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第一章 外れスキル【レバレッジたったの1.0】

1-54 英雄姫セラシア

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「やあ、ベントン」

「ああ、これはセラシア様。
 お久しぶりでございます。

 いや相変わらずお美しい。
 幼い頃に拝見したあなた様の華やかに凱旋する御姿、今もこの老骨の胸に眩しく刻まれております」

「よせ、今日は若い者も連れているのだ。
 こいつが本気にするじゃないか」

「そうでございますか。
 いや君、この美しき英雄姫セラシアと冒険譚英雄譚を謳歌できるなんて本当に羨ましい」

 そうか、羨ましいのか。
 この暢気なおっさんに、今回の命ギリギリだった俺の修羅場を見せてやりたいわ。

 スキルが事前にバージョン7.0になっていなかったらどうなっていた事か。
 思い出しただけで、今でも冗談抜きで膝が震える。

「英雄姫、凱旋……セラシアの姐御、一体昔に何をやらかしましたので?」

「その呼び方はどっちもよせ。
 今は一介の冒険者セラシアだ。
 そういう事にしておけ」

 今は、か。
「そういう事にしておけ」ねえ。

 突っ込むのはよそう。
 きっと、この人に関わると『いつの時代でも』今日の俺達みたいになるのに決まっているのだ。

 この方の人生、いやエルフ生そのものが英雄譚なのだろう。
 今の俺は、さしずめ英雄姫の若き従僕あたりの立場だね。

「代官に取り次いでもらいたい。
 あの青二才、まだ元気しておるかな」

 悪戯っぽい眼で顔馴染みの門番に問いかける英雄姫。

「は、最近はリューマチが痛いとよく溢しておられますが」

「若いくせにだらしがない奴だ。
 では行こうか」

 だから姫、歳の話はブーメランでございますよ?
 ううむ、リューマチ持ちの青二才ねえ。

 そして豪奢な作りの屋敷の中へ通されて、代官の書斎というか仕事場というか、そういう場所へ案内された。

「バローダ」

 その落ち着いた、まるで世界を背負ったかのような声を、仕事に熱中していたその人物は受け止めて、突然体に衝撃が走ったかのように、件の人物は椅子から飛び上がった。

「おおっ、これは英雄姫セラシア様。
 これはなんと、いや昔と変わらずお美しい」

 そして、その頭も半ば白くなりかかり、小太りのおじさんといった感じで眼鏡をかけた、その代官と思われるおっさんは感激のあまり床に伏して泣き出した。

 そして、彼女の前に床を擦り寄って跪き、手を取りその甲に恭しく口づけをした。

「涙脆いのは変わっておらぬな。
 息災で嬉しいぞ、バローダ」

「ははあ、ありがたきお言葉。
 感涙の極みにございます」

 おっさん、両手でセラシアの手を握り締めて体を震わせながら大泣きし、本当に涙に溺れそうなほど泣いている。

 それを彼女はじっと眺めて、このような事を言い放った。

「本当に、ふと懐かしい顔を脳裏に思い浮かべて、機を見て会いに行こうと思うのに、ついつい時の流れにかまけていると、そいつが墓の下に入ってしまっている事が多くてな。

 ようやく会いに行くと、そやつの曾孫あたりが出迎えてくれたりするものだ」

「あのなあ……」
 このお方は本当にもう。

 おっさん良かったね、憧れの方を墓の下で迎えるのじゃなくて。
 そして、おっさんはようやく俺の存在に気がついた。

「おや、そちらのお若い方は」

「どうも英雄姫セラシアの従者Aことリクルです。
 よろしくお願いいたします」

「はは、この子は見所があるので、今一緒に旅をしているところだ」

「おお、それは。
 新しい若き英雄の誕生ですかな?」

「どうも。
 今日も姫の英雄譚のお供をして死にかかった間抜けな英雄です。

 一応、姫に切りかかった大うつけは俺が切り伏せておきましたが、俺って北のダンジョンまで生きて辿り着けるでしょうかねえ」

 それを聞いて、もう破顔して仕方がないおじさん。
 泣いた代官がもう笑った。

「そのお話、是非聞かせていただきたいものですなあ~」

 おっさん!
 そもそも俺達は、そのお話をするためにここへ来たんだからね。

 そして、その一連の話を聞いて、さすがに真剣な表情をする代官様。

「なるほど、あのA級追放者カミエが仲間を集めていたと。
 頭が痛いものですなあ。

 最近は北のダンジョンも物騒な話も多くて、嫌気した冒険者が他に流れるという事もあるそうで。

 王都からも注意を喚起する早馬の報せが来ておったところでして。

 中にはおかしな輩も混じっておる事でしょう。
 それがこの地域まで飛び火したという事も考えられますな」

 やはり、そういう話もあるらしい。
 こっちじゃ追放された者がいて、向こうじゃダンジョンもキナ臭い。

 中にはカミエの誘いに乗るような輩もいる訳か。
 街から追放された事を恨んでいる奴もいるだろうしな。

 俺はパーティから追放されただけで、まだ幸せだったのか。
 その追い出されたパーティすら今はもう跡形も残っていないのだが。
 なんて物騒なご時世なんだよ。

「ねえ、セラシアさん。
 ラビワンは規律が厳しくて、北の街は規律が緩いの?」

「ん? ああ、まあそうなるかなあ」

「君はあまり世情に詳しくないようだね。
 少し北のダンジョン都市バルバディア聖教国について話してあげよう。

 あの街へ行くなら知っておいた方がいいでしょう。
 ねえセラシア姫」

「うむ。あまり若者には聞かせたくないような話だったしな」

 あら、セラシア姫様ったら、わざと俺に内緒にしているのかしら。

「まあ、それでもあの街に行くのなら、知らずに行くというのは、その子にとってもよくないでしょう」

 おお、おっさん。
 憧れの人にもしっかりと意見しちゃうのね。
 しかも初対面の俺のような餓鬼なんかのために。

 俺のおっさんを見る目は、残念なおじさんを見る物から明らかに尊敬の眼差しへと変わっていった。
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