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第一章 燃え尽きた先に

1-20 帝国裏話

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 馬車で大神殿に向かった俺とアントニウス。
 道中、俺はあれこれとアントニウスに話を強請っていた。

「なあ、アントニウス。
 本当に神殿で魔法なんて覚えられるものなのかあ」

「さあな。
 だが魔法は神聖なものとされ、神殿の管轄だ。
 実際、魔法を使う者は基本的に神官ばかりだからな。
 神殿で魔法を習って身に着けた人は神官の資格ももらえるのさ。

 中には強力で攻撃的な魔法を使う者もいるから、昔はそういう者が兵士として駆り出される事もあったそうだが、今はな」

「今はって?」

「我が帝国は、昔こそは拡張路線という事で、戦争で周りの国々をどんどん攻めて属州としていった時代もあったが、今はそういう時代じゃないのさ」

「じゃあ、どういう時代なのさ」
「お前は皇帝陛下にお会いしただろう。
 どんな方だと思った?」

「ああ、なんていうのかな。
 皇帝なんていうから、おっかなくて、すぐに怒り出すような人かと思っていたら凄く優しい感じで逆に驚いた」

「まあ、そういう事さ。
 もう帝国は大きくなりすぎたのさ。
 昔は反乱も多かったが、今は穏やかな統治に徹しているので、そういう話も減った。

 それはもう先代の皇帝陛下の頃からだよ。
 今代の皇帝陛下は戦争らしい戦争など一度もやっておらんのさ」

「平和路線って言う事?」

「まあ今、国が時期的にそうなっているという事さ。
 今の帝国は国中が繁栄している。
 だから属州となった国の民も大人しいのさ。

 地方が廃れて中央だけが潤うやり方にはしておらんからな。
 これが変に強欲なやり方をしておると、却って反乱ばかりで国が上手く収まらず、むしろ損になるのだ」

 反乱ねえ、まるでローマ帝国のようだな。
 という事は。

「帝国には、まだ領土拡張のための戦争をしたがっている人達もいるという事?」

「そういう事だ。
 そうしないと沈むような連中もいるのさ。
 そして今は逆に、周辺の国々が豊かな帝国の地を欲しているのだ。

 しかし、この間は驚いた。
 まさか、この帝都のど真ん中であのような騒ぎが起きるとはな。
 通常ならば有り得ない話よ」

「そんなもん、いきなり出くわした俺が一番びっくりしたわ」

 もうちょっとで死んじゃうところだったよ。
 ただでさえ、「死んだ~」とか思っていたところなのに。

 そうか、およそ帝国と呼ばれるような国はそうやって拡張するだけ拡張して、しまいに国家が維持できなくなると滅ぶのだ。

 それまでに散々周りに喧嘩を売っただろうし、新興の国家も現れてくるのだろう。

 今度は自分が攻められる番になるという訳だ。

 広げ過ぎた国土は防衛も辛いし、拡張路線を止めると経済は回らなくなる事も多いのだろう。

 何よりも永遠に続く栄華などはどこにも存在しないのだ。
 この国は今が頂点なのかもしれない。

 俺は異世界の人間ながら、この大帝国の興亡の、その最盛期の生き証人であるのかもしれない。

「まあ、そう言うな。
 しかし我ら諜報も抜かったわ。
 その手引きをしたのが、まさにそういう連中よ。

 さすがに国内貴族に何の前触れもなく秘密裏に動かれれば、このザマだ。
 あの狸どもめ」

「へえ、狸ねえ」
 いずこも政は一緒というわけですか。

「へたをすると、俺達の任務は外敵よりも、そっちの方の需要が多くてな」
「あららら、そいつはご愁傷様」
 
「そう言えばお前、歴戦の重装歩兵数十人相手に一人で戦って勝ったそうだな。
 あいつらは極度に体力などを上げた怪物揃いだぞ。
 一撃食らったら普通はもう立ち上がれん。

 普通なら一部隊でかかっても全員死んでいる。
 まだ少年のくせに落ち人って奴はマジでイカれているな」

「マジでそこまでの敵だったの⁉
 やらなきゃ俺が死んでたよ!

 でもあの子、エリーセル一人を殺したら、連中の有利なように事が進むという事?
 その辺が俺にはよくわからないのだけれど」

「ああ、あの姫様だけはちょっと特別でな。
 いわゆる依り代の巫女と呼ばれるお方なのだ」

「依り代の巫女?」

「ああ。だから、ああいう事態も起きるのだ。
 それにしても、あのへっぽこ貴族どもめ。
 腕もないくせに護衛の警備隊を邪魔者扱いで退けてしまいおって。

 平和に甘んじて色ボケしているから、ああいう事になるのだ。
 今あの姫様が亡くなられたら、またえらい事になるのだからな。
 まあ、とにかくお前はお手柄だったという事さ」

「ふうん」
 俺はあの皇女様に関する事情がまったく呑み込めないのだが、そこで話は終了だ。

 神殿とやらが見えてきたのだ。

 宮殿のある中心街でもなく、貴族街のように少し喧騒から離れた感じの落ち着いた住環境でもなく、そこは神殿があるためだけの場所といったところだった。

 そういう意味から言えば宮殿に近い佇まいなのだが、こちらは街外れの完全に『神殿のためだけのスペース』といった感じの特別な場所なのだ。

 少し盛ったような土地の上に荘厳な白亜の宮を、いかにも神々しい感じに建ててある。

 入り口にはすさまじく広くて立派な階段があった。
 街に使ってあるような安物の石材とは一味違うのが一目でわかる。

 俺の街は石工業が盛んだったんだ。

 あれだけ街中に石材がゴロゴロしていれば、子供にだって輸入品の安物と国産高級石材の違いくらいはわかる。

「うわー、神殿って金を持っているんだなあ」
 それを聞いてアントニウスがニヤリと感心したように笑った。

「ほう、わかるか」

「そりゃあもう、宗教関係でこんなに羽振りが良さそうなんだもの。
 あの神殿中にいっぱい金貨が唸っているでしょうに。
 いいなあ、ディクトリウス」

 これはマジで本音だった。
 だって俺、今絶賛無職なんだもの。
 目下の最大関心事は就職なんだから。

「ははは、兄上は高給取りだぞ。
 あれこれと役得もいっぱいだ。
 まあ兄上はあまり強欲ではない故、回ってきてしまう物は仕方がないので頂いておくか、くらいの感覚かな。

 あまり一人だけ真面目に清貧面をしていると、ああいうところでは逆に後ろから刺されかねんのでな」

「神殿、こえー!」

 まあ、あの人ってどう見たって極悪な神官には見えないからなあ。
 でも才覚があるから立ち回りは凄く上手そう。

 きっと将来は権力者の大司祭だ。
 出来れば、ああいう人に偉くなってほしいもんだ。

 彼も三男だから家は継げないし、神官なら実入りはいいもんな。

 アントニウスだって、国家諜報なんだから、そう悪いものじゃないだろう。
 ただ、あそこは運が悪いと部署的に割を食いそうな部分はあるよな。

 やがて、馬車は神殿の麓を目指して緩やかに右へカーブを描いていった。
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