぁ、もう鉄鉱石が無いではないか...。」

 刀壱郎は、鋭いつるはしを持って、鉱山に出掛けた。
 辺鄙へんぴな村というレベルではなく、山奥にポツンと建っているただの小屋に住んでいる。
 刀を研ぐことに集中したいが為に、鉱山が近く、静かな山奥に小屋を建てたのだ。
 まぁ、簡単に言えば、馬鹿なんです。

 刀壱郎は鉱山に着くと、岩肌に手を当てて瞼を閉じた。
 本人いわく、岩と繋がって、質の良い鉄鉱石を提供して貰うらしい。
 そして、次回のための依頼もするらしい。

 は?



 「今日も助かったよ。次も頼むな。」

 端から見れば、とんだブッ飛び野郎だと思うだろうが、本当に凄い人なのだ。
 世界中の刀を振るう者に聞けば、最高の刀鍛冶は“真光刀壱郎”だと答える。
 まるで、「人間は呼吸をしています」と至って当たり前のことをサラッと言うように。

 さっき刀を造り終えたばかりなのに、また造ろうと、飽きることなく制作を繰り返す。
 皆の衆、馬鹿の一つ覚えとは、このことでは無かろうか?


 まず大きな鉄鉱石を、軽く火で炙る。中にある不純物をを沸々させて、表面に浮き出させる。
 それを洗い流したら、水に浸けて更に鉄鉱石の純度を高める。
 他の刀鍛冶の制作行程では、ここで鉄を融かすのだが、そうするよりも刀を硬くする方法を刀壱郎は開発した。
 鉄は融かさずに、鉄鉱石を融かさずにじっくりと熱を加えたり、冷やしたり、色々な行程を行うことで、鉄鉱石を状態変化させないまま、純度の高い鉄を精製してしまうのである。
 何もかも今までの常識をぶち壊すもの過ぎて、我々には到底理解できない。魔法でも成し得ないことだ。

 まず、長い直方体型の鉄鉱石を、数分高温で熱し、数分氷水の中に入れる。それを繰り返す。
 およそ、5日間。数分だったり、止め時というのは、刀壱郎の勘である。
 それが終わると、日光に当てながら、柔らかいトンカチで軽く打つ。これも、1週間近く行う。
 そうしたら砂で表面を研ぎ、綺麗に洗い流したら、樹齢1000年近くある樹木の樹脂を塗って数時間低温で加熱する。またもや、水で綺麗に洗い流した後に、ぬるま湯に一日浸けておく。
 そして、この方法にすることで、その直方体の鉄鉱石の中心がより純度が高くなるため、最高級の自作の砥石をトンカチで軽く叩き、外側を削っていく。
 そうして、大まかな刀の形を造ったら、砥石で本格的に研いでいく。約2週間。
 だが、早く上手く行けば3日で良いときもあるし、逆に全然できないときは納得するまで1ヶ月掛かることもある。

 こうして完成するのだが、彼のこだわりは事細かで、恐ろしいほどだ。
 火の焼き加減も、今までのを記録し、最適な時間に最適な温度で加熱するという微調整。
 水も鉱山で取れた天然水を使用している。砥石も、高級な大理石で作られているもの。
 トンカチも10個近く持っており、行程に応じて変えたり、力加減も微妙に変えていったりしている。
 砂で研ぐという行程もあるが、遠くの海から取り寄せた、炭素を多く含む砂を取り寄せている。
 その山の空気も、世界で有数の澄んだ空気の山だ。更に、標高が高いため、太陽により近い。

 もはや、こだわりの域を越えている。
 そんな刀壱郎は、刀鍛冶に尽くしすぎて、ある欠点がある。
 刀の才能は、恐らく国家精鋭隊並の技を持っているが、魔法に関しては...。
 うん、察して?

 彼は、魔法が全く使えない。

 小学生でも、火の粉なら魔法で起こすことができる。
 だが、刀壱郎は小さい頃から、木を拾ってきては木刀を造り、日夜振り回していた。
 元々器量が大きい刀壱郎は、刀使いはもはや天賦の才能を持っていた。
 体に染み付くほど振った刀は、振ったときの風圧でヒビが入るほど使い古されていた。

 だが、小学校等の、義務教育過程を達成できていない彼は、魔法を習得できていない。
 それだけの器量を持っていながら、魔法が使えなければ、戦闘系の仕事には就けない。
 1つの事に没頭し、極めあげてしまった彼を責めることはできない。
 恐らく彼が魔法を使えていれば、この世界で最強クラスの戦士になれただろうに。
 悲しきことである。



 その後も刀に尽くし続けた刀壱郎は、ある日、息を絶やした。
 死期を悟った彼は、残りの時間全てを掛けて、1本の刀を精製した。

 その名も、羅刀毘沙門天らとうびしゃもんてん
 この日、世界最高峰の刀が出来上がったことを、彼を知ることができなかった。
 造り終えた瞬間に息絶えたのだ。
 ここだけの話、彼の寿命は既に越えていた。ただ、その刀を仕上げるという使命感とやらが、彼の寿命を引き伸ばしたのだ。

 恐ろしい男だな...。


 
 
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