上 下
59 / 313
第一章 巻き込まれたその日は『一粒万倍日』

1-59 お母さん

しおりを挟む
 俺は新しく仕入れた酒を傾け、フォミオ謹製のシチューに舌鼓を打ちながら、ちょっと難しい顔をしているカイザに話しかけた。子供達は御飯に夢中でそんな父親の様子に気づいていないようだった。

「なあ、さっきは何の話だったの? あ、仕事の話だったか。わりい」
 だがカイザは俺の方を真剣な表情で見つめ、話を切り出した。

「いや、お前にも大いに関係がある事だ。いずれわかるだろう事だから今言っておこう。お前の仲間だった勇者が二人脱走した」
「なんだと!」

「それも対魔王で決め手になると期待されておった者だからな。本命勇者の少年も動揺してしまっているようだ。

 王も沈痛な思いでおられるようで、異世界へ戻るためにこの砦方面へ向かった可能性もあるから見つけたら報告し、また彼女達を戻るように説得せよと。

 名前はサイメ・ムネアツとカジン・ムネアツの二名だ。少女二人で、この勝手のわからぬ世界でどうしようというのか。何でもありのお前じゃあるまいしなあ」

「うるさいな。俺だって最初は絶望していたんだよ」

 やはり、あの子達だったか。別れた時のあの様子では、いつこうなってもおかしくはない。自分の娘とあの姉妹を重ね合わせているのか、カイザも重い顔つきをしている。

「可哀想に。だが探さないわけにもいかないのだが、正直無理に連れ戻してもとは思うのだ。それで問題は解決せんだろうしな」

「そうか、あの二人が。あの子達はここから帰れないって知らないからなあ。なんとかしてここから帰ろうと思っているかもしれないから、こっちへ来るかもな」
「帰れない?」

「ああ、ここは向こうからこちら側へしか来られない一方通行のゲートなのさ。それだって儀式でもやらないと入り口は開かない。

 でも、あの子達の気持ちはわかるよ。俺だって帰れるものなら帰りたい。まあ俺は徴兵検査で撥ねられちまった不良品なんだから、王国から見ても俺の事なんかどうでもいいんだろうがなあ」

「まあそう拗ねるな。お前は、あの二人とは親しかったのか?」

「正確に言えば、お姉ちゃんの方と親しかっただけで、後の奴なんか元々誰も知らねえ。単にたまたま召喚された時に、その場にいただけの関係だ。妹さんも会ったのは、あの城でだけだからなあ」

「新しくお姉ちゃんが二人来るの?」
 あ、アリシャ様は『新しいお友達、今度はお姉ちゃんをゲット』とか思っていそう。

「ん? そういう訳じゃないのさ。なんだよ、アリシャはお姉ちゃんが欲しいのか? お姉ちゃんならそこにいるじゃないか」

「あはは、アリシャは『お母さんになってくれるお姉ちゃん』が欲しいのよ。かくいうあたしもお母さんになってくれる方は大歓迎ですよ? まだ人肌恋しい幼女でございますので」

 その大人びているのか子供丸出しなのかよくわからない娘の物言いに、思わずぶふっと酒に咽たカイザ。

 おっさん、愛娘から新お母さんのリクエストが来てるよ。今日までそういう話は出ていなかったんだな。

「そうなると俺達はお邪魔だなあ。そうだ、フォミオ。お前のための頑丈な小屋を建てないといけなかったよな。お嫁さんが来たら、俺もそっちへ行こうかな」

「そうっすかあ、じゃあそのうちに建てやしょうねー。でもこの家の家事はもうしばらく、あっしが担当した方がいい按排でございますが」

「じゃあ、もうしばらくはフォミオがお母さんだね!」
「はい、そうでやすよ~。フォミママと呼んでください」

「そうだったのか。じゃあ、フォミママ、シチューお替り」
「あたしもー」
「アリシャも~」

「うーん」
『お母さん』を囲む家族の団欒の中で、お父さんだけが便秘みたいな声を出して唸っていましたとさ。

 子供達が寝付いてから、薄明るい感じのランプの灯りに横顔を揺らめかせながら、自家製の歪な形を呈した盃を片手にカイザが言った。

「あの子達がそんな事を考えていたとはなあ」
「そりゃあ、寂しいぜ。こんな辺境の村でお父さんは王様のために仕事に熱中しているしさ」

「う、返す言葉もない。面目ない。またしても亡き妻には聞かせられないような話だった」

「まだ姉妹で二人いるからいいけどな。他の家の子も子供も家のお手伝いしてる子が多いだろう。まあ、あの子達も本当のお母さんの事は忘れられないんだろうが、まだまだお母さんに甘えたい盛りなんだからよ。

 下の子なんか実の母親の顔も覚えちゃいまい。どうだ、あんたもそろそろ再婚でも考えてみちゃあよ」

「ま、まあな。実を言うとそれも考えないではなかったのだが、そういう物も難しいのだ、こんな辺境ではな」

 確かに、なかなか相手は見つからないよなあ。みんな、若いうちから農家同士でくっついてそのままだものね。後家さんは歳がちょっと合わないだろうし。

 俺もそういう興味がないわけじゃあないんで周りを見回したけど、若いフリーの女の子なんてパッと見ていないんだよな。俺は余所者だからお付き合いなんかも敬遠されるし。

 それにもし、ここの女の子と付き合ったら一生ここで農民コースだしなあ。俺も女日照りで少々欲求不満気味なんだよ。まあ日本でも大概こんなもんだったからどうでもいいけどな。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~

名無し
ファンタジー
 突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~

名無し
ファンタジー
 突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。  自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。  もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。  だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。  グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。  人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。

究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった

盛平
ファンタジー
 パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。  神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。  パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。  ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。    

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

外れスキル【転送】が最強だった件

名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。 意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。 失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。 そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

処理中です...