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第二章 バルバディア聖教国モンサラント・ダンジョン

2-38 モンサラント・ダンジョンの秘密

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「じゃあ、ぼちぼち行きますか」

「よし、今度は精霊を呼ぶ魔法を試してみるか。

 これは一度呼べば、しばらく一緒におってくれるから、スキルに時間制限のあるお前にはぴったりの魔法だ」


「ああ、そういう魔法があるんだ」

「ただし、それは我ら精霊所縁の存在であるエルフの魔法なので、人族には使いこなせるのかどうかもわからんのだがな」

「まずは、お試しですね~」

「ああ、ここのモンサラント・ダンジョンは人工のダンジョンなのだよ。

 元は、ただのモンサラント魔法金属鉱山に過ぎない。

 かつての勇者にダンジョンを構築できるほどの魔核を狩らせ、それを用いて掘り尽くした廃坑を、ここの遺跡ごとダンジョン化させたものよ」

「あ、まさか先輩があれを狩る命令を受けていたのは」

「そうだ、リクル。

『ダンジョンを今のダンジョンに重ねて構築しなければならない事態が起きた時に備えて』、国王があの落胤に捜させていたものよ。

 魔核よりダンジョンを生み出し、この聖山の力を擁する聖域の力も用いて、この邪神格納庫を守る力をキープできていたのだが」

「えー、何かこうダンジョンの様子が怪しくなってきたので、最悪はあれを用いて、その『ダンジョン重ね掛け』なる事を敢行すると」

「まあそうなるのだろうが、その際には今の聖教国そのものがダンジョン化してしまうかもしれんな。

 そうなったら、また監視と封印のために新たな聖教国を、これまた上書きするようにその周りに建国せねばならん」

「うっわ、それじゃお金がいくらあっても足りませんねえ」

「まあそれでも人類が再び滅びるよりはよかろう?
 そのために聖教国はダンジョンからの上がりにかけた税金の中から莫大な引当金を積み立てているし、各国もそのための拠出金を支払えるように、高額の引当金を積み立てている。
 その金は、今回のような単なる修復ごときには使えないがな」

「うわああー、人類滅亡の危機は当たり前のような前提条件であるその上に、この世界は成り立っているのか」

「そうだ。
 だが王も場合によっては他の場所に新ダンジョンを設けて、新たな財源とする考えも持っていよう」

「そいつはまた虫のいい事を考えているんだな」

「だがそれも無理からぬ話よ。
 出来たら、国王もお前にもう一匹管理魔物を狩ってきてほしいと思っておるのではないか?

 このセントマウンテン王国はバルバディア聖教国の所在地であり、いざとなったらこの国の財力だけでも聖教国を再建しないといかんからな。

 この王国の王は最悪の事態を想定している。
 世界景気の動向いかんによっては、それすらもありうる」

「う、そんな話まであるのか。
 王様稼業も大変だなあ」

「本日はそれもあっての特訓でな。
 前に遭遇した程度のダンジョン管理魔物であれば、今のお前ならば単独でさえ倒せよう。
 だがもっと強力な管理魔物とか、そいつらが群れで出て来た場合には困るじゃろうな」

「ラスターと管理魔物と、どっちが強いのかなあ」

「それは、どちらも倒してみせた自分の胸に訊いてみればよかろう」

 俺は、あっさりと結論を出した。

「管理魔物だな。
 アレはヤバイ。

 邪神絡みという立ち位置を考えれば、ラスターの多発の方が誰もが震えあがるほど恐ろしい事実だけれど、実際に戦った感触では比べ物にならないよ。

 ラスターはナタリーにもなんとか倒せたが、あの管理魔物をナタリーだけで倒すのは無理だろう」


「そうじゃ。
 まああの戦闘機械も古代の遺物なのだろうが、管理魔物はまた得体が知れぬ代物よ」

「俺が強くなった事と合わせても、管理魔物はあれが最低の強さで、ダンジョンコアの意思でもっと強い魔物も出してこれるはず。
 きっと普段はパワーを節約しているんだろう」

「賢明な判断だ。
 ダンジョンの管理魔物については、まだ強さも種類もよくわかっておらん。

 舐めてかかったら、お前といえども無事には済まぬはず。
 もしラビワン・ダンジョンに入る事があるのなら、最低でもクレジネスと一緒に潜るのだ」

「うへ、先輩と二人っきりでかあ。
 その時は、あの人が変な気を起こさないように祈っていますよ」

「さすがに王の勅命でもあれば、そうそう滅多な真似はせんだろう。
 あれは、一見するとただの狂人に見えるが、実際には賢い男だ」

「だといいんですけどねー」

 さすがにそれを鵜呑みにして、あの脳味噌の膿んでいる先輩を無条件で信じ切るのは無理だぜえ。

「さあ、精霊を呼ぶぞ」

 そして彼女は『コーリング』の呪文を唱えた。

「さあ来るがいい、我が契約し光の精霊よ。
 コーリング・ルミナス」

 そして、キラキラと輝く光の鱗粉のような、強烈な輝度を持った何かが現れた。

「はーい、呼んだかな。
 この世界のアイドル、スパークル・ルミナス様を!」

 なんだか、芝居小屋のヒロインみたいな感じの残念な奴が登場してきた。

 えらく芝居がかかった感じの衣装で、頭には派手な感じの大きな鍔付きの鮮やかな緑色の帽子に七色の羽根飾り、下半身は男性の役者が履くようなピッチリとしたズボンだった。

 本人の服装や喋り方も少し芝居がかかっているな。
 こ、これが精霊なのだと~⁉

「覚えたか、リクル」

「ええ、覚えたはずというか、この十分間で一度は使わないと覚える前に効果が消えてしまいますので、その精霊さんには一回退場していただかないといけないのですが」

 この精霊さん、なかなか性格が面倒くさそうだ。
 ちゃんと素直にやり直してくれるかしらね。

「そういう訳だからルミナスよ、頼んだ」

「えー、誰が面倒臭いんですって」

「あれ、精霊って人間の心の中が読めるのかあ」

「そうよー。
 セラシア、何よ、こいつ」

「はっはっは、そいつが今回の勇者だ」

「えー、これがあ?
 もしかして外れ勇者なんじゃないの」

「あ、人が一番気にしている事をよくも」

 俺は外れスキルの冒険者なのであって、勇者としては特に外れていないぞ。

 これは聖女様からの指名制なのだから。

「へへーんだ。
 契約もしていない人族風情が、このあたしを呼び出せるものなら呼びだしてごらんよ」

 そして光が弾けるように、消えゆく光の鱗粉の欠片を残して、そいつは消えていった。

「くそ、あの精霊め。
 小馬鹿にしたまま消えやがった~。
 ええい、見てろよー」

 俺は自分のスキルを唱えた。

「【忘却の恩恵】 コーリング・ルミナス」

「きゃああ、何故契約もしていないのに人間に呼び出されちゃうのー⁉」

 奴は呼びだしゲート? のような鏡面状になった光の粒子塊の縁にしがみついて、必死になって召喚魔法に抵抗している。

「ふっふっふ、それが俺の特別なスキルだからさあ」

「いやー!
 本音で言うと、勇者って性質が悪いのが多いから呼び出されたくないー」

「まあまあ、そう言わんと。
 よっ、世界のアイドル、スパークル・ルミナス様!
 素敵ー」

「く、なんですって。
 もお~、うーん、その名で呼ばれてしまっては仕方がないわねえ。

 じゃあさ、あんたに呼ばれたら来てあげてもいいんだけど、今度からあたしを呼びだす時は絶対にその名で呼ぶのよ」

 それから彼女はコロっと態度を変えて、あっさりとゲートを抜けてこちら側に出てきてくれた。

 そして俺の前で腰に手を当て、反対側の手で帽子の具合を直しながら気取ったポーズを取った。

「そいつは任せろ!
 この青き勇者リクルにな。
 今日から君は俺の最高の相棒だぜ」

 この俺も、自らの若さ故の過ちに関してならば全幅の信頼を置いているのだ。

 最近もそれでやらかしたばかりで、今日もダンジョンにお出かけ禁止にされて、ここにいるくらいなんだからな。

 さては、正規の契約者である聖女セラシア様は、その名では絶対に呼んでくれないのだな。

 なんかルミナスは、すげえドヤ顔で姐御の回りをクルクルと回って苦笑させているし。

 こうして勇者リクルは、見事に光の精霊召喚呪文『コーリング・世界のアイドル、スパークル・ルミナス様』を獲得した!
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