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第四章 大精霊を求めて

4-77 勇者の進路

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 それから、師匠の部屋で包みに入れて万倍化した山葵をすり下ろし、試食で舐めてみたら、それはもう今まで味わった事がないような極上の鮮烈な辛みが舌の原を駆け抜けた。

 これが異世界の野生の力なのか、大人の味だねえ。
 こいつはすげえ逸品だ。

「うひょう!」
「はは、一穂はこういう山葵の根を自分でおろした事はないか」

「ありませんよ、あれ凄く高いんだし一人暮らしでは生姜と一緒で使い切れないし」

「まあそうなんだが、こいつは本当に上物だぞ。
 いや、よい年末年始になりそうだ」

 魚海さんもそいつを見て顔を綻ばせた。

「いやあ麦野君、これはでかした。
 これからはここの日本食も大いに変わりますな。

 魚、貝、鰹節に昆布、味噌に醤油に豆腐に納豆か。
 後はアルファ米ではない美味い米があればね。

 後は餅さえあれば言う事のない正月でしたな。
 餅も来年までには是非欲しいですなあ。

 餡物・練り物もやってみたいと思っております。
 糯米があれば、御赤飯もね。

 蒲鉾の方も順調に進んでおりますよ。
 松竹梅の色付けも、天然素材から開発してもらった食品用着色料が続々と出来上がっておりまして、それらも素晴らしいものになりそうです」

 何かこうプロなお方にスイッチが入ってしまったなあ。
 あと海苔が足りないんだよな。

 それから寒天用の天草も探しにいかなくちゃ。
 このあたりは山葵同様にかなり特殊な代物なので、異世界の人は使っていないかもしれない。

「なあ、魚海さん、師匠、それに姐御も。
 良かったら、他のあまり交流のない勇者連中、特に若い連中にもこれを食わせてやったら駄目かな」

 そして少し目を細めながら訊き返す師匠。

「ほう、いいのか。
 お前はあいつらを嫌っていたんじゃなかったのか」

「まあ、そうなんだけどよ。
 実はもう以前ほどそれに拘ってはいないんだ。

 女性勇者のメンバーの中にだって俺の事を見下していた人は少し混じっていたけど、あの人達も今はそうじゃないし、俺もそれについては特に気にはしていない」

 今なら俺を見下しておかしな真似なんかしてきたら、いつでもフルボッコにしてやれるのだしな。

 それに、あのミールとの戦いを見せつけてやったので、今はもう俺の事を侮る王都の勇者はいまい。

 勇者陽彩専用部隊や姐御に泉など、主だった勇者は俺とよい関係を保っているしな。

「あらあら麦野君も成長しちゃったのね。
 さしずめ、ハズレ勇者から大ハズレ勇者に進化といったところなのかしら」

「ひでえな、姐御。
 でもなあ、今は男連中の中にも女の子から嫌われている奴らもたくさんいる、特に若い連中の事だ。

 年少の女の子達も、もし日本に帰れないなら、いずれ結婚については決断しなければいけないから。

 それはこっちの世界で結婚するか独身で終わるかの厳しく辛い選択になるだろう。

 日本人勇者も含め、相手の選択肢は多くある方がいいんじゃないのかな。

 日本じゃ酷く喧嘩していた関係でも、後で何故かカップルになって結婚するなんて奴らはいくらでもいるしなあ。

 それに、姐御も知っているんだろう?」

 彼女は顔を顰めて頷いた。
 何しろ、女性勇者の中でそれが一番深刻なのが、女性勇者の中での年長者である彼女自身なのだから。

「そうね、あんまり意地を張っていると、かつての勇者達の中に結構いたように独身で終わってしまう人もいるだろうし。

 かといって、こっちの男はまた価値観の相違が地球の国際結婚の比じゃないから難しいしね」

「そういう事さ」

 だが、姐御は少し訝しむような顔をしている。

「ねえ、何かあったの?
 君が急にそんな事を言い出すから、どうかしたのかなと思って。

 一番酷い目にあって虐げられていて、他の勇者達とはあまり関係を持ちたがらなかったのに。

 私達も無理にそういう事はあなたには勧められなくて、他の人達にも何かお裾分けをする際に『これは麦野君から貰ったのよ』と言うくらいにしておいたのですがね」

 おっと、姐御達からそのような気配りがあったとは。
 いやマジで沁みるね。

「ああ、実はあの独裁国家で水の大精霊を訪ねたが、なんというか帰還に必要だと思われる風の大精霊の手掛かりが途絶えてしまった。

 今後は世界中にいるらしい大精霊を片っ端から当たって情報を集め、手掛かりとなるピースでジグゾーパズルをやるしかないのさ」

 それを聞いて師匠も姐御も、さすがに天を仰いだ。

「それは引き続いて、あの子達の役割という事になるのだろうな」

「ああ、そういう事なんで、あの子達が行った先でまた厄介な事になったり、魔王軍とぶつかったりするケースもありうる。

 俺もできる限り手伝うしサポはしていくが、師匠達も心に止めておいてくれ。

 みんなは王様に仕えている形になるからあまり自由には動けないとは思うけど、勇者の仲間が気に止めておいてくれるだけでも、あの子達も気分が違うと思うんだ。

 そしてもし日本に帰れなかった時には、いずれあの子達も人生の選択をしないといけなくなるんだ」

「そうだな、俺達としてはそうあるべきだろう。
 それで、お前はどうするのだ」

 師匠は朗らかな、まるで遠く離れたあの子達を見守るかのような父親っぽい表情で、力強く頷いてくれた。

「ああ、俺はアイクル子爵領となり発展を始めた村の開拓でもやりつつ、魔王軍幹部の動きの監視とあの子達の帰り道探索補佐の両睨みかな。

 一応、俺もギルドの仕事もあるんだし、逆に何かあれば対価さえ払えばギルドに応援を頼む事も可能だ。

 みんな頼りになる連中なんだぜ。
 あの子達もビトー冒険者ギルドの一員でもあるのだし」

「そうだな、まずは勇者総出のクリスマスパーティといくか。

 まあ、お前に対してわだかまりがあるからと言って出て来ない奴もいるかもしれないが、そういう奴は無理に来なくてもよいし、今回は御馳走だけ分けてやればいい。
 また次の機会もある」

「ああ、俺もそれで構わないよ。
 お互い、人間なんだからな。
 そう簡単に割り切れない事もある。

 俺だって何年もあれこれと人と関わるのが仕事の営業職をやってきたんで、そういう相容れないものがあるのは、わかり過ぎるほどわかっているさ」

「ああ、それでいい。
 しかし、お前は若いのによく出来た奴だ」

「はは、あんたの年の功には敵わないよ。
 まあ俺も今は若いんだから、そいつばかりは仕方がないけどね」

「はっはっは、そう年寄り扱いはするな。
 まだ五十前だぞ。
 今日だって頑張っただろう」

「あれは頑張り過ぎだよ。
 あんた、鉄人というか超人過ぎるんだよ」

「なあに、ただの一介のヘラクレスよ」

 とりあえず笑顔の満場一致を持って勇者総出のクリスマスパーティの開催は決まった。

 その結果がどうなるのかはよくわからないのだが、まあなるようになるだろう。

 とにかくあれこれと御馳走だのツリーだの準備だけはしておいてよかったな。

 そして、俺達は全員一丸となり国護師匠謹製の蕎麦の試食へと進むのだった。
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