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第四章 大精霊を求めて

4-11 異世界は出汁と山車に包まれて

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 もう俺が行かなくても、ザムザ1が迎えに行けば済むくらい、奴は王都全体で顔パスになってしまった。

 うーん、いいのかなあ。だがまあ奴も王様本人の護衛に雇われてしまったほどの実績さえあるのだからいいか。

 奴はまるでリムジンのリヤシートで寛いでいるかのような寛ぎっぷりの師匠を連れて戻ってきた。

 泉はとっくに試食を済ませているようで、向こうで勇者女子軍団を率いて姐御と一緒に味噌ラーメン作成に夢中らしい。

 海鮮が手に入ったら長崎ちゃんぽん製作にも挑戦してくれるつもりのようだ。

 あれも麺類の中では唯一無二の独特な存在だから、舌が鳴る。

 姐御は先祖代々根っからの名古屋人で特に長崎の関係者ではない。
 以前に観光で出かけて、あの街がお気に入りになっただけのようだ。

 恭しくドアを開けてくれるザムザ1に片手のジェスチャーでパシっと挨拶し、師匠がスーツをパリっと着こなした堂々のスタイルで下りてきた。

 このあたりは貫禄としか言いようがない。

 まあ初めて会った時から異世界召喚などに微塵も揺るがないような威風堂々の感じではあったのだが。

 むろん、ザムザ1の方も相変わらず慇懃な態度で初めて会った人などはその姿にブルってしまうのだろうが、この二人、傍から見るとおかしいくらい見事にフィットしていて、まるで暗黒街のゴッドファーザーと、その手下の切れ者子分といった感じのコンビなのだ。

 俺はもうおかしくって下を向いたまま笑っていたのだが、それを師匠が見咎めた。

「何だ、一穂。
 今俺は何かおかしかったのか?」

「ああ、いやいや全然。
 では、さっそくラーメンの試食と行きたいもんですね」

「食べるのです」
「食べるのー」

 こいつらは俺が呼んでおいた。
 ザムザ1についでに迎えに行かせたのだ。

 おチビなんて特に支度はいらないし、むしろ結婚式の準備中などにいたら、ちょろちょろしてお邪魔なくらいだからな。

 残りの子供達は真剣に人生をかけて王都見学中なので、彼らはまた今度御馳走してやる事にしよう。

 この味は王都のアイクル侯爵家にも是非伝えねばなるまい。
 醤油も王都の食品店で販売するとしよう。

 製法もフォミオのスキルでない方法を確立して、この世界に残すとしよう。

 栄光のローマ帝国にガルムあり、そして異世界の王国連合には味噌醤油ありだ。

「おう、チビども。
 今日は美味しいのを作ってやるから、楽しみにしていな」

「するのです~」
「のですー」

 そして俺とフォミオの小屋へと移動し、そこのフォミオ用の大型厨房へと入っていった。

「いらっしゃいませ、マモル様」

「おう、フォミオ。
 今日はよろしくな。
 では、さっそく始めるとするか」

 師匠は、用意していた白衣とエプロンに白帽子に、まるで服装で空気を打って厨房の雰囲気を生み出すかのようにパシっと音を立てて着替え、もう用意されている寸動鍋のスープを魔導コンロの火にかけた。

 てきぱきとプロのような動きで厨房を切り盛りしていく師匠、それはまるで生まれついてのラーメン屋の親父であるかのような立ち居振る舞いだった。

 本当に何者だよ、このおっさん。
 日本で何をやっていたのかは特に教えてくれないんだよなあ。

 きっと何かの秀でた一廉のプロだったのだ。
 特にチンピラヤクザっぽい感じではないのだが、もしヤクザだったならもっと大物の役職だよな。

 この厨房は山小屋風のこの小屋に似合わず、王都の最新の調理器具で構成されている。

 そして、その一方で立派な薪で炊く竈も据えられているのだ。

 旧式の竈だからといって決して粗末な物ではなく、主である俺があえて竈で炊いた美味い飯を食いたいという目的のためだけに特別注文で作らせた、王宮の厨房にある同様の目的のために据え付けられた特注の超贅沢大型竈と同じ物なのだ。

 いつか米を手に入れた時に、最後に藁を一掴みくべて、ふっくらと炊き上げた最高に美味い米の飯を食おうと思って。

 その性能や値段も含めて、勇者の女の子達が聞いて、全員がもれなく呆れかえったほどのとんでもない代物だ。

 薪ではなく俺の開発したに必要なアタッチメントなども装備されており、いかなる調理の仕様にも耐える万能竈なのだ。

 その他に特殊な料理が可能なように特注のパン焼き窯を備え、他にピザ焼き用の石釜やナンを焼けるような特殊な窯も用意されており、それらがカイザの家の食卓も支えてくれている。

 王都の公爵家の御令嬢を迎えても決して恥ずかしくない、逸品揃いの拘り厨房なのだ。

 師匠は別のコンロで他の寸動鍋に湯を張り、魔導火力で一気に沸騰させた。

 その間に、王都で作らせたと思われる特注のラーメン丼におたまでスープを張っていく。

 丼内面の周りにあしらわれた雷文とかいう『ラーメン文様』や描かれた龍にされた色付けの、特に朱色関連がここの王都らしく日本の物よりも些か派手になっているのだが、実によくできているなあ。

 異世界感がまったく無くて、むしろオリエンタルムードが色濃く漂っていた。

 醤油が出来たわけだし、今度は餃子も作らなくっちゃ。
 なんとかしてラー油を開発させないとな。

 うほう、こいつはいい匂いだ。
 俺は口中に唾が溜まっていくのを抑えられない。

「こいつはいい匂いだ。
 高山ラーメンってこんな感じでしたっけ。
 いい匂いだけど、何かこう普通のラーメンっぽい感じですが」

「そりゃあそうだ。
 元々高山ラーメンは屋台のラーメンが起源みたいなもんだからな。

 いわゆる昭和の普通の中華そばっていう感じだ。

 昔からやっている現地の食堂なんかだと高山ラーメンなんて呼ばずに中華そばって言わないとわかってくれない場合もあるぞ。

 あっちの方面は蕎麦も盛んだろうが、普通の蕎麦は単にそばというだけだからな。

 普通の店でもメニューに中華そばとしか書いていない事もあるから高山ラーメンがある事に気づかない観光客もいるくらいだからなあ。

 まあいわゆる昔ながらの中華そばという奴だ。
 醤油ベースのオーソドックスなスープだしな。

 出汁とスープを一緒に煮込むのが特徴なんだが、ここでは鰹が手に入らないのでその辺は少し割引だな」

「そおかあ。愛知県だとスーパーなんかで高山ラーメンなんて普通にしょっちゅう売ってますもんね。

 よくスープの絡む縮れ麺の細麺で醤油味、まさにそうなのかもしれないなあ。

 いや俺も大好きなんだけど、異世界で名古屋人が一般的にラーメンというと、こういう物を想像する人が多いんじゃないのかな。

 味噌で有名なくせに、何故か名古屋味噌ラーメンなんてないし。

 とんこつスープなら、全国でも割とそれなりに名前だけは知られているチェーン店はあるのになあ」

 ああ、あれも食いたいな。
 あの薄切りチャーシューというか、確かメニュー名は肉入りラーメンだったかな。

 あの肉の味がまた独特で実に堪らんのだ。

 あのスープも、名古屋では独特の臭みが不評なとんこつスープの中で、あれだけは絶大な人気を誇るのだ。

 俺なんかあれがとんこつスープだなんて人に言われるまで気がつかなかった。

 確かに色はとんこつそのものなのだが、とんこつ独特の臭みがまったくないからな。

 あれは逆に博多の人間にはきっと不評のはずだ。
 俺はいつも肉大盛コースで頼んでいたな。

 せっかく名古屋人の勇者が大量にいるのだ。
 畜生、あの味を思いだしたら凄く食いたくなってきた。
 誰か再現してくれないものだろうか。

 まあ店で食うのは得意だが、家であの味を再現してた奴はいないだろうから難しいかもなあ。

 普通に作ったら、ただの博多とんこつラーメンになっちまうのだ。

「まあ、あのあたりだと最寄りの大都会が名古屋しかないからなあ。
 その辺は富山や金沢ではやはり何かが違う。

 太平洋側の大型都市で日本三大都市と呼ばれた名古屋と比べてしまう事がそもそも間違いなのだが。

 冬になると物流などが不便になる雪国なのだから、そのあたりは仕方がない面はあるのだがな。

 子供の頃は、遠出してあのあたりの大きな街に連れていってもらうのが何より楽しみだったもんだ。

 東京や大阪までは直線距離ですら名古屋まで最低でも倍の距離があるし、あそこから高速道や幹線鉄道を使って行ける大きく商売になる大商圏が名古屋しかないのだ。

 北陸新幹線はできたが、高山からだと雪の深い冬だとあそこの駅まで出るのが難儀だし、そこからまた東京まで行くのを考えると気が遠くなる。

 高速道路も冬季は雪が降るとなかなか厳しい。
 一般道に出てからがまたな。

 地元で店を構えるラーメン屋なら何も問題はないが、やはり食品企業として販売するなら最寄りの大商圏で商売ができんと相当きついだろう」

 そして、元々は地理的には近いはずの名古屋からすらも東京へ行くよりも難儀なほど交通的には遠く、今は次元の壁を挟んで更に遠くなってしまった懐かしの故郷に思いを馳せて、師匠は気を引き締めてラーメンの麺を茹で始めた。

 子供の頃に味わった地元の味覚は忘れられない物なのらしい。

 俺はチビ達用の、フォミオが作った木製子供用お椀を取り出して箸と一緒に並べた。

 おチビのアリシャも結構な大食漢で量は結構食べるので、もう大人用の一人前で十分だ。

 油断すると姉のマーシャよりも食べるくらいで最初は驚いた。

 ラーメンだと、ふうふうしながら食べているうちに伸びちゃいそうだけどな。
 子供用の丼で何回かお替りさせるべきだったか。

 大人用の大きな丼を貰えるので二人とも嬉しそうだったけど。

「そうら、お前達。できたぞ」

 バンっと自信を持って茹で上げられた麺は、香ばしいスープの匂いが立ち上り、実に堪らない。

 もうこの手の物の麺類の食べ方は、うどんできっちりとマスターしているチビ達はさっそくいただいていた。

 子供はなんでも覚えるのが早い。
 カイザはまだ箸の使い方が今一つだ。

「ラーメン、美味しい~」
「うまうまなのです」

 フォミオが幾つも試作した醤油群の中から絶妙にブレンドして師匠が作った自信作のスープなのだから、これが美味くないはずがない。

「いや、これは美味しいなあ。
 スープも野菜のコクが出てて実に美味しい」

「おう、高山にはそれで有名な店があってな。
 あそこの街では三本指に入る店だろう。
 そこの味を参考にさせてもらった。

 まあレシピがある訳でも無し、あくまで我流の素人仕事だがな。
 それでも、女子達にも手伝ってもらって勇者の総力を挙げて完成させたものなのだ」

 なるほど。
 魔王は元人間だというが、さすがにこれは味わえないだろうな。

 まあ王都で作られるようになって店でも始まったら、案外と魔王なんかも食べに来ていたりしてな。

 何しろ、勇者の振りでもされたら、顔を知らない人ならわかんないし。

 魔王だって、見かけは勇者とそう変わらないはずだから普通に「おや勇者様ですか、いらっしゃい」とか言われてしまいそうだ。
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