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第一章 外れスキル【レバレッジたったの1.0】

1-26 サイコロは回る

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 世の中に奇跡というものは様々な形で顕現するのではないかと思うのだが、それはある時は神の奇跡の如くにダイナミックに、世界そのものが感動しかねないほどのビッグスペクタクルである事が期待されるだろう。

 またある時には複雑極まる世界の事象、奇跡のピースを合わせて一枚の絵にするような、感動的な何かであるのかもしれない。

 しかし、本日俺とクレジネス先輩を『襲った』奇跡? は少々、奇跡と呼ぶには雑多で不可解な代物だった。

 どうやらサイコロはちゃんと回って仕事をしてくれていたようだった。

 最初に、いきなり俺の後ろから襲った爆発は、そこにいた誰しもが(二人しかいないけど)予想していなかったものだった。

「なんだ、こりゃあ~」

「その台詞を、これを引き起こしただろうお前の口が言うのか。
 これはおそらく魔物の糞だな。

 ダンジョンには壁の中に隠れて生きる小さな魔物がいてな。
 そいつの糞が堆積したものが、長い間に腐ってガスを貯めるのだ。

 そいつが、ついに今この時爆発したという訳だ」

「なんだよ、それはあ」

「よかった、お前という盾がいてくれて。
 お気に入りの服をあまり汚さずに済んだな」

「先輩、あんたという人は!
 ダンジョンでそんなチャラチャラした格好をしているからだよ。

 壁に耳あり、魔物の糞あり。
 だけど、何それ。

 何のためにそんな奴らがいるのさ。
 普通はそのような物はダンジョンに吸収されてしまうんじゃないの⁉」

「俺は知らぬ。
 すべてはダンジョンの思し召しという事なのだろう」

 そして俺達が爆糞、いや爆風の中で見事に飛ばされて着地するまでの間、先輩は俺の首に手をかけたままだったので、着地した瞬間に俺の首は再び締まっていた。

「ぐええ」
「次は?」

 段々と先輩もサイコロの結果に対して、沁み沁みと興味が湧いてきたようだった。

 次に、その糞煙? の中、例の俺を追ってきていた目を血走らせて中級冒険者共がなだれ込んできた。

 おお怖。
 どうやら、その辺にいた初心者から無料配布の毒虫除けや毒消しを巻き上げてきたらしい。

 うーむ。その手があったか。

 そして先頭で勢い込んでいた奴が、俺を見事に吊るしている先輩の超目立つ姿を認め、青ざめて叫んだ。

「うわあ、クレジネスだあ。
 なんてこった!
 あの外れルーキー野郎、よりにもよって狂気の踏破者とつるんでいやがったあ」

「げええ、そいつはマズイ。
 逃げろー」

「ひいい、殺されるー」

 あれだけ執拗に俺を追いかけてきていた連中は、俺には一切見向きもせずに全員、先を争って逃げ帰っていった。

 生憎な事に、つるんでいるのではなくて吊るされていたのだが、この俺の吊るし上げられている雄姿は奴らの目には入らなかったものらしい。

 いや、この先輩が奴らに向けた狂気の眼差しと、今の楽しみに対して放った嗤いを、たまたま目撃してパニック状態に陥り心の中に自分が作り出した幻影を認識したものらしい。

 即ち、俺がそこの狂人と一緒に仲良く連中を迎え撃とうとしているありえない幻を。

 先輩の狂気を孕んだ目の光の前では、俺も彼のお方の被害者に過ぎないかもしれないと言うような些事は無視されて、己の勝手な妄想に支配されてしまうもののようだった。

 この先輩ってば、なんて恐れられているんだ。
 いや確かに怖いのは確かなのだが。

 いくら怖くても、この状態のままではどうしようもない。
 俺は腹を括って、このハンギングを楽しむ事にした。

 まあ滅多に出来ない体験である事には間違いあるまい。
 
 まあ、もっかの俺の追跡者は皆逃げ出して、おそらく地上に逃げ帰ってしまったわけだ。

 いやあ、これはもうサイコロ・スキル万歳としか言えないね。

 と、建設的に考えておくとしよう。
 そうでもなければ、やってらんねえわ。

「あいつら、何がしたかったの……」

「さあな。それで?」

 この先輩、お代わりの要求が多過ぎ。

 まあ今のところ、俺への殺意は引っ込めてくれたようなので、奇跡のサイコロの恩恵には、なんとかあずかれているのだろう。

 そして、次に魔物達がやってきた。
 グレーウルフだ。

 しかも、この前のオーククラスに匹敵する大群だ。
 いや反対方向からオークの大群も来ている。

 こうなると、さすがに楽しむ余裕は消えたな。

 ダンジョン内の階層の狭間部分で、そこを挟む二階層からやってきた二種の魔物の大群に囲まれてしまうのだと。

 これじゃ、まるでダブル・コーリングじゃないか。

 ねえ、そこの先輩。
 俺も自由にしていただけるとありがたいのですが。

 駄目ですか、そうですか。
 まあそうですよね。
 俺って今の先輩のお楽しみの元ですものねー。

「ははは、これはまた嫌われたものだな。
 まあ踏破者の運命といえばそれまで」

「……先輩、一体何をしたら冒険者がこれだけダンジョンから恨まれるんですか」

 彼はもちろん俺の問いには答えてくれず、嬉々として魔物の殺戮を開始した。

 その間、当然のように俺は捕まったままなのですが。

 この人、片手でこれだけの魔物の群れを素手で倒しているし。

 というか、倒していると言うよりも、嬉々として粉々に粉砕しているというのが正しい。

 なんて強さなんだ。

 まあ踏破者なんだから、こんな上層の雑魚魔物なんかたいした事はないんだろうけど、それにしては楽しそうに返り血を浴びまくっていた。

 お蔭で俺は彼のエプロン代わりにされて全身が真っ赤かな有様ですわ。

 魔物に対する盾にすらされないという屈辱。
 まあそれは今の俺にとっては幸いというものなのだが。

 この状態で盾として使われたら、さすがに四倍のレバレッジがかかっていたとて死んでしまうわ。

 先輩は今のところ俺を殺すつもりはないようで何よりだ。

 彼は最初に服へ見事な浄化をかけると、それ以降は血塗れの拳以外に一滴も返り血を浴びていない。

 なんというか狂気というよりも狂喜という感じに彼は踊っていた。

 嬉しくない。

 冒険者が魔物の大群に囲まれながら自分で身を護る事が許されていないという、あまりにも狂ったこの状況がまったく嬉しくない。

 俺は正面から先輩に掴まれてしまっているので、魔物に向かって背中を向けっぱなしの状態で、身動きもままならないのだ。

 槍も背負ったままなのだし。
 お蔭でこのイカれた騒動の中でも、大事な槍を失くしていないわけなのだが。

 これを失くしてしまったら、一体何のためにここまで頑張ったのか、まったく意味がわからない。

「くくく、まさかこれだけではあるまい。
 さあ、もっともっと俺を楽しませろ」

 ああ、先輩ったらなんか違う方向にスイッチが入っちゃったよ。
 まあ俺の方に殺意が向いているんじゃないならいいか。

 そいつが、いつこっちに向くかわからないのが困りものなのだが。
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