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第四章 大精霊を求めて

4-52 この国では一歩歩くごとに〇〇が必要

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 俺はまず門の詰所を覗いてみた。

 この前に応対してくれた入国管理官のような役職の偉い奴がいたので、軽く手を上げてにこやかに挨拶してやった。

「おや、勇者様。もうお帰りなので」

「馬鹿を言えよ。
 王都の冒険者ギルドまで行ってきたが、爺さんか誰かが一人いただけで話にもならんわ。

 湖への行き方も道もよくわからんので閉口した。
 空から何の基準も無しに見てもわかりづらい。
 そこの詰所に何か資料はないのかな」

「はあ、大雑把な物でよければ」
「それでいいから、なんとか頼むよ」

 だは、俺が思った通りに奴は勿体をつけ始めた。

「まあ、それらは一種の軍事資料になりますからねえ。
 そうおいそれと他国の方にお見せするわけにはねえ」

 俺は間髪入れずにさっと彼の手の中に金貨を数枚忍ばせた。
 このタイミングは非常に重要なのだ。

 何しろ相手は賄賂を催促して待っているのだから、ここは絶対に外してはいけない阿吽の呼吸のタイミングだ。

 こっそりとさりげなく渡した金貨の重みと手触りなど彼には比較的簡単に判別できるだろう。

 今までもこういうシチュエーションなどいくらでもあったはずだ。

 彼は軽く咳払いをすると、多分それが合図になっているのか部下の一人が小走りで嬉しそうにやってきた。

 何しろ、彼自身もおこぼれに預かれるシーンなのだから。
 もちろん、俺もそいつはわかりきるほどわかっているので何も問題はない。

 案内されて足取り軽く先に立つ彼の後を追って歩きながら、俺は彼に話しかけた。

「この国は嗜好品というか、そういう物はちゃんと出回っているのかい。
 お酒とか煙草とか、高級食材なんか」

「いやあ、それがなかなか。
 まあ迂闊にそういう贅沢品で商売をしていると、お上に目を付けられてしまうというのもありますしねえ」

 そして、会話をしていると見せながら、さりげに身を寄せて手早く人に見られないくらいの早業で彼の上着のポケットを数枚の金貨で小さく鳴らす。

 彼もにこやかにそれを合図に手を突っ込んで、それ以上は金貨が鳴らぬように手早く処理する。

 本当に手慣れていやがるなあ。
 こっちは大いに助かるというものだが。

 まあこの国で妙に堅物な事を言って困らせるような奴などいないと思うのだがな。

 特にここは役得や実入りなども比較的多い国境詰所なのだから。

 その代わり、上の人間への上納なんかもあるはずなのだから、賄賂を受け取らない事などありえないはずだ。

 そのような人間にここの配置は回ってこないはずなのだから。
 というか上の人間がそんな奴は絶対にここへ回さない。

 だってそんな事をしたなら自分の実入りが減るではないか。

 これだから実利一本の人間は信頼できるのだ。
 信用するのは無理だがな。

「ところで、ここへ黒髪黒目の可愛い女の子達が来なかったかい。
 あいつら、本当にどこをほっつき歩いているものやら。
 貸しておいた魔導具とか金とか、もういい加減に返してほしいのだが」

 俺が適当に並べた出鱈目な話を聞いて、彼も軽く愛想笑いを浮かべてくれた。

「はは、まあ相手は女の子なのですから、向こうはあなたから貢いでもらったと思ってらっしゃるのでは。

 そういや、その子達はしばらく前に来ましたね。
 いや実に可愛い子でしたなあ。

 ここの詰所で手続きをされて入国されていきました。

 ああそうそう、通信の魔道具を持っていらしたので、この詰所にてお預かりしております。
 ほら、これですな」

 ここでも一種類人質に、いや物質ものじちになっていましたか。

「ああ、そいつだよ、そいつ。
 俺が貸していた魔道具というのは。

 こんなところにあったのかよ、次の仕事で使うから早く返せといっておいたのに。

 こいつは滅多に手に入れられない貴重な物でなあ。

 ギルマスからギルドの持ち物を借り受けているので、借りっぱなしになってしまっていてリーダーから怒られているんだよ。
 いやあ、よかったよかった」

 だが、彼は困ったような顔をした。

「えー、いくら勇者様といえども他の方から勝手に預かった代物を渡してしまう訳にはそのう」

 俺はすかさず、大金貨を一枚彼の手に握り込ませた。
 はたしてこれは彼の給料の何か月分であろうか。

 彼はしばらく考えていたのだが、迷った末に妥協案としてこう言ってくれた。

「これがあなた様の物だと言う証拠を見せていただければ、お渡ししない訳にはいかないのですが」

 俺は周りをキョロキョロと見回して、いかにも内密にだぞという芝居がかった動作を見せつけて、自分の親機で子機の宝珠を鳴らしてみせた。

 鳴るというか、それは僅かに身を震わせて仄かに光った。

 もう一つの宝珠にも同様な所作を演じさせてから、俺はにっこりと笑顔になってそれらの品を出してやった。

 それは、いわゆる『シグナの雫』という、やや前衛芸術のような特異な造りの瓶の外観や形からすらも一目でわかる超高級酒で、ビトー冒険者ギルドの宴会には絶対に欠かせない品物だった。

 おそらく、ここの国ではこういう機会でもなければ入手はまず不可能な品だろう。

 こいつはあのビトーでさえ、なかなか手に入らない逸品なのだからな。

 彼の紫水晶のような目が大きく見開かれて、その酒瓶の隊列に吸い付いたまましばらく離れなかった。

 俺は『いつもの逸品』が彼の心に残した余韻の、たなびいて消えていく様を上手くタイミングよく見計らって話しかけた。

 こういう呼吸は日本で培った営業職の業務用スキルの為せる、時には勇者のスキルさえも凌ぐ威力を発揮してくれる素晴らしい技なのだ。

「こいつは、もちろん君自身から上司達に渡すといい。
 ほら、まだまだあるのだよ」

 一口にシグナの雫と言っても、それはいろんな種類があるのだ。

 俺は何十本という風格のある酒瓶を取り出しては配置を考え抜いて、なんとも美しく、そして受け取る相手の心を直撃せんばかりの配列に留意し入念に並べていった。

 それらの素晴らしい意匠のラベルのドレスを纏った高級酒の数々をここで手に入れないなどという選択肢は彼にはありえなかっただろう。

 しかし、管理していた物が物だけに、まだ少し迷っている様子であったのだが、俺は更に駄目出しをしていく。

 高級な葉巻を五十本入りの大箱ごと机の上にピラミッドとして高々と十箱ほど築き上げ、素晴らしい木目を見せつける高級パイプと煙草のセットをこれまた十ほど並べて見せつけ、極めつけはここ最近やってきた勇者が作らせたばかりのシガレット、つまり紙巻煙草の山だ。

 こいつなどはまだヨーケイナ王国の一部でしか手に入れられない品薄の品なので、噂だけがあちこちを旅しているはずなのだ。

 おそらくそれが賄賂として大変有効だろう、この国にもその噂だけツアーは組まれていたはずだった。

 そしてヨーケイナ産の素晴らしい牛肉や鶏肉なども並べ立て、おつまみに最高のロースト木の実が深めの高級な容器に満杯にされた物に、素晴らしい籠盛のフルーツの群れ、そして高級菓子のセットも山ほど。

 これは彼の上司ごと彼の出世にさえ確実に影響するだろう代物の、とてつもない種類と量だった。

「わ、わかりました。
 持ち主としての本人確認はできておりますので、お返しするのも吝かではありません。

 ただ、この国内では通信の魔道具は持ち込んではいけない事になっているので、そのう」

 俺は少々困り顔の彼にウインクして、すっと呼吸を量るような足運びで近寄ってから、肩を軽く絶妙な感じの軽さに叩いて親愛の情を示した。

「なあに、何かあってどうにも困ったら、勇者が強奪していったとか言っておいてくれればいいさ。

 俺のせいにしておいてくれよ。

 何しろ、勇者はその気であるならば、この国でも魔王のように傍若無人に振る舞う事さえ可能な存在なんだから。

 そんな勇者のやる事なんだから誰も君を責めやしないし、そう問題にはならないよ。

 それに俺は破天荒で有名な勇者カズホだ。
 俺のやる事にはヨーケイナ王国のマネ国王とて文句は言えないほどの功績があるしね。

 今回は君の顔を立てて、絶対に人前で通信の宝珠は出さないようにするよ。

 俺はあの顔見知りの女の子達とデートしたいのと、ちょっと休暇で湖まで遊びに行きたいだけなのさ。

 この国の政治体制なんか特に興味はないし、総帥にも誰にも迷惑をかけたいとも思ってはいないよ」

 俺が言っている事には概ね嘘はない。

 もし彼女達が幽閉されていたら話はまた別なのだが、SSSランク冒険者証持ちの相当に強力と思われる勇者相手にそのような力業を行う可能性は少ないとみていいのではないか。

 おそらくはブラウニーのいうように、多分身分証を取り上げられてしまって身動きが取れなくなっているだけなのだと思う。

 あと、ついでにこの宝珠もね。

 まあこっちは正規に国境の門でルール通りに預かられているだけなのだし、そう問題はないと思うのだが、後で急にこの国からトンズラしないといけなくなりそうなマズそうな気配もぷんぷんと漂ってきているので、俺が先に回収しておくだけの話なのだ。
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