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第四章 大精霊を求めて

4-68 神罰下る時

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「わしの名を使って悪さをしておった者というのはお前か、小僧」

 その人外の神に見据えられながらも、まったく動じず何も答えない総帥。

 特に怯えるでもなく、黒メガネを取りその冷たい薄い青緑色の瞳で見返している。
 たいしたタマだな。

 なんだ、黒目と全然違うじゃねえかよ。
 黒いのは眼鏡だけじゃんか。

 そして奴は、おもむろに淡々とこのような台詞を吐いた。

「大精霊か。
 どこぞの幽谷にでも籠っておればよいものを、今更ながらに伝説の彼方から顔を覗かせるか。

 人の国の理など、我ら人に任せておけばよいものを」

 うーむ、神をも恐れぬ不遜な者とは、まさにこいつの事だな。

 他の兵士達も同じ事を考えているらしくて、恐ろし気に自分達の総帥と神とも崇める大精霊の姿を交互に見つめていた。

「ふむ。
 傲岸不遜なりし者は、いつの世にも尽きぬか。
 カズホよ、お前ならばこの男、勇者流にどう罰するか」

 おっと、矛先がこっちに向いたか。

「罰する? 俺がその男を?
 そのような事を俺がする必要などないよ。

 そもそも、このような独裁国家で戦争に負けた訳でもないのに、いきなり最高権力者を排除したりしたら、大混乱が起きて周辺の国までが大迷惑さ。

 あんたのところにまで手を出してきた魔王軍を利するのみだ」

「ほう、なればこの傲慢な男を野放しにせいというのか?」

「いや、そうもしないさ。
 なあ、総帥とやら。

 あんた、大精霊の加護を見せろと言ったそうじゃないか。

 うちの女性勇者二人と、そこの元公爵家のお嬢さん二人には、この場でハイドラに加護を授けてもらうさ。

 勇者の方には、ヨーケイナ王国の大精霊ノームの加護がもうついているけどな」

 だが、ノームはまるで俺のお株を奪うような高笑いをみせた。

「うわっはっはっは。
 その必要はないぞ」

「なんだって。
 それはどういうことだよ」

「その屋敷におる元侯爵家の娘達は遥か昔にわしが授けた加護を、血の盟約により継承しておるので授ける必要はない。

 そして、勇者の小娘どもには先程の宝珠を通して既に加護を授けておいた。
 これでよいか、カズホ」

「ああ、ありがとう。
 さあ総帥閣下。

 この国の大精霊自らが、あの少女達には大精霊の加護があると明言したが、いかがいたす」

 俺は奴の前に降り立って、その憎々し気に点る瞳の耀きを受け止めた。

 いやあ、さすがに目力あるなあ。
 ちょっとチビりそうだぜ。

 こうしてみると、最初に会った時のマネ王なんか本当に態度振る舞いから、また目線からして優しいもんだよな。

 今こうして強面な野郎と面を突き合わせて、面と向かって火花を散らすと、あの王様の優しさや人柄がよくわかるぜ。

 だが俺もこの異世界では散々修羅場を潜ってきた男なのだ。

 あの不死身の魔将軍ザムザのくそ迫力に比べたら、たかが人間風情に過ぎないこんなザコ程度じゃあ今更ビクともしないがね。

 さすがに奴も苦々しい顔をして無言で踵を返し、兵士達も慌ててその後に追随しようと慌ただしく立ち上がったが、俺がその背に因縁をつけた。

「待ちな、総帥。
 まだ俺の話は全部終わっちゃいないんだぜ」

 そして奴も足を止め、ゆっくりと振り向くと動揺の素振りは欠片も見せずに俺に返した。

「お前は、さっき俺をどうこうする気はないと言ったと思ったが」

「俺、はな」
 そして宙にいるハイドラを見上げて言った。

「罰は与えないが、こいつには別の物をやってくれ」

「ほう、別の物とな。
 まさか加護ではあるまい」

「それは、『使役』だ。
 そのように仕事を与えて、人に労役を化すような力はあんたにあるかい」

 その言い草には、さすがにそこのふてぶてしい顔でこちらを睨んでいた総帥の顔も引き攣った。

 神の如くの大精霊など屁とも思ってはいないのだろうが、自分がそのような物に使役されるとなれば話は別だ。

 そんな物には独裁者といえども絶対に逆らえるはずがない。

「あるのう。
【大精霊の奴婢】という物が。

 悪さをして大精霊の怒りを買った者などを、そのような従属の身に落とす力が。
 して、どうするのじゃ」

 奴婢は一言でいえば、奴隷の事だ。
 それも最低クラスの待遇の。

 少なくとも、ローマの奴隷のように大切にされてはいない、完全に使い捨てのタイプだろう。
 人間としての権利が殆どないような人達だ。

 エジプトあたりなどでは王が死ぬと転生後も従者となるように、一緒に殺されて王の副葬品としてピラミッドに収められていたんじゃなかったっけ。

 あれは普通の従者だったかなあ。
 まあどの道、どこも大体そんな待遇だよな。

 今は世界中で人権問題が煩いが、最近でもそういう事をやっていた、勝手に国家を名乗って国際的に非難されていたヤバイ団体がいた気がする。

「そいつの管理権限を俺にくれ。
 いわゆる『舎弟制度』という奴だな。

 そいつを大精霊の名の下に合法的に俺の手下にしておくのだ。
 まあ何かあった時に便利に使えそうだし」

「あっきれたー」
 振り返ると、宗篤姉妹がそのような目で俺を眺めていた。

「何が?」
「なんか片付いたような感じだったから外に出てきてみれば。
 なんて事を」

「そうですよー、今度は一穂さんが独裁国家の主にでもなるつもりなんですか?」

「まさか、どちらかといえばその逆かな。

 この国は簡単に潰せないし、無理に変えようとしたら王国連合を巻き添えにして大混乱になるんだろう?

 君達がそう言ったんじゃないか。

 だったら、こいつはこのままにして、都合のいい部分だけ変えられる絶対権限をこっちで握っておけばいいのさ。

 そして、目いっぱい働かせてやる。

 やい、総帥。
 まずは軍を率いてマグロ漁か秋刀魚漁の遠洋漁業にでもいってこい!」

「くっ、ふざけるな。
 誰がお前のようなハズレ勇者などの言いなりになどなるか。
 う、うおおおお!」

「あれ、どうした!?」

 総帥は突然狂ったように両腕で頭を抱えるようにし、両膝をついてへたり込み、激しく仰け反って暴れながら目を見開いた。

「や、やめろおおお~」

 だが大精霊は楽しそうにしている。
 ああ、今隷属化作業中なのね。

 そして奴は、ぐったりとなり、そのまま前に体を大地礼のようにドサっと投げ出した。

 おや、ハイドラによるなんらかの力というか契約のインストール完了なのかしら。

 俺の……いやいや大精霊ハイドラ様に忠実な、ありがたい人権の欠片もない賤民が誕生した瞬間なのだろうな。

「カズホよ、後はそやつを好きにせい。
 お前の言う事をきかなかったら、わしの加護を持ち出すがよい。
 その時は面白い事になるであろう」

 おお、大精霊ハイドラをお釈迦様に配したキャストで、俺が三蔵法師となると!

 いやあ、笑っちゃうなあ、異世界西遊記かよ。
 こりゃあ楽しくなりそうだ。

 後のキャストはどうしようか。
 そう思って俺は宗篤姉妹の方をチラっと見たら、それだけで速攻察したようで拒否られた。

「沙悟浄と猪八戒の役は、絶対にやりませんからね!」
「ちぇえ」

 機先を制されてしまったので、思わずアリシャのような文句が思わず口をついて出た。

 そうなると、それに相応しい第一候補は師匠と姐御あたりかなあ。

「言い付けますよ」
 うわ、見抜かれた!

 まるで精霊みたいだ。
 女の勘がスキルレベルにまで上がっている?

「まだ何も言ってねえだろうが」

 いや、いつもこの国にいない俺の代わりならハイドラの加護がある人間じゃないと駄目だよな。

 そう思って、俺はランカスター家のお嬢様二人にこう伝えてみた。

「今日から君達が三蔵法師となり、この総帥孫悟空を導くように。

 もし悪さをしたら、大精霊ハイドラの加護を持ち出して、こう唱えてくれ。
『南無阿弥陀仏』と」

 すると、総帥の野郎の頭が締まり、奴が面白い顔になってしまった。

「アイタタタタ、何をする。
 やめろ、やめてくれ!

 わかった、いう事をきく。
 きくから、やめろ」

「わははは、頭に金の輪っかこそついていないけど、これじゃマジで孫悟空じゃないの」

 あーあ、こいつの今までのクールな態度が大無しだなあ~。

「ちくしょう。なんてこった。
 この総帥たるアキラともあろうものが」

「そうそう、なんたって神にも等しい大精霊様のお言いつけなんだからよー」

 それにしてもちゃんと日本人名を名乗っているな、こいつ。だがエレがこっそりと俺に囁いた。

「あれは偽名よ。本名はハルトス」

「なんで名前をハルトにしねえんだよ。
 漢字の春人で通せるのによ。

 芽吹きの春じゃなくて冬目前の秋を名乗るとは、まあ如何にも独裁者らしいといえばそれまでなのだが」

 そして、俺は奴に向き直ると言ってやった。

「貴様の名前はハルト、これからはハズレ勇者一穂様の舎弟春人だ!」

 だが、何故か奴の体は光った。
 魔物のように姿が少し変わるような現象は起きないのだが。
 もしかして独裁者って魔人扱いなのか⁉

「え、なんでまた。
 今のこれ、眷属化したよな」

「あはは、人間でも君が名付けちゃうと眷属化するのかねえ。
 もしかしたら、ハズレ勇者だけの特典なのかもしれないわね」

「ああ、勝負がついたから、俺がこいつを『倒した』という判定勝ちになったのかね」

「……な、なんて事だ。
 この俺様が勇者の、しかもよりによってハズレ勇者の眷属なのだと。
 何故だ、魔物でもないというのに。
 何故だ~~!」

 かくして、この国の神として在る大精霊ハイドラの名において、独裁者である総帥は俺の舎弟として働く羽目になり、管理者(三蔵法師)としてランカスター家のお嬢様方をいただく事になったのであった。
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