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第四章 大精霊を求めて

4-38 辺境のルール

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「こんにちは」

 俺は降り立った、倉庫街のようなところで立ったまま何かを書き込んでいる男に声をかけた。

 警備というのか見回りというのか、あるいはこのゾーンの責任者なのかもしれない。

「やあ、こんにちは。
 あんたはこのハートの街の波止場の辺りじゃ見かけない顔だな。

 おや、その風体はもしや勇者様なのかね」

「ああ、そうです。
 実はヨーケイナ王国南の方の海沿いにある海運港の村で、こちらの方面で漁業をやっていると聞いたのですが」

「ああ、あのイワシ村ね。
 あちら側ではあまり漁業は盛んじゃないからな」

 そう言って、彼は両手でバインダーのような物を握り締めて楽しそうに笑った。

「あの村、そんな風に呼ばれているのですか、うちの焼き締めパン村といい勝負だな。

 まあイワシもそう捨てたもんじゃないのですが。
 イワシなんかは勇者の年越しには欠かせない物でしてね」

「へえ、そうなのかい?」
 まあ田作りったってわからないだろうなあ。

 砂糖や醤油で味を付けた勇者の国の特別料理なのだ。
 こっちじゃ、さすがにあれは作らないだろう。

 ここじゃ魚醤は作らないのかね。
 ベトナムみたいに東南アジアでも作るだろうに。

「時に、ここはどこの国になりますので」

「ああ、ここはヨーケイナ王国になるよ。

 ヨーケイナ王国の下にあるブンケー王国は元々ヨーケイナ王国から分かれた国なんだ。

 ある時に起きた骨肉の争いを避けるため、下側の少ない面積の土地を別の国に分ける形でね。

 でもお蔭で円満な関係を築く事ができたから兄弟国のようになってよかった。

 このあたりの国境は曖昧なのだが、海沿いに開けたところがブンケー王国で、秘境のままのところがヨーケイナ王国の領地だ。

 大体、そんな認識だね。

 隣国ヒガーシ王国とは大河ではっきりと別れているから、兄弟国の間の境界は割と適当な扱いなのだよ。

 特にそれで困っていないしねえ」

 うーん、さすがは異世界だわ。
 日本みたいには細かく測量されて杭なんかが打たれている状態じゃないんだな。

 地球上でも、そんなものは珍しくもないし。
 日本のようにかっちりしているのが珍しいくらいだ。

 最近は衛星測量が多いので比較的区分けは難しくないが、逆にそれで正確にやり過ぎて昔と変わってしまうので却って揉めるのだが。

 ここではそのような心配がまったくないのは言うまでもない。

「じゃあ、ここの領主様はどうなっているのです。
 要は税金の払い先は」

「ああ、いないよ。
 というか、王都からみれば辺境のそのまた先にある秘境の飛び地だから徴税官吏もやってこない。

 わざわざ王都ヨークからブンケー王国の港まで出てきて、船でやってきて年貢を治めさせるのも手間だからな」

 つまりここは免税区域ってことか。

 ここの人達は日本で言えば零細業者で税務署が徴税するのに手間がかかり過ぎるので、消費税みたいな感じで仕組み的に実質免税業者になっているわけか。

「お隣の国から余計なちょっかいが来る事は?」

「ないね。
 さすがにそのような事をしても向こうが面倒なだけだからなあ。

 国同士の境は決まっているので、それを越える事は越権行為だ。

 今はお互いに王国連合を組んでいるのだから、そんな事をすれば彼らだって上から罰せられる。

 こちらから向こうへ入って商取引があれば、向こうの法律で課税されるが、その反対はないしな。

 まあ辺境には辺境のルールみたいな物があるのさ。
 そいつに従っていればいいという感じで、そう困りはしないよ」

 それを悪用した商売とかが何かあるのかもしれないな。

 国際間で制度が違ったりすると、そんな物は地球でもよくある話だ。

 だがまあ、こっち側の人達に格別な被害がないのならカイザには関係ないだろうし、国境地帯で何か問題があって先方がヨーケイナ王国の、おそらくは王国連合の絡みから向こうの国にいるだろう大使に何か言うというような事も多分ないようだ。

「なるほど、ここはヨーケイナ王国の一部でありながら、ヨーケイナ王国側からは秘境扱いでほったらかしだが、むしろ東の隣国からしたら辺境の隣国区域といった立ち位置になるのですね」

「まあ、そのようなものだろうなあ。

 時に勇者様、最近我が国の辺境に領主様がやってきたという噂を隣国の者から聞いたのだが本当なのかね」

「ああ、本当ですよ。
 今まではアルフェイムの地まで近いベンリ村までがビトー辺境伯の管理区域で、アルフェイムが王家の直轄地でした。

 それ以東は領主というか、王国が領地を与えた貴族が誰もいませんでしたので。

 みんな、辺境を嫌がって行かないから。
 無理やりに行かせると角が立つし。

 そういや、ここには代官も誰もいないですよね、見たところ碌に産業もなさそうな感じだし」

「まさにその通りなのだが、なんでまた急に領主様が」

「まあいろいろですよ。
 まあ長年頑張った子爵へのご褒美というか恩賞という事なのでしょう。

 王都の大貴族の跡取りが八年も冷や飯を食いましたからね。

 おそらくは、新領主も領地をしっかりと治めれば、将来は新辺境伯へと格上げされる事もあるのではないのですか。

 何しろ、ここはビトーの街から街道を休まず徒歩で歩いても十日もかかりそうだし。

 王都からは休まず一月もの間歩きに歩いて、ようやく辿り着くような場所ですので、へたに遠方のビトーから手を出せば大赤字は必至ですから、ほったらかしだったのでしょうねえ」

「なるほど、それじゃあ、ここにも領主様が代官を置かれる事になるかもと?」

「うーん、そいつはどうでしょうね。

 例えば、この国と隣国の仲が悪いんだったら、そういう話もあるというか、とっくの昔に領主が置かれていたのでしょうが、もう人間同士が戦っていた平和な時代が懐かしいとか王様が言っちゃうような状態ですからね」

「なんですか、それは。
 まったく酷い話だ。
 まあここは当分今まで通りなんでしょうかねえ」

「さあ、私も王様やここの領地を治める事になった領主様とは顔馴染みですが、辺境の土地をどうするかということまではねえ。

 何しろ、ご領主様の住んでいらしたところが既に辺境で、王都の貴族の誰もが来るのを拒んだという、ある意味で伝説の地アルフェイムとは別の伝説を築いていた土地ですから。

 うちの領都たるアルフ村は人口約六百人にして、教会一つなく、ようやく山小屋しかなかった領主の家が新築されて領主館に格上げしたところなので」

 思わず沈黙せざるを得なかった相手。
 いや、多分あの村って。

「うわあ、うちの村がある土地を治めるご領主様が住まわれる場所が、そのような碌に設備もない小村で、ここよりも寂れているというのか。

 うーむ、うちは辺境・秘境にあるのだと思っていたが、まだマシな方だったのか!」

 うん、空から教会があるのも見えたし、ここには周辺の各地へ物資を送るための舗装された住民の手になる『自主製作』街道まであるからなあ。
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