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第一章 巻き込まれたその日は『一粒万倍日』

1-38 掘り出し物として火薬の材料はなかったのだが『岩山』はあった

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「まああれこれと心しておこう。それで相談なんだが、君の手持ちで錬金術か何かの素材を持っていないか?」

 とりあえず欲しい物は硫黄なのさ。ゴムが手に入れば、硫黄で硫化すればついでにパンツのゴムも生産できるし。

 この世界のパンツは紐式だから面倒くさくて不便だ。とにかく魔王の手下と戦う羽目にでもなったら『火薬』が欲しいんだ。

 黒色火薬の材料として今のところ硫黄だけが足りない。どこかに火山でもあるなら探しに行くが、どの道これまた足がない。

 あとできれば硫酸とかがあれば最高だ。蒸留設備とセットでな。そうすれば、更に高性能な火薬への道も開けるかもしれない。

「錬金術ですかあ。そうですねえ、さすがにそういう物は扱っていませんね。最初に言っておきますが、僕はこんな辺境で商売している一介の零細行商人に過ぎないのです。

 念のために解説しておきますが、錬金術の素材は特殊な物ですから非常に高価ですし、王都の一般の商会にも置いていません。

 王都にあると言われている数店しかないらしい錬金術関連の専門店でお求めになるしかないはずです。

 よく出る薬にも使われるような素材は大きな町だと置いてある場合もあるそうですが、それはさすがに僕の管轄外ですので」

「そうだった。いや、君が結構物知りっぽいもので、ついなあ。そうか、そういう物はやっぱり街まで仕入れに行かないとないものかな」

「そうだと思います。一番近い街で、ここから五泊くらいしたところでしょうか」
「それは当然、徒歩での話だよな」

「そうですよ。ちなみに王都までは毎日毎日休みなく歩いたとしても三週間ほどかかります。行商人がそんな事を毎日やっていたらとても身が持ちませんので、僕らなんかだとそこまでは絶対に行きませんがねえ」

 一日四十キロ歩くとして王都まで片道で最低八百キロはあるってか。直線距離にして青森から歩いて広島を越えるくらいあるんじゃないのか、それ。

 あかん、とても王都なんて行く気が失せた。この村まで半日歩くのだっていい加減うんざりだったというのに。

 歩きで片道二十キロだぜ、二十キロ。ウォーキング大会じゃねえっての。あれだって普通は五キロから十キロだから、もう完全に大昔の行軍並みだぜ。何かいい交通機関が欲しい。荷馬車なんかでもいいんだが。

「なあ、街から街へ移動できる乗り合いの馬車とかないのかな」

「ない事もないのですが、それは大きな街までいかないと。結局はそこまでは歩きが基本ですね。ここは辺境なんですから」

「こっちもその辺境に召喚されちまって村周辺からまったく出られないんだが。他の連中は馬車に乗せられて王都まで連れていかれちまった。

 ああ、もうやめだやめだ。もう旅なんてしないぞ。想像しただけで鞄に入れてあった万歩計が振り切れちまわあ。何が悲しくて、そこまで無理して歩かないといけないのだ。

 自慢じゃないが、サラリーマンとして毎日歩いた距離とは比べようもないよ。あれも基本は地下鉄移動なんだからなあ。

 仕方がないから俺は残りの一生、この辺境で生きる事にするよ。所詮現代人がこの世界の人間と同じように世界を股にかけて歩くなんて無茶だったんだから。お前の話が聞けて大変有意義だった。それで他の商品は何があるのかなあ」

「意外と根性ないんですねー、勇者って」

「うるさい、勇者とは違うと言っているだろう。大体、勇者だって歩くのは嫌なんだよ。今回の勇者もまったく根性がなさそうな顔をしていたしな。あいつは絶対に俺よりもへたれだ」

 こう見えて歩く事に関しては、あんな高校生には負けない自信はある。だって暑い日も寒い日も、来る日も来る日も仕事で歩き回りなんだからよ。

「そうですねえ、じゃあとりあえずこれはいかがですか。新作の砂糖菓子です」
「いいねえ、そういう物を待っていたよ」

「でかした、行商人さん!」
 彼は精霊であるエレの食いつきようにクスっと笑い、それを見せてくれた。

 店に置いてあったような普通の飴もあったが、目玉は飴ではなく口の中ですぐ溶けそうな感じで作られた、白っぽい色合いの何かが混ぜられたお菓子だ。こいつはもしかするとアレかもしれないな。

「これは口の中でふわっと溶ける王都で流行りのお菓子だそうです。美味しいのですが、あまり日持ちしない上に値段が高いのでどうかと思ったのですが、いかがでしょう」

「女将さん、こいつはこの店で売れると思うかい?」
 俺はこの村の相場を知る専門家に声をかけて聞いてみた。

 もちろん答えはもう知っているんだがね。彼女はやりかけの仕事を置いて、こちらへ来てそれを検分した。

「うーん、売値は幾らなんだい?」
「こいつは、どうしても一つで銀貨二枚になります」

「無理だな、高過ぎるよ」
 あっさりと一刀両断で撫で切りに即答する女将さん。

 まあ無理もない話だ。これは多分、メレンゲを使った砂糖菓子だ。混ぜられているのはナッツの類だろう。確かに口溶けはいいし美味しいだろうが、村のお店に置くにはあまりにも高すぎる。

「そうですかあ、それは残念です」
 がっくりと肩を落とす行商人の青年。

 王都ではやりの最新のお菓子を辺境の村へ逸早(いちはや)く。その真摯な願いは虚しく、店の門番女将さんの前に散ったかに見えたのだが。

「二個で銀貨一枚の飴が売れ残るんだから当り前さ。お前さんは本当に夢見がちな行商人だね」
「じゃあ、そいつは俺が全部買おう。幾つあるんだい」

「二つしかありません。これでも値段的には大冒険でした。帰りにどこかで売るしかないかなと思ってましたが、ありがとうございます」

 ふふ、こいつも掘り出し物といっちゃあ掘り出し物だね。本来なら、こんな辺境の村で買えるようなものじゃあないんだから、本来なら俺が歩く分をこのショウが代わりに歩いてくれているようなものなのだ。

「あんたも物好きだねえ。まあここで取引してくれるなら、うちにも上りがあるんで嬉しいんだがね」

「こいつは美味いのさ。俺は前に食った事があるし、やろうと思えば作れるものさ。ちょっと道具も無いし、今は難しいけどな。それにこんな風に職人みたいには上手く作れない」

 こいつは地球で言うところの、焼きメレンゲのロッシェという奴だろう。材料も知っている。確か意味はフランス語で岩山だ、確かにそんな形をしている。

 貴族のマダムがサロンか何かで優雅にお茶請けに摘まむにはピッタリのお菓子だ。まあこんな物を椅子に座って動かない状態でパクパク食っていたら、あっという間にブタになるがな。

「へえ、凄いですね」
「ここじゃ俺には作れないさ、そいつは間違いなく買いだ!」

 呆れたような女将さんを他所に、新おやつに小躍りする精霊と、満足な取引ができて嬉しそうな笑顔を浮かべる俺とショウは、そのロッシェを検分するのだった。

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