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第一章 孤独の果てに
1-45 チケットカウンター
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「すみません、ここの港から平原の外の国へ行く船は出ていますか」
カウンターにいた人は如何にも水夫上がりといった感じの人で、片目で黒い眼帯をしていてその下に大きな刀傷のような物が走っている、他にも顔に酷い傷のある老人だった。
まるで噂に聞く海賊のような容姿をした老人が迫力のあるジロっという目でアリエスを睨んだので、少し体が震えてしまったが、今更ここで臆するわけにはいかない。
励ますように左手を握ったメリーベルがギュッと力を強めて握り締めてきた。
その小さな励ましを表面がやや汗ばんだ手で握り返し、果敢に初めての作業に応対する。
そして老人は目の前の小さなお客人に対して対応を始めた。
「ここの港も昔とは違い、今では平原の国が主な取引相手だ。
ここは国内でも西側の港なので、大陸内の運行でも、もっぱら西方面への船を扱っている。
平原の向こうへ行く西方諸国へも便は出ているよ。
だがまあ、今はここの西にあの帝国があんな感じでのさばっているのでね、その数も知れたもんさ。
とはいえ、まあこの大陸内の東方面なんかへもいくばくかの船は出ているよ。
といっても、そっちはこの大陸の外までは出ていないがね。
この海は魔の海ディープサウスさ。
それを挟んだ真向いにある三つの大陸などの、この大陸外へ行きたいとでもいうのなら、東西どちらかの大陸の端にある港へ行くしかないがね」
「よかった、まだ船は出ているのですね。
帝国海軍が我が物顔なので、西方面に船が出ているか心配だったのです」
それを聞いた老人は頬杖をつきながら、また溜息も吐いていた。
「しかし子供達、お前達のような小さな女の子だけで行くというのかね。
どこへ行きたいのか知らんが、やめにしておくんだね。
命は大事にすることだ。
わしの顔を見るがいい。
昔は水夫をしていたが、魔物と戦い、そして海賊にやられて、今ではこのザマだ。
お前達のような女の子なんてあっという間に売り飛ばされてもおかしくない。
それに今はその帝国海軍自体が海賊代わりのようなものだ。
あれは海賊なんかよりも、もっと酷い連中なのだから」
老人は見かけこそ怖かったのだが別に悪い人ではなかったようで、アリエスは緊張していた肺から軽く息を吐きだした。
まだこの季節は海風も冷たくて、その可愛い吐息は港街特有の煩雑な空気を白く染めた。
「すみません、私達は親を亡くしたので、どうしても面倒を見てくれる親族のところまでいかなくてはならないのです。
魔物山脈、ドラグレス山脈の向こうまで行きたいのです」
「そうかい、それで行先はどこがいいのかね」
「えーと、とりあえず一番近いセントーリア王国がいいですわ」
「そうか、それならば明日船が出るな。
お前さん達は運がいい。
あそこ行きの船は最近不定期便でなかなか出ないのだから。
船着き場はそこの緑の屋根の倉庫の向こう、十八号と書かれている場所だ。
大きな看板が立っているからすぐわかる。
船の名はサンパースト号だ。
頭にサンと付くのは、この国に所属する船独特の習慣だ。
もう船自体は着いていて、今は荷積み作業を行っているよ」
「明日ですか……切符代はおいくらになりますか」
「船室が欲しいのなら、一人金貨十枚だな。
まあ子供だから一人八枚にしてやろう。
それとて小さな部屋だが、お前さんらには絶対に必要なはずだ」
「お気遣い、どうもありがとうございます。
ではそれでお願いします」
そう言ってアリエスは金貨十六枚を払った。
その金額は地球ならば飛行機のファーストクラスで東京からロサンゼルスまで行ける金額だろう。
ジンからもらった金貨には、まだ余裕があったので助かった。
気前よくジンに金貨を『くれた』大勢の冒険者さん達に感謝するアリエスであった。
「出航は夜明けになるから遅れんようにな。
乗り損なっても返金は出来ん。
船が出なかった場合のみ返金となる。
返金の場合にも、このチケットが返金証となるから無くさないように。
では無茶な子供達の、旅の幸運を天のアレスに対して、不肖このローレンも祈っておくとしよう」
そう言って彼はアレスの祈りという動作を行った。
帝国以外の、この平原の国々が崇拝する神アレス。
天に祈りを捧げるために胸の前で両手をしっかりと握り合わせて組み合わせて、肘は両端に突き出すようにして目を閉じて祈るのだ。
やや厳つい動作なのはアレスが主神であるとともに戦の神でもあるからだろう。
彼は大海原へと出ていく哀れな年端も行かない見知らぬ子供達のために、彼の神に祈ってくれたのだった。
元は船乗りだけに、この魔の海の恐ろしさは誰よりもわかっていた。
「ありがとう、お爺さん」
何しろ、とりあえずもへったくれもない。
アリエス達はまさにその国に行きたいのだから。
今アリエスがいるここが何故平原と呼ばれているかというと、この大陸の四割にも達する面積を有するその叔母のいる国がある西方諸国と呼ばれる場所へは、ドラグレス山脈という大陸一ともいうべき大山脈、別名魔物山脈が障害となっている。
よって大陸のうちでそこの部分を除いた、陸から通行可な平坦区域が多い場所を平原と呼んでいる。
そのうちアルブーマ大山脈で別れた右区画が東の平原、あの大山脈を越えて今いる場所が東の平原と呼ばれる区画であった。
西方面の帝国の版図は、陸地で行ける限りの場所であるその平原の左端で終わっている。
さすがの大帝国も、あの幅が千キロにも及ぶ魔獣の住処を越えての大遠征は避けているのだ。
お蔭で叔母の国もまだ安泰なのだが、東の平原までを併合し尽くしたら、海軍力を生かした帝国の次のターゲットになるのは間違いなく叔母の嫁ぎ先であるセントーリア王国なのだ。
とはいえ、おそらくそれはまだ相当先の話となるのだし、今はなんとかしてそこへ行かなくてはならない。
広大な帝国の海岸線が広がる、この魔の海ディープサウスを越えて。
もし自分が船を持っていて帝国の目を誤魔化すのであれば、反対側にある三つの大陸群をかすめるほどに離れないといけないが、この魔の海でそのような真似をしたならば、たちまち海の藻屑となる事請け合いだった。
カウンターにいた人は如何にも水夫上がりといった感じの人で、片目で黒い眼帯をしていてその下に大きな刀傷のような物が走っている、他にも顔に酷い傷のある老人だった。
まるで噂に聞く海賊のような容姿をした老人が迫力のあるジロっという目でアリエスを睨んだので、少し体が震えてしまったが、今更ここで臆するわけにはいかない。
励ますように左手を握ったメリーベルがギュッと力を強めて握り締めてきた。
その小さな励ましを表面がやや汗ばんだ手で握り返し、果敢に初めての作業に応対する。
そして老人は目の前の小さなお客人に対して対応を始めた。
「ここの港も昔とは違い、今では平原の国が主な取引相手だ。
ここは国内でも西側の港なので、大陸内の運行でも、もっぱら西方面への船を扱っている。
平原の向こうへ行く西方諸国へも便は出ているよ。
だがまあ、今はここの西にあの帝国があんな感じでのさばっているのでね、その数も知れたもんさ。
とはいえ、まあこの大陸内の東方面なんかへもいくばくかの船は出ているよ。
といっても、そっちはこの大陸の外までは出ていないがね。
この海は魔の海ディープサウスさ。
それを挟んだ真向いにある三つの大陸などの、この大陸外へ行きたいとでもいうのなら、東西どちらかの大陸の端にある港へ行くしかないがね」
「よかった、まだ船は出ているのですね。
帝国海軍が我が物顔なので、西方面に船が出ているか心配だったのです」
それを聞いた老人は頬杖をつきながら、また溜息も吐いていた。
「しかし子供達、お前達のような小さな女の子だけで行くというのかね。
どこへ行きたいのか知らんが、やめにしておくんだね。
命は大事にすることだ。
わしの顔を見るがいい。
昔は水夫をしていたが、魔物と戦い、そして海賊にやられて、今ではこのザマだ。
お前達のような女の子なんてあっという間に売り飛ばされてもおかしくない。
それに今はその帝国海軍自体が海賊代わりのようなものだ。
あれは海賊なんかよりも、もっと酷い連中なのだから」
老人は見かけこそ怖かったのだが別に悪い人ではなかったようで、アリエスは緊張していた肺から軽く息を吐きだした。
まだこの季節は海風も冷たくて、その可愛い吐息は港街特有の煩雑な空気を白く染めた。
「すみません、私達は親を亡くしたので、どうしても面倒を見てくれる親族のところまでいかなくてはならないのです。
魔物山脈、ドラグレス山脈の向こうまで行きたいのです」
「そうかい、それで行先はどこがいいのかね」
「えーと、とりあえず一番近いセントーリア王国がいいですわ」
「そうか、それならば明日船が出るな。
お前さん達は運がいい。
あそこ行きの船は最近不定期便でなかなか出ないのだから。
船着き場はそこの緑の屋根の倉庫の向こう、十八号と書かれている場所だ。
大きな看板が立っているからすぐわかる。
船の名はサンパースト号だ。
頭にサンと付くのは、この国に所属する船独特の習慣だ。
もう船自体は着いていて、今は荷積み作業を行っているよ」
「明日ですか……切符代はおいくらになりますか」
「船室が欲しいのなら、一人金貨十枚だな。
まあ子供だから一人八枚にしてやろう。
それとて小さな部屋だが、お前さんらには絶対に必要なはずだ」
「お気遣い、どうもありがとうございます。
ではそれでお願いします」
そう言ってアリエスは金貨十六枚を払った。
その金額は地球ならば飛行機のファーストクラスで東京からロサンゼルスまで行ける金額だろう。
ジンからもらった金貨には、まだ余裕があったので助かった。
気前よくジンに金貨を『くれた』大勢の冒険者さん達に感謝するアリエスであった。
「出航は夜明けになるから遅れんようにな。
乗り損なっても返金は出来ん。
船が出なかった場合のみ返金となる。
返金の場合にも、このチケットが返金証となるから無くさないように。
では無茶な子供達の、旅の幸運を天のアレスに対して、不肖このローレンも祈っておくとしよう」
そう言って彼はアレスの祈りという動作を行った。
帝国以外の、この平原の国々が崇拝する神アレス。
天に祈りを捧げるために胸の前で両手をしっかりと握り合わせて組み合わせて、肘は両端に突き出すようにして目を閉じて祈るのだ。
やや厳つい動作なのはアレスが主神であるとともに戦の神でもあるからだろう。
彼は大海原へと出ていく哀れな年端も行かない見知らぬ子供達のために、彼の神に祈ってくれたのだった。
元は船乗りだけに、この魔の海の恐ろしさは誰よりもわかっていた。
「ありがとう、お爺さん」
何しろ、とりあえずもへったくれもない。
アリエス達はまさにその国に行きたいのだから。
今アリエスがいるここが何故平原と呼ばれているかというと、この大陸の四割にも達する面積を有するその叔母のいる国がある西方諸国と呼ばれる場所へは、ドラグレス山脈という大陸一ともいうべき大山脈、別名魔物山脈が障害となっている。
よって大陸のうちでそこの部分を除いた、陸から通行可な平坦区域が多い場所を平原と呼んでいる。
そのうちアルブーマ大山脈で別れた右区画が東の平原、あの大山脈を越えて今いる場所が東の平原と呼ばれる区画であった。
西方面の帝国の版図は、陸地で行ける限りの場所であるその平原の左端で終わっている。
さすがの大帝国も、あの幅が千キロにも及ぶ魔獣の住処を越えての大遠征は避けているのだ。
お蔭で叔母の国もまだ安泰なのだが、東の平原までを併合し尽くしたら、海軍力を生かした帝国の次のターゲットになるのは間違いなく叔母の嫁ぎ先であるセントーリア王国なのだ。
とはいえ、おそらくそれはまだ相当先の話となるのだし、今はなんとかしてそこへ行かなくてはならない。
広大な帝国の海岸線が広がる、この魔の海ディープサウスを越えて。
もし自分が船を持っていて帝国の目を誤魔化すのであれば、反対側にある三つの大陸群をかすめるほどに離れないといけないが、この魔の海でそのような真似をしたならば、たちまち海の藻屑となる事請け合いだった。
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