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第一章 外れスキル【レバレッジたったの1.0】

1-2 スキル刻印

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 この世界にはスキルという物が存在する。
 あれこれと有用な能力を使える特別な力の事だ。

 それは魂に魔法の刻印を施す事により、その人間が秘める潜在的な力を引き出すものなのだ。

 通常に技能と呼ぶ物とはまた異なる、特待の力、スペシャルアビリティの事だ。

 基本的にそれは、協会と呼ばれる各職業で皆が互助会のように使っている組織で準備した『魂にスキルを刻むスキル刻印のスクロール』を使用する。

 それらは各職業の協会が、その協会員のために購入してくれるものだった。

 これは各国にある魔法アイテムの管理協会が発行してくれるもので、そこの最大の収入源になっている独占技術だ。

 こいつは魔法を用いて魂に、本人の心の底に蠢く願望・希望・欲望・渇望などを刻み込み、その圧倒的なまでに冀求ききゅうする心の叫びに応じて力を引き出すという代物で、一生に一度しか使えない。

 二度とやり直しはきかない一世一代の物なのだ。
 だからスキルの刻印の際には関係者以外の見物人も多い。

 それぞれの協会が一年の節目のような感じで一般にも公開しているのだ。

 それはビジネスの宣伝にもなっている大事な儀式でもあった。

 無論、犯罪傾向の強い、後ろ暗い商売の協会には、そのような何かをビジネスのためにアピールするような立派な習慣はない。

 スキルはそれぞれの職業に応じて刻まれるため、他の職業では元の仕事で授かったスキルも潰しが効かないので、今の職業に合わない物を授かってしまったとしても転職さえ危ぶまれる。

 本来、スキル獲得に失敗や過誤は許されないのだ。

 そういう訳で各職業の協会ではスキルを刻む前に、基本的に一年間の修業期間を設けているのが普通だ。

 これは別に強制ではなく、拒否してもいいのだが、大概は碌な結末にならない。

 修行を拒否して、挙句にスキルを外したなんていった日には、もうその業界は愚か、その街にもいられないのではないだろうか。

 その一年間の修業期間の結果、担当の先輩や上司などから適性が無いと判断された者には、その協会でスキルを授けないで、他の向いていそうな職業への転職を勧める仕組みなのだ。

 そしてまた、そこから一年間の厳しい修行のやり直しだ。
 それでもスキルを外すよりは遥かにマシな事態なのだ。

 二回三回と修業をやり直して、よいスキルを得て、その道で大成功する人間も中にはいる。

 要は修行とは親切なシステムなのであり、この修業期間を拒否した人間を俺はまだ見た事がない。

 冒険者パーティなどでは各パーティに新人は二名までという制約がある。
 力のある強いパーティに新人を独占させないためだ。

 そんな事を許したら、強いパーティが大勢囲った新人の中から、よいスキルを持った者だけを選び放題になってしまうからな。

 そのスキルを発現させた後での人員のコンバートは認められているが、それは特に新人に限らないものなので普通に認められている。

 それなのに俺は外しちまった。
 やっちまった。

 何故なんだ。

 協会の定めたプログラムにより新人最終レーティング1位になった人間がスキルを外すなんて、そんな馬鹿な事が、この世の中にあっていいものか。

 だが、俺はその『偉業』を成し遂げてしまったのだ。

 このラビワンの歴史に残るような世紀の笑い者だ。
 へたすると、この有り得ない失態は冒険者協会が作成する講習の教科書にすら載るぞ。

 俺は神のあまりにもの無慈悲さに、仰ぎ見た本日の青く澄み渡った空さえもが、この世の無情を表しているようにしか思えなかった。

 俺は身も心も、そして僅かしかない財布の中身さえも凍えさせることになったのだった。

 結論から言って、俺に転職は無理そうだった。

 春の就職シーズンも終了してしまっただろう。
 どこも今は人手など足りているのだ。

 そしてまた、そんな事は最初からわかっていた事なのだ。

 だからこそ極力不備がないように、協会も各種制度を整備してくれてあったのだから。

 だがこの俺が、既に冒険者でもない商人達さえも高笑いするような、この外れスキル持ちなのは街中に知れ渡ってしまっていた。

 まともに俺を受け入れてくれるような新しい職場が、この街にあるとは思えない。

 冒険者は特にあまり潰しが効かない職業なので。
 冒険者なんて、実入りの良さだけが特技なのだ。

 だから半端に冒険者を辞めると犯罪者落ちする奴が後を絶えない。

 この街を出ていく選択肢もあったのだが、この街は大変に実入りの良いダンジョンを持っており、せっかくのチャンスを棒に振る事になる。

 それでは、わざわざこの街で冒険者を志した意味がない。

 それに、ここから故郷へ帰ろうにも、そこにはもう俺の居場所は存在しない。

 俺は農民として一生を生きるか、外の世界で生きるかの二つの中から、自分の意思で人生を選択した。

 そのやり直しはもう出来ない。

 俺は自分の夢をかなえるために、親から約束されていた農家の後継ぎの座を自ら捨てて来たのだから。

 俺は親の反対を押し切って、村を出てこの街へやってきて、家は他の人間がもう継いだ。

 そう言う訳で地方の農村出身の俺にとって、この街を出るのは辛い選択なのだ。

 他の近隣の街は収入や税金などの条件で、ここよりも遥かに見劣りするため、俺はわざわざ人気の高い、ここラビワンへやってきたのだから。

 ダンジョン都市は国にとっても実入りが良いため、税金などは大変優遇されており、王国の目論見通りに多くの人間を引き付けていた。

 この外れ野郎の俺さえも。
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