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第一章 巻き込まれたその日は『一粒万倍日』

1-22 森の中

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 ほどなく数分歩いて森へ着いたが、魔物の気配など特に感じられず、森は平和であるかに見える。

 村から徒歩数分の場所が魔物の住処なのか、そう考えるとゾッとするねえ。森の中にいる奴が、一発であの丸木小屋を破壊できるかどうかはよくわからないが。

「魔物が出た場所って、森のどのあたりなんだ?」
「聞いた話だと、もう少し向こうだな」

 カイザは森の中、木々の合間から覗く大岩の向こうを指した。あの岩は森の入り口付近の目印だそうだから、そこから奥が本格的な森の中となり、今は魔物とのリング代わりのバトルフィールドとなる。銃を使わない死のサバイバルゲームの始まりだ。

「この間、大量に魔物が湧いたっていうのに、よく森へ入る気になるもんだな」

「この、あまり豊かとはいえないこの村で、森は貴重な資源を産出してくれる恵みの地だ。確認の意味でも入らねばならん。まあいつもよりは用心していたさ。数人で行き、武装した足の速いものだけで編成し、採集や狩猟も一切無しの純粋な偵察部隊だ」

「おやまあ、そいつは念の入った事で」
 首を竦める俺にカイザも仏頂面で応えを返す。

 ここからは森が深くなるので、少し暗くなるからご用心だ。勇者の仲間には探索に優れた三次元レーダーのような奴もいたが、今はあいつの事が少し羨ましい。魔物にいきなり後ろから忍び寄られたら叶わん。全身の神経が緊張に張り詰めた。

「おかげで負傷者はゼロだ。今のところ、奴らは森から出る気配はない。そういう事は魔物にはありがちな事で、数が増えると魔の森となり手がつけられない。そして、そのうちに森から溢れ出し近隣の街や村を襲う。だから監視が必要だ」

「奴ら?」

 俺は木々の間に生えた、少し邪魔な大きなシダのような葉の植物を鉈というか、鍛冶屋で作ってもらったマチェット(ここでは薄刃の剣のような形をした山刀)で払いながら訊き返した。

 後で逃げる必要があった時に素早く逃げられるように、なるべく排除できる障害物は先に払っておく。

 こういうところで道を切り開くには刃渡りがあっても薄刃で比較的軽いマチェットの方が扱いやすい。

 歩きながら枝などを払うのは結構体力を削られるし、鉈みたいにスナップを利かすのではなく、マチェットは腕全体で振って切り払うので楽だから。

 ハリウッド映画なんかでもよくそうしている。日本の山林なら枝払いが多いから鉈がいいんだろう、あるいは和ナイフのごつい奴なんかだ。

 あれはいいものだが、さすがに村の鍛冶屋の手には負えないし、俺も詳しい作り方すら知らないし、素材も作れない。

 武器としては投擲用の斧を仕入れて練習していたが、これがまた結構難しいのだ。でかい薪割用の斧も仕入れてある。

「ああ、魔物は二頭以上いたらしい。今日はその確認の意味もある。冒険者を呼ぶのであれば王に費用を持ってもらわねばならないが、今は勇者に予算をつぎ込まねばならない時期なのでそれも難しいところだ」

「あれまあ、案外と王国もケチくさいな。まあ俺を養う余裕がないくらいだしね」

「そこは仕方がない。王も勇者召喚が終わったのであれば、この辺境の地に構っている場合ではないのだ。魔王軍は王都のような要の場所を襲うのさ。頭を取られればそれで国は滅ぶからな。その前に魔王を倒さねばならない」

 枝葉末端は切り捨てかあ。まあ無理もないのか、魔王なんてものが跋扈していて人間側が劣勢とあってはなあ。

「まあ普通はそうだよな。でも、ここに湧いてくるものも魔王軍なのだろう?」

「おそらくは勇者召喚のエネルギーの余波で魔物が発生しているのだ。今は魔物も数が少ないが、おそらくはこのままで済むまい。そして、それらは魔王の力に引き寄せられて、魔王軍へと合流を果たし軍勢を押し上げるだろう」

「それじゃあ、今の内に退治しておかないと余計にマズイんじゃないのか」
「しかし軍勢を分けるのは、もっとマズイのだ」

 いやあ難しいねえ。まあ、そういう難しい情勢の中で俺は切り捨てられたっていうわけだ。

 王様も本当は無理に連れてこられる形になった俺に手厚くしたかったのかもしれない。でも、このご時世に俺のような無駄飯食いが勇者の仲間にいると王様の周りの連中も煩いのだろう。俺としても居心地は最低だという訳だ。

 それに俺を見下す連中の嫌がらせにも我慢がならなくて、結局は飛び出しちまっただろうな。案外とこれでよかったのかもしれん。でもゴミのように扱われるのは人としてやっぱり切ないぜ。

「じゃあ、ぼちぼち行きますか」
「武器は持たないのか?」

「俺の武器は内蔵式なんだ。威力はあるが、発射台である俺の体力は無限じゃないんでね。身軽にしておいて、戦う時は相手の具合を見てから戦い方を決める。森の中は、本当は俺にとって不利な場所だ。強力な武器はあるが、もっぱら火炎系だしな」

 それを聞いてカイザも大きく頷いた。

「お前が賢い男で助かる。脳筋の冒険者などが何も考えずに森に火を放ったりする場合もあるのでな。魔物も焼けるが、森が無くなれば森の恵みに頼っていた村などは廃村するしかなくなる。この村も畑だけでは生きていけない」

「そうだよなあ。じゃあ手強かったら逃げるという事でよろしく」
「その堂に入った腰抜けぶりが頼もしいよ、勇者崩れ」

「どうせならサラリーマン崩れって呼んでくれよ。勇者なんかになった事は一度もないぞ。今度冒険者にはなってみたい気もするけど」

「あれも、なかなか入会できないぞ。高額なギルドの株も買わないといけないし、やっていくにはかなりの腕っぷしがいる。お前のような腰抜けでは、腕試しで叩きのめされて放り出されるのがオチよ」

「おお、こわ。まだ魔物さんの相手の方がマシだね」
 これは本当だ。

 魔物を遠距離から殺して倒すのと、人間を殺さないように近接で倒すのとは難易度が違い過ぎてお話にもならない。

 俺の冒険者志望の進路は、たちまちシャボン玉が弾けるかの如くに消え失せた。

 しかし魔物相手の商売で何故対人での腕っぷしを見るのか。狩猟免許や銃の所持免許や罠免許よりも、空手や拳法の免状を持っていないと猪や熊を狩れないみたいなおかしな話だ。

 そんなブラックベルト持ちの素人なんかよりも、猟犬や、あるいは銃を持った勢子の方が狩猟では役に立つはずなのだが。

 熊殺しのナントカみたいな感じに素手で猛獣を狩猟できる人間なら話は別だが。

 あと、猛獣とスキンシップをするのが趣味の国家元首とかもいたよな。どうせなら、あの人と冒険者パーティを組みたいもんだ。

 俺の出る幕なんかまったくなくて、彼が魔物の頭を撫でつけてしまうだろう。言う事を聞かない聞かん坊は素手でぶち殺されて、俺が収納で荷物持ちをする羽目になるだろうな。
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