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第四章 大精霊を求めて

4-59 大精霊の加護

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 それは、なんと俺達の探し物である北の大精霊に纏わる話であった。

 ただし、纏わっているだけで、実は大精霊にはあまり関係がないという。

 なんだよ、それ。
 まあ単に纏わっているだけなら当の本人だいせいれいを捜しに行けばいいだけなのだが、どうもそうではないらしい。

「麦野さん、この国の支配者である共和国総帥の話を知っている?」

「ああ、よくは知らんのだが、勇者の子孫を標榜していながら実際にはそうじゃないということくらいかな」

 采女ちゃんは大きく頷くと、身を乗り出して核心に入る話を続けていった。
 妹の方も些か緊張したように居住まいをただした。

「そう、それが問題なの。
 今まではよかったのよ。

 昔の勇者の子孫のような、昔の勇者の名残りのような物しかなかったから。
 でも今は」

「俺達のような勇者そのものの現物がいるってか」

「そうなの。
 それでね、近隣の国でも勇者を目撃した人とか多くなってきていて、比較されると段々と誤魔化し切れなくなってきているっていうか、その」

「そんな物は勇者について詳しい人達なら最初からバレているような内容だとは思うがな」

「ああ、うん。
 でもそういう話なんじゃなくって、その総帥の権威とかそういう物の話なの。

 なんていうかな、その総帥が今の地位に上り詰めてこの国を掌握できたのって、ほんの最近の話で、ここ五年ほどの事なんだって」

「はあ、勇者の子孫という、一種の箔で政権を取ったというのか」

「うん、そうらしいの。
 勇者のような力も特になくて、主に口の上手さでね」

「やれやれ。
 それが、この家にどのような関係があるというんだい」

「それが、その」
 その後はご当主が後を継いだ。

「我がランカスター家が、その勇者の流れを汲む一族なのです」

 俺は思わず彼の顔を見たが、はっきりとよくわからない。

 目は黒っぽく見えない事もないのだが、歳の割には髪が残っている印象のある頭は白いし、また髭も全部白い。

「ふむ、それで?」

「そういう訳で我が家は代々勇者の力を受け継いできたのです。

 元々はそういう力のお蔭で侯爵家として高い地位を与えられてきたのですから。

 しかし、商売を主軸として栄えてきた我が家は、武功などの面ではあまり目立たず侮られてまいりました。

 だが、あれこれと追及を受けて困窮していた総帥は調べるうちに我が家の秘密に気がついたようです。

 そして、娘達を差し出せと言ってきたのです」

 そして後ろを振り向いたら、そこには美しい黒髪黒目の、どちらかといえば西洋人のような彫りの深そうな顔立ちをした美しい少女達が、憂いを帯びた瞳のまま立っていた。

「これがうちの娘達、ミユとユカです」

 まんま、日本人名じゃないか。
 まあ、こちらの世界の人にはわからないかもしれないがな。

「なるほど、勇者の血を欲するというわけか。
 勇者の血脈を自分の家系に取り込んでしまえば、次代からは本当になるものな」

「そうです。
 そして私達は抵抗しました。

 また娘達には北の湖に入るはずの大精霊の加護があるので、そのような真似をすれば罰が当たるという事にしてあります。

 まあ実際には娘達が直接加護をいただいたわけではありませんので、そのような物はないと思うのですが、時間稼ぎにはなりました。

 そして、揉めていたところへ彼女達がこの国へとやってきて、その」

「ああ、そういう事か」

 今度はもっと純粋な勇者そのものである宗篤姉妹に目をつけたわけなのだな。
 また碌でもない真似をしやがるんもんだ。

「しかし、何故この子達がここランカスター家にいるんだい」

「それは、勇者の女性並びにうちの娘達を一元管理しようとしているのです。
 いわば、この屋敷を『総帥のハーレム』にしたいと。

 通信の宝珠を人質に、その上で身分証も召し上げて、身分証のない勇者は国境を通すなというお触れを国中に」

 空を飛ぶ勇者をか?
 俺の晒した珍妙な顔をフォーカスしたご当主が頷いた。

「そうです。
 彼女達は珍しい能力である飛空能力の持ち主です。

 だからそれを知った総帥はあざとくも、このような通告をしてきました。

 もし勇者の女性達が逃げ出したら、うちの娘達を強引に引き立て公衆の面前で無理やりに辱める、と」

 ああ、それでこの子達がなあ。
 見たところ、十五歳と十三歳くらいの感じだな。

 俺は溜息と共に、あまり言いたくない続きを切り出した。

「ああ、それで大精霊の加護だか、単に大精霊に纏わっているだけの話だというか、そっちの話は?」

 すると、途端にご当主も宗篤姉妹も難しい顔をしたので、俺は少し眉を顰めた。
 どうやら単純な話ではなさそうだった。

「その、大精霊についてなのですが、総帥は『もしも大精霊の加護という物があるのなら証明して見せよ』と。

 しかもなんといいますか、それが単なる大精霊の加護であるというだけではなく、『彼の思い通りの大精霊の加護』でなくてはならないという……要は難癖をつけて、勇者関連の女を自分のものにしたいだけなの」

「かぐや姫かよ!
 いや、あの天下の我儘女王かぐや姫だって、そこまでは言っていないはずなのだが」

 あの野郎。
 俺はまだ見ぬ、その総帥の事を心の中では既に野郎呼ばわりし出していた。
 ふざけやがって。

「なあ、采女ちゃんよ。
 いっそ国護の旦那を呼んでくれば片付くんじゃないのか。

 あのおっさんが、お前らがこのような事になっていて黙っているわけがねえ。
 マジで曲がった事が大っ嫌いだからな、あの人。

 総帥だかなんだか知らないが、そんな青瓢箪はあのヘラクレスにかかれば一喝されて、一瞬で成敗されるんじゃねえの」

「もう。
 だからそういう角が立つのは駄目なの!」

「一番困るのは、その本物の大精霊の加護があったとしても、総帥は絶対にそれが本物だとは認めないだろうという事なの」

 俺は思わず舌打ちをした。
 そんな厄介な案件を俺にどうしろというのか。

「なあ、いっそそいつを俺がスパっと退治した方が、一番俺がスカっとする良い解決方法なんじゃないのか?」

「だから!
 一応は王国連合を組んでいる手前、勇者自体がそういう連合の一員を成敗するような事をしたら結束が崩れちゃうかもしれないの」

「あれでも、一応は兵を出したり兵站を担当したりと、対魔王戦において王国連合には相当協力しているんだから。
 麦野さん、魔王城ってどこにあるのか知ってる?」

「いや、そういや知らないが。
 う、まさか!」

「そう、この国のずっと西にあるから、本格的な戦闘なんかの時に、この国がへそを曲げたら大変な事になるみたいよ。

 船で行くにしても、大きな港のあるこのパルポッタ共和国で補給できないと、この先は大きな港があまりなくて。
 ただでさえこの世界の海はねえ」

「あー、そうだね。
 この前、また魔王軍特殊旅団の大ウミヘビ軍団とやりあったわ。
 帆船に巻き付けるサイズのウミヘビが千匹いたぜ」

「うわあ~」

 これはまた難題だなあ。
 宗篤姉妹はどうやら、このランカスター家の子達を見捨てていくことができないようだった。

 今も立ち上がって、二人の少女を抱きしめて慰めている。

 やれやれ仕方がない。
 こうなったらやるだけやって先方がゴネて駄目だと言われたら、その場で二人をザムザにでも担がせてでも強引に逃亡するかな。

 追撃してきたら、その追撃隊限定だが問答無用で倒す。
 だが相当後味は悪いだろうな。

 しかも追手がかかるとしたなら、多分そいつらは家族を人質に取られているだろうから、勇者に歯向かって殺されるとわかっていても引くわけにはいかない連中なのだ。

 そういう連中ほど面倒な奴らも、他にそうそういない。
 そういうのは俺の趣味じゃあないのだから、また何か考えるかな。

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