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第四章 大精霊を求めて

4-76 巡り合えた喜びに

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 そして、蜜を持ち帰る蜂の如くに続々と帰ってくる精霊部隊のうちの一隊が、見知らぬ精霊を連れてきた。

 なんというか、文字通り毛色が違うというか色合いそのものが違う感じだ。

「ただいまー、チョコ出してー。
 多分、この子だと思うんだけど」

 そう、なんというのか、水色というか緑色というか。
 深みがあって清らかな水は川の水でも海の水のように真っ青だ。

 ここの水は浅いから透明にしか見えないのだが、まあそれは置いておいて。

 そして、それとあの山葵独特の黄緑色とを混ぜたような不思議な色合いだ。

 それでもごった煮のようではなく美しい清涼さを感じさせてくれる不思議な色合いだし、その子からも素晴らしい清々しさを感じるのは、この聖麗なる山間を好んで引き籠っているからなのかもしれない。

「君が山葵の精?」

「え、私達はただの水の精なのですが。
 山葵ってなに」

「そうだよね、蜆やあさりだって住んでいる場所に合わせて貝殻の色が違うのだしな」

「うーん、よくわからないんだけど、その山葵とかいう物が欲しいの?」

「ああ、絵で描くとこういう感じなのだけれど」

 俺は師匠が達筆に描いた山葵の絵を見せた。
 イメージで伝えると、さっきの二の舞になるからな。

 スーパーで売られている姿、そして植わっている姿まできちんと描いている。

 なんで、こんなにリアルに山葵の絵が描けるんだろうな。
 うちの師匠は相変わらず謎の人だ。

「ああ、それならあるよー」
「じゃあ、案内してくれ。
 ここから遠いのかい」

「そうでもないけど。
 じゃあ、ついてきてー」

 その子は、俺が包み紙を剝いてやったチョコを抱えながらゆっくりと飛んでいった。

 連れて帰った連中にもご褒美をやって、渓谷付近を小一時間も歩いたその綺麗な水が静かに流れる一帯に、厳かといってもいい佇まいで山葵は綺麗にひっそりと植わっていた。

 自生でも、こんなに生えているものなんだなあ。

 まるで宝物を愛でるように、師匠は汚れるのも構わずに跪き彼らを優しく撫でた。

 俺はそこの精霊達に訊いてみた。やっぱり承諾を得ないとな。

 師匠もその辺はよく理解しているので、大人しく宝物の前でステイしている。

 俺達は山を荒らしに来たバンディットではないのだから。

「なあ、これ少しもらっていってもいいかい」

「いいけど、全部取っちゃ駄目だよ。
 この植物だって生きているんだから」

「ああ、そうだな」

 俺は数十本生えている中から、上に出ている葉の部分から形の良さそうな物を十本だけ師匠に選んでもらって、抜かせてもらった。

 やっと念願の山葵を手に入れたな。
 しかし、今までで一番入手に苦労したような気がする。

 蕎麦と並んで一番捜索期間が長いのだし、向こうはおそらくどこかにはあって、そのうちには見つかるだろうとは踏んでいたのだが、こいつは見つかるかどうか本当に怪しかったので凄く嬉しい。

「お前達、ありがとうよ」

 俺はそう言ってエリクサーを取り出し、抜いた山葵の跡に上から振りかけてやった。

 贅沢にも、山葵一本につき一瓶を丁寧に一滴余さずに、まるで何かの儀式のように丁寧に心を込めて振りかけていった。

 こいつらにはそれだけの事をしてやるだけの価値があるのだから。

 なんというか、精霊達の加護を通じて感じるものか、山葵たちの喜びの感情が大気中を何らかの成分によって媒介されたかのように伝わってきた。

 清涼で、なんというかほわほわしたような、不思議な気持ちだ。

 ここにいる人間は全員が精霊の加護を持っていたので、全員がその感覚を共有していた。

 なんというか、ほっこりと、そしてこっちまで幸せになるような不思議な気持ちだった。
 後で泉に自慢しちゃおうっと。

 そして姐御がこんな事を。
「ふう。いやあ、いい山葵狩りでしたね」

「うーん、きのこじゃあないんだけどな」

「まあまあ、よかったじゃないの。
 明日の子供会の行事には間に合いそうね」

「そっか、じゃあ今日は帰って刺身パーティといきますか」
「お寿司もいいわね」

 そして、俺達は山葵達と『山葵の精』に別れを告げてマルータ号に乗り込み、そろそろ夕暮れの雲がオレンジに美しく棚引く異世界黄昏の中を、王都へと速やかに帰還していった。

 あそこの渓流へはまた子供達を連れて遊びに行きたいものだ。
 水の事故には絶対に気をつけないとな。

 そして堂々と、王宮の勇者のいるゾーンに近い中庭にマルータ号を下ろし、俺も一緒に王宮内を闊歩した。

 もうこの前のカイザの一件以来、王様にはそう拘りもなかったのだが、今回あのアキラ改めハルトの野郎に会ったので、王様の株には更に見直し買いが入った。

 もし、俺があいつハルトに召喚されていたのなら、とっくにぶちのめして、あの国は俺の支配下になっていただろうな。

 まだ王様の株はストップ高とまではいかないが、まあじわ高という事で。

 彼ら王家の人間の、俺の『家族』であるカイザに対する姿勢はそうするに値したのだから。

「さあ、師匠の部屋で山葵の万倍化といきますか、『今日は一粒万倍日、辛さも万倍かな~』とかねー」

「おいこら、さすがにそれはやめろ。
 そんな真似をしたら、責任を取って全部お前の口に流し込むからな」

「もう冗談ですってば!
 これで山葵煎餅や山葵漬けなんかもできるなあ」

「いいわねえ。
 また作っておくわ。
 王国でも需要がないかしらー」

 ちょっと楽しそうなビジネス目線の姐御がはしゃいでいた。
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