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第一章 巻き込まれたその日は『一粒万倍日』

1-3 城へ

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 この神殿のような場所は山の上に建てられていたようだ。山と言っても富士山のように標高の高い山ではない、普通のその辺にありそうなただの山だ。

 気温や気圧なんかで、なんとなくわかる。息が苦しくなるような高山とは異なり、人が普通の状態でいられるようなレベルの低い標高の山で、下る勾配もそれほどたいしたものではない。

 自転車道の、道路や線路の下を潜る地下道の勾配の方が遥かにキツイのではないだろうか。俺は同じ馬車に乗り合わせた隣の席に座っていた、妙に恰幅のいい少し頭が薄い感じの背広を着た厳ついおっさんに訊いてみた。

「一体なんなんですかね、これは」

「まあ普通に考えたら俗にいう異世界召喚って奴なのだろうが、何故このような事になってしまったものか。まったくもって信じがたい出来事だ。今からレイナちゃんのお店に飲みに行く予定だったというのに、まったくなんたることか」

 はいはい、なんかこう肝の太いおっさんだな。見た目は四十代くらいかね。慌てている雰囲気なんて微塵もないしなあ。

 異世界召喚ねえ、ラノベかアニメですか。結構おっさんなのに、そういうものに詳しそうだね。若いホステスの女の子にウケたくて読みまくったのかな。

 こういう異常事態になっても、このおっさんときた日には馴染みの女の子のいる店に遊びにいけなかった事の方が大問題なんだね。

 俺はといえば、明日会社に欠勤の連絡ができない事を物凄く心配していた。今みたいに上司の機嫌がよくない時期に無断欠勤なんてやらかしたら一体どうなる事やら。

 帰ったら机が無くなっていて、出社した時に「お前は一体誰なんだ」くらい平気で言われかねないので。

 頼むから次回の異世界召喚の対象からサラリーマンをシステム的にはずしておいてもらえないかねえ。

 せめて、それくらいのキメ細かい配慮は欲しいものだ。勤め人のサラリーマン的には、異世界召喚だなんてまったく冗談事じゃあないんだからな。

 やがてほどなく馬車の群れは山を下り終え、神殿から眺められた大きな城らしき場所へと平地を進む事になったが、道中ずっと道が舗装されておらず、サスはついている感触なのだが性能はあまりよくなく尻の下から伝わってくるゴツゴツした乗り心地がどうにも体に合わない。

 そもそも道がまともな路面ではないのだ。普段は使われていなそうな雰囲気だし。時折、石に乗り上げるのか、激しい衝撃が尻から突きあがって来て、心の準備の無かった全員が同時に呻く。

 下りの馬車って制御とか大丈夫なのかね、まともにブレーキなんてついていないはずだからな。確か馬車ってパーキング用のブレーキしかなくて、緊急時にはそいつを引くくらいじゃなかったかな。

 何か一発間違うと、崖の下に転がり落ちていきそうな危うさがあり、馬車がポンポンと跳ねる度に俺はずっとドキドキしていた。

 何しろ自動車とはまったく違う乗物だからな。まあ、それなりにゆっくり降りていってくれているようなのだが、下りなので勢いがついたりする感じで、こんな物には乗り慣れないのでかなり怖い。

「まったくなんて事だ」
「いや、それにしても馬車は勘弁してほしいな」
「おい、あまり喋ると舌噛むんじゃないか、これ」

 皆もボヤく、ボヤく。やっぱり今日は万ボヤキ日なのに違いない。

「ああ、腹が減ったなあ」
「まったくだ。よりにもよって、こんな晩飯時にこんな場所へ呼び出しやがって」

「あの野郎、一体何様のつもりなんだ」
 いやいや、多分かなり偉い王様なんだよね。

 しかし何にしても困った事態になったものだ。とりあえず晩飯くらいはちゃんと出してくれるんだろうなあ。

 携帯はもちろん圏外だ。おそらくここは日本、いや地球ではないのだろう。

 おっと、なんと窓から垣間見る事ができたお月様は、もう日も完全に暮れた夜空に、見事に『二個』に輝いて増量されていた。

 一方は地球のと同じで白っぽいレモン色の感じだが、もう片一方は綺麗なピンク色だね。こりゃあ駄目だわ、はいここは地球ではない異世界決定、並行宇宙でもなさそうだ。

 お月様が影響を与えるはずの重力関係は地球とあまり違わないような気がするのだが、あの月二個で地球の月と同じくらいのボリュームなのだろうか。

 大きさは地球の月とそう変わらない気もするが、距離がどれくらい離れているものなのかな。まあ質量的に考えれば体感できるような重力の差異はないのかもしれないが。

 どちらかというと潮の満ち引きや地球の自転速度なんかに影響があるのではないだろうか。

 もし地平線や水平線を見る事ができて地球と同じような雰囲気なら、この異世界らしき世界がある星の大きさも地球とそう変わらないのかもしれないし。

 まあ、この世界がどこかの星の上にあると決まったものでもないがね。でっかい亀や象の背に乗っかっていたり、箱庭の中の世界だったりといったヤバイ世界ではない事を心から祈っておこう。どうすりゃあいいんだ、そんなもの。

 先頭の馬車が堀に渡されていると思われる跳ね橋のようなものを渡って近づいていくと、篝火(かがりび)の炊かれた城の木と鉄で作られた門が、このすっかりと暗くなった時間に相応しくないくらいの軋んだような大きな音を立てて開いていった。

 木は縦に伸びた木材が分厚く重厚に、朽ちる事もなく並んで配されているのが、夜目にも月の光と相まって視えた。

 だがそれを束ねる鉄の部分に吹いた年季までは隠せない。開閉の部分も錆びついているものか、軋み音を長く眷属であるかのように引き摺っている。

 そこに吸い込まれるように馬車列が突き進んでいった。内部はこれまた古びた廃城といってもいいような荒れ果てた感のある趣だ。

 通りすがりに、灯りで照らされた城の中の様子を少し観察したが、大剣や槍に弓矢などで武装した重装の兵士達が大勢いて、なかなか物騒な光景だった。

 ざっと彼らの装備や中の配置を見た限りでは、どうやら銃や大砲はなさそうなので安心した。万が一逃げ出す事にでもなった際に、後ろから重機関銃なんかで銃撃されたら堪ったものではない。

 勇者召喚などを行ったところをみると、どこかと戦争中なのか? 定番なら相手は魔王か、他の王国あたりか。

 あーもう、本当にやだねえ。どうやら、この国には憲法第九条などというものは欠片もなさそうな雰囲気だった。

 そして馬車は城の入り口の、馬車がつけられるようになったロータリー状の停車場に次々と止まっていった。

 扉を開けてくれる兵士達に剣呑そうな槍の穂先で促されて、俺達は渋い顔をしながら馬車から順番に降り立っていった。そして王様が言ってくれた。

「皆の者、城の中へ入れ。食事を用意させる」
 それを聞いた皆は少し明るい顔つきになった。足取りもさっきよりは軽い。

 よくわからない状況に放り込まれて皆も疲労困憊していたのだ。食事がもらえるのは非常にありがたい。

 俺なんかもうここへ来る以前に、とっくに精神的にきちまっていたので、特にキツイんだよね。

 同じく他の現金な奴らも、既に顔に笑顔を張り付けながら、大きめの石で作られた壁に扉もついていない入り口を潜っていた。
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