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第一章 孤独の果てに
1-43 港へ決死行
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そして、ついにその少し手前の山の手になった部分に身を隠しながら、俺達はついに当座の目的地であるブシュレの港をこの目で拝んでいた。
その向こうには、青い青い、日本ではそうそう拝めないほどの碧い海が広がっていた。
「ほお、なかなか綺麗な海だな」
そういえば、太平洋も大洋なのにこのような素晴らしい青さだったのを思い出した。
日本にいた時にはドライブで岬へ行くのが大好きだった。
住んでいた場所が太平洋側だったせいか、馴染みのある湾内の海は黒味を帯びた紺碧であったのだが。
近場で海水浴に行くとがっかりしたというか、子供の頃はご学友も含めその黒潮的な色合いが本来の海の色だと思い込んでいた。
だから初めて太平洋の青さをかなり高台の岬から見た時には、すっかりその虜になってしまった。そのような些細な記憶はあるのだ。
自分が何をやっていたのかとか、どうして死んだのかとかそういう事は覚えていないのだが。
そういえば俺は海と山なら確実に海派であったのに何故この世界では山に住んでいたものか。
無人島で暮らすのも悪くなかったかな。
まあそれだと完全な一人暮らしになってしまうので精神的に駄目だが。
昨日は一日がかりで強引にサンマルコス王国を横断して南下し、安全のため港の少し手前で陣を構築したのだ。
その少し高台になった場所から眺められる東西北と三方から続く大きな街道は、行きかう馬車と共にその港へと吸い込まれていき、なんというかまるで高速道路のジャンクションのようだった。
それはこの世界で初めて見る大物流拠点の光景で、港の雄姿と相まって俺は地球を思い出して少し感動と郷愁を覚えた。
だがそこで様々な形をして、諸種の色合いのキャンバスで帆を張っている船は、そのほとんどが帆船であった。
少し形が地球の物と異なる気がするのは、この世界ではおそらくは風の力を主としながらも地球のような単なる機械動力船ではなく、航行にも魔法や魔導を用いているからなのだろう。
地球の動力付きの大型セーリングヨットが一番近い存在なのかもしれない。
それはなかなか合理的な考え方であるとは思うのだが、完全な魔導船もありそうだし、そいつに追われたら水上でも苦しくなってしまいそうだろう。
敵の軍艦についての知識がないのが困りものだ。
元々、帆船などという物にはまったくといっていいほど知識がないし、通常のセーリングヨットは愚か、お手軽なキャビンを持たないセーリングディンギーのような小型な船にすら乗った事はないのだ。
「さて、子供達。
目的地は目の前だが、これからどうするね」
「行くしかないよね」
「ああ、そうだな。
ここでこうしていても仕方がない。
覚悟は定まったか」
「うん」
「メリーベルは?」
「大丈夫、ジンやシルバーがいてくれるもん。
ルーだって」
「ああ、そうだ。
今回は俺達も最初から共に行く。
港は広いし、何かあればお前達だけではどうにもなるまい。
幸いにして、この港は広いので俺が紛れる事も可能だ。
おそらくは敵も港内に潜んでいる事だろう。
どうやら、この国はまだ帝国の制圧圏内にないので道中の罠よりも港での待ち伏せを選んだとみえるな。
この前に少数部隊をかなり痛めつけてやったのもよかったのかもしれん。
まあ俺の隠密を見破る奴がいない事を祈るのみだ。
念のため、俺とシルバーはなるべく姿を隠して近くの建物の蔭にでも潜み、ルーを通してやりとりするとしよう」
「うん、ありがとう。
心強いよ、ジン。
じゃあ行こうか、メリーベル」
アリエスは、その澄んだエメラルドグリーンの眼に決意の色を追加して俺を促した。
彼女は滅びたとはいえ、今も心はこの平原の盟主であった国の気高き王女なのだ。
その過酷な運命へ立ち向かう小さな勇気を、俺は無言で頷く事によって賞賛した。
これが日本人の普通の少女であったならば、足が竦み最初の一歩さえ覚束なくて、あの山の中のかまくらで追手の大部隊と対峙する羽目になった事だろう。
彼女の勇気がここまでの膨大な距離を稼いだのだ。
そして俺達は陣から下り、遮蔽物のない平地部分の荒れ地へと降り立った。
まだ街道ではないが、こちらを見ている人間はいないようだ。
ここに俺の隠蔽を見破る敵兵が潜んでいない事を祈るのみだ。
「ジン、ドキドキするわ」
「ああ、俺もだよ。まだ真正面から敵と戦っていた方がマシだな」
「僕かくれんぼ、楽しい~」
「はっはっは、そのかくれんぼは油断すると命懸けになってしまうがな」
俺は二人の少女を背に乗せた愛犬の頭を撫でてやり、港へと進軍していった。
幸いにして港には侵入の妨げとなるような塀などの遮蔽物はない。
膨大な物流を担うため、軍用専門の港でもないので、そうなっているのだろう。
港の大部分を占める商用区画から少し離れたところにある軍用エリアは、厳めしい塀で囲まれて物々しく警備されているようだった。
軍艦の知識を得るため参考までに中を覗いておきたかったが、そのような余裕は欠片もない。
俺達は荒れ地部分を慎重に進んでいたのだが、港に沿って走っている大街道を越えれば、そこはもう港の敷地内だ。
場合によっては、そこから先が俺達の戦場となる地帯なのだ。
だが覚悟をもって臨もうとしている少女達の凛々しい横顔は俺から一切の躊躇いを捨てさせる。
「もう少し先、船着き場近くへ行ってから街道を越えよう。
港へ入った途端に何かがあるという事も考えられる。
最低でも船の発着の情報を持って帰らなくては。
それは、お前達にしかできない仕事だぞ」
「うん、わかった」
俺達は隠密をかけたまま固まって街道を進んでいき、頃合いな所までやってきたので戦場予定地へと、そっと足を踏み入れた。
その向こうには、青い青い、日本ではそうそう拝めないほどの碧い海が広がっていた。
「ほお、なかなか綺麗な海だな」
そういえば、太平洋も大洋なのにこのような素晴らしい青さだったのを思い出した。
日本にいた時にはドライブで岬へ行くのが大好きだった。
住んでいた場所が太平洋側だったせいか、馴染みのある湾内の海は黒味を帯びた紺碧であったのだが。
近場で海水浴に行くとがっかりしたというか、子供の頃はご学友も含めその黒潮的な色合いが本来の海の色だと思い込んでいた。
だから初めて太平洋の青さをかなり高台の岬から見た時には、すっかりその虜になってしまった。そのような些細な記憶はあるのだ。
自分が何をやっていたのかとか、どうして死んだのかとかそういう事は覚えていないのだが。
そういえば俺は海と山なら確実に海派であったのに何故この世界では山に住んでいたものか。
無人島で暮らすのも悪くなかったかな。
まあそれだと完全な一人暮らしになってしまうので精神的に駄目だが。
昨日は一日がかりで強引にサンマルコス王国を横断して南下し、安全のため港の少し手前で陣を構築したのだ。
その少し高台になった場所から眺められる東西北と三方から続く大きな街道は、行きかう馬車と共にその港へと吸い込まれていき、なんというかまるで高速道路のジャンクションのようだった。
それはこの世界で初めて見る大物流拠点の光景で、港の雄姿と相まって俺は地球を思い出して少し感動と郷愁を覚えた。
だがそこで様々な形をして、諸種の色合いのキャンバスで帆を張っている船は、そのほとんどが帆船であった。
少し形が地球の物と異なる気がするのは、この世界ではおそらくは風の力を主としながらも地球のような単なる機械動力船ではなく、航行にも魔法や魔導を用いているからなのだろう。
地球の動力付きの大型セーリングヨットが一番近い存在なのかもしれない。
それはなかなか合理的な考え方であるとは思うのだが、完全な魔導船もありそうだし、そいつに追われたら水上でも苦しくなってしまいそうだろう。
敵の軍艦についての知識がないのが困りものだ。
元々、帆船などという物にはまったくといっていいほど知識がないし、通常のセーリングヨットは愚か、お手軽なキャビンを持たないセーリングディンギーのような小型な船にすら乗った事はないのだ。
「さて、子供達。
目的地は目の前だが、これからどうするね」
「行くしかないよね」
「ああ、そうだな。
ここでこうしていても仕方がない。
覚悟は定まったか」
「うん」
「メリーベルは?」
「大丈夫、ジンやシルバーがいてくれるもん。
ルーだって」
「ああ、そうだ。
今回は俺達も最初から共に行く。
港は広いし、何かあればお前達だけではどうにもなるまい。
幸いにして、この港は広いので俺が紛れる事も可能だ。
おそらくは敵も港内に潜んでいる事だろう。
どうやら、この国はまだ帝国の制圧圏内にないので道中の罠よりも港での待ち伏せを選んだとみえるな。
この前に少数部隊をかなり痛めつけてやったのもよかったのかもしれん。
まあ俺の隠密を見破る奴がいない事を祈るのみだ。
念のため、俺とシルバーはなるべく姿を隠して近くの建物の蔭にでも潜み、ルーを通してやりとりするとしよう」
「うん、ありがとう。
心強いよ、ジン。
じゃあ行こうか、メリーベル」
アリエスは、その澄んだエメラルドグリーンの眼に決意の色を追加して俺を促した。
彼女は滅びたとはいえ、今も心はこの平原の盟主であった国の気高き王女なのだ。
その過酷な運命へ立ち向かう小さな勇気を、俺は無言で頷く事によって賞賛した。
これが日本人の普通の少女であったならば、足が竦み最初の一歩さえ覚束なくて、あの山の中のかまくらで追手の大部隊と対峙する羽目になった事だろう。
彼女の勇気がここまでの膨大な距離を稼いだのだ。
そして俺達は陣から下り、遮蔽物のない平地部分の荒れ地へと降り立った。
まだ街道ではないが、こちらを見ている人間はいないようだ。
ここに俺の隠蔽を見破る敵兵が潜んでいない事を祈るのみだ。
「ジン、ドキドキするわ」
「ああ、俺もだよ。まだ真正面から敵と戦っていた方がマシだな」
「僕かくれんぼ、楽しい~」
「はっはっは、そのかくれんぼは油断すると命懸けになってしまうがな」
俺は二人の少女を背に乗せた愛犬の頭を撫でてやり、港へと進軍していった。
幸いにして港には侵入の妨げとなるような塀などの遮蔽物はない。
膨大な物流を担うため、軍用専門の港でもないので、そうなっているのだろう。
港の大部分を占める商用区画から少し離れたところにある軍用エリアは、厳めしい塀で囲まれて物々しく警備されているようだった。
軍艦の知識を得るため参考までに中を覗いておきたかったが、そのような余裕は欠片もない。
俺達は荒れ地部分を慎重に進んでいたのだが、港に沿って走っている大街道を越えれば、そこはもう港の敷地内だ。
場合によっては、そこから先が俺達の戦場となる地帯なのだ。
だが覚悟をもって臨もうとしている少女達の凛々しい横顔は俺から一切の躊躇いを捨てさせる。
「もう少し先、船着き場近くへ行ってから街道を越えよう。
港へ入った途端に何かがあるという事も考えられる。
最低でも船の発着の情報を持って帰らなくては。
それは、お前達にしかできない仕事だぞ」
「うん、わかった」
俺達は隠密をかけたまま固まって街道を進んでいき、頃合いな所までやってきたので戦場予定地へと、そっと足を踏み入れた。
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