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第一章 王太子様御乱心

1-12 尋問タイム

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「起きた?」
「う、うーん。おお、マイハニー。もう一度熱いベーゼを」

 私はその青年が私に向かって両手を広げて見せてくれた、タコのようなキス顔に対して見事な回し蹴りを食らわせて目覚めの挨拶といたしました。

 スカートを履いていては、ちょっとできない技ですけれども。

「あいたたた、あれ? 私の美少女は? そして愛くるしい銀髪美少年は?」

 夢の中で、私達二人を相手に一体どのような狼藉が行われていたものか知りませんが、とりあえず現実という物は認識させる事にいたします。

「これ、ちょっと説明してくださる?」
 私はにっこりと笑顔で、その書類を彼の目の前に差し出した。

 それを見て眠気が覚めたような様子の彼は目を丸くして、そしてぬけぬけと言いました。
「これをあなたがどうして。そして、これがどうかしたというのですか?」

 実に不思議な顔をしていらっしゃったので、こっちの頭が痛くなってきました。やはり、欠片も悪いともなんとも思っていないようです。

「あのねえ、こいつらエロマンガ家がどういう連中か知っているの?」
「はあ、隣国の男爵様と伺っておりますが。大変、お金持ちですしね!」

「うーん。確かにそれは間違っちゃいないのですが」
 駄目だ、最初から話にならない。もう、仕方がないですね。

「私はマリー・ミルフィーユ・エクレーア。エクレーア公爵家の人間です。少し前まで王太子スフレ殿下の婚約者でした。ですが、敵国エロマンガ家の女にその座を奪われたのですわ。奴らの陰謀によってね」

「へえー、そうなんですか」
 うーん、こいつは地位が低い人間なので、よく王国の事情がわかっていないのでしょうか。

 まあ、そんな物を知っていたって役に立たないレベルの人間ですしね。私は彼を睨みつけると、こう言った。

「あのねえ。あの連中は我が国を支配下に置こうとしているのよ。明確な侵略行為よ。あいつアリエッタの一派はその尖兵。そいつらから賄賂を貰って、あれこれと便宜を図っていたなんて国家反逆罪ものなんだけどね」

 だが、彼は落ち着いたもので、ひょいっと立ち上がった。

「そうなのですか? いや、そうなのかもしれません。でも、それが何なのですか。そもそも我が国の重鎮みたいな方々が彼らをのさばらせているのが原因なのですよ。

 彼らだって己の利益のために敵国の勢力と通じているのではないのですか。だから、そうやってエロマンガ家の者達も堂々と活動していられるのでしょう。

 あなたは私だけを糾弾すると? 無駄ですね。この国の人間は実利一本。彼の国と通じる事で自分の利益になるというのなら、皆そうするでしょう。

 だから、あなたも今のように無様な事になっているのでしょうに。私一人どうにかしたくらいで、何も変わりませんよ」

「ぐ……」
 こ、この野郎は本当に。

 しかし、確かにこの男の言う事にも一理あるのです。そうでなければ、あのようなアリエッタ一派のような輩がこれほどまで傍若無人に、この国を闊歩できようもないので。

「それに」
 さらに代官は鼻で笑うような感じにこう続けた。

「あなたは別に騎士団の人間でもなければ、王でもない。公爵家の人間とはいえ、この私をあなたのような女性が裁けるというのですか?

 それに、あなただって捜査権などないのに激しく越権行為だ。不法に侵入して部屋を荒らした訳ですしね」

 おのれ、やはり代官ともなると、それなりに優秀で弁も立ちますね。しかし、私は冷静でした。だって、こいつは何もわかっていないのですから。

 シナモンは一歩、いや大きく下がります。これから何が起こるかよくわかっているので。

「ねえ、代官。よかったら、今から私といい汗をかかない事?」

「え?」
 彼は奇妙な顔で私を見返しました。

 普通なら私のような美少女からそのように申し入れを受けたのであれば大喜びするのでしょうが、今の状況でピクピクと引きつった笑顔の私がそのような事を言い出すとは、さしもの彼も思わなかったものらしいです。

 少しばかり警戒されているでしょうか。しても無駄なのですがね。そして、きっぱりと宣言してさしあげました。

「目覚めよ、我が内なる魔獣よ。野生の者よ。覚醒、超獣マリー!」
「え、ええっ」

 次の瞬間に私は、ゴウっと吹き上げる紅蓮の焔(ほのお)に塗れた煉獄の底から這いあがった魔王なのではないかというほどの怒りの炎(オーラ)を吹き上げながら、光る眼で奴をねめつけて片手で奴の首を締めあげ、さらにギリギリと持ち上げていきます。

 長身である私の背は奴よりも高く、伸ばした腕の上で息もできない奴が手足をじたばたしていますが、魔道具によって筋力を著しく増幅された私の前ではそれも無力です。

「さあ、楽しいストレッチといきましょうか。あなたが最後まで踊り切れるといいわね」

 そして代官の悲鳴は屋敷中に鳴り響き、例の使用人の彼は出て行ったきり、ずっと戻ってはこないのでした。

 まあ、主の悲鳴がこれだけ聞こえていれば、帰ってきたとしても入り口で引き返すでしょうね。

 あの人の様子を見ていれば、いつかこうなる覚悟はできていたでしょうから、決して関わってはいけない事が進行中なのだと、あの聡い感じの人ならば、きっと理解した事でしょう。
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