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第二章 はずれスキルの冒険者

2-37 冒険者の流儀

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「ただいまー」
 俺と泉は元気よく、冒険者ギルドのドアを開けた。

 だが、そこには受付の人達が仕事をしているだけで、あれだけいた冒険者達の姿は見られない。

 ギルドを訪問している人も、商会の仕事着や普通の格好をした方ばかりで、まるで日本のお役所の風景のようだ。

 あれほどモダンではなく、またそこにいる人の姿も基本的に西洋人風の人ばかりなのだが。

「あれ? みんな、どこへ行っちゃったのかな」
 だが受付の女性がこちらを向いて声をかけてくれた。

「みんな、上にあるパーティ・スペースにいるわよ。あなた方の連れ達も一緒にね。王都での買い物は首尾よくいったのかしら」

 もう宴会が始まっているんだねー。さすがは冒険者、いかにもオフィスっていう感じのところにいても一般の常識は通用しないのか。

「もちろん、それはもうバッチリと」
「そう、よかった。みんなも喜ぶわ」

「あいつは、『不屈』さんはどうしているの?」

「ああ、パウルなら『主賓』として今頃は弄られまくっているでしょうね。まあ、こんな物は入会祝いにやる年中行事の歓迎イベントのようなものよ。誰も本気でギルマス枠に本気でケチつけたりしないから。

 うちのギルマスだって、ああ見えて凄く有能なのだから、何の能もない奴にスカウトかけたりなんて絶対にしないのは皆もよく知っているからね」

「そいつはまたアレだな。まあ任務は無事にクリアできたわけですので。次回は俺も一緒になって入会者を弄ろう」

 俺達は軽口に笑ってくれた受付嬢さんに会釈して、意気揚々とペン先で示された方にある大きめの階段をほいほいと登っていったのだが、そこには。

「な、なにをやっているんだい?」
「うっわあ、これはまたドン引きねー」

 なんと机の上で、素っ裸で踊らされているパウルがいたのだ。まるでギリシャ神話に登場する逞しい男神のような有様だった。

 体中に、あれこれと何かで落書きというかペイントされまくって少し華やか? になった『不屈』がいた。

 たとえ字が読めなくても一発でわかる卑猥な絵の書き込みが多いな、おい。その周りを下卑た顔で酒を飲みながら取り囲んでいる同僚の冒険者達がいた。

 これだけの街だと、この手の塗料なんかも村よりは豊富でなかなか色彩豊かに彩られているな。これは是非とも仕入れたいので、あとで売っている店を聞いておこうっと。

 例の筋肉男が、贅沢に上等そうな木をくり抜いて作られた、気の利いた見事な意匠の模様が描かれた杯を片手に実に楽しそうに答えてくれた。

「ん? そんな物は罰ゲームに決まっているじゃないか。こいつは王都まで飛んでいけなかったんだからな」

 その言い草はさすがにアレだなと思っていたのだが、泉は頭を振って後ろを向くと呟いていた。

「男なんて世界が変わってもやる事は同じだ、うちの会社の連中もね……忘年会とかじゃ、それはもう」

 そして絶賛ダンス中の『踊り子さん』からそいつに苦情が入った。

「煩いぞ、フランコ。もういいだろう、そいつらも帰ってきたんだから。くっそー、女だと思って舐めていたが、やっぱり勇者のスキルは侮れないな」

「あっはっは。よし、俺も一緒に踊ろう。付き合えよ、フランコ!」
「よしきた!」

「よしきたじゃなーい、あんたらはもう」

 だが俺達は構わずに服を脱ぎだし、机の上に踊って騒ぎだした。

 昔、バブル期の名古屋のディスコでは女の子がTバックでお立ち台に乗って踊りまくっていたらしいが、ここではもっと過激だったのでパンツなど履いている事は許されない。

 元敏腕営業の『男芸者の底力』を舐めるなよ!

「まあまあ、泉様。食材がございましたらお持ちくださいませ。よろしければ一緒にお料理でも作りやしょう。ここにいても姐さんの目が腐るだけでやんすよ」

「そ、それもそうねー。本当に男どもって馬鹿なんだから~」

「あー、僕もそっちに混ぜてください。さすがの僕も、ちょっとこのノリにはついていけませんから」

 フォミオの奴もショウの奴も、さっさと宴会場を見限って厨房に引きこもるようだった。
「む、付き合いの悪い連中だなあ」

「まあまあ、いいじゃねえか、美味いツマミも届きそうな按排だしよ」

「よっし、それじゃあ。召喚、ザムザ1・ゲンダス1」
 そして現れた魔人二人組も混ざって踊った。

 ここは魔物を討伐するための冒険者ギルドなのだから、こんなものは本来なら絶対にありえねえ風景なのだが、皆が酔っぱらっているので誰も気にしない。

 ギリシャのレストラン、タベルナではこのようにテーブルに乗って踊ったりする人もいると聞いた事があるが、さすがにあれも服は脱がないはずだ。

 ゲンダス1は頭がつかえるので、床で躍らせてやった。本人も底が抜けないように、ステップを踏む時は気を付けているらしい。

 魔王軍は、一見すると粗野で粗暴なように見えるが、実のところは、どいつもこいつも周りに気遣いができるらしく、意外と繊細な気配りができるようだった。

 ザムザなんかは全身をのけぞらせて、また前にも激しく屈伸させ、すげえビートを利かせて踊っていやがる。

 一人だけ特別なディスコ・スターだ。まるで黒人のようにバネが利いていて、魔人である事を差し引いても、まったく違う世界の住人だった。

 冒険者達も口笛やかけ声で、うちのスーパー眷属を褒めそやす。みんな怪物には慣れ切っているので、今更蟷螂頭だからといって差別などされない。

 日本人が浴衣を着て盆踊りをしている中で、一人だけランニングシャツとダボズボンに身を纏い、とびっきり本場のブレイクダンスとかヒップポップとかをやっているような凄まじい感じだ。

 その精悍な踊りを見せるための素晴らしい動きこそは、生前には幾多の人間を葬ってきたものなのだろうから、そう思うとちょっと感慨深いな。

 俺が踊りをやめて床に降りてフルチンで腕組みをして仁王立ちしながら、そんな風にザムザのダンスを眺めていたら、横からすっと酒をなみなみと注いだ杯が差し出された。

「おい、お前も飲め。そのうちに料理も届くだろう」

「おう。うちの従者と彼女は料理が上手いから楽しみにしていろよ。お前の故郷の食い物もちゃんと買って来たからな」

「そうか」
 そう言って俺は『不屈』の二つ名を持つ冒険者と杯を重ねた。もちろん、奴自身も見事にフルチンのままなのだがな。
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