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第一章 燃え尽きた先に

1-16 落ち人ストーリーテラー

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「落ち人⁉」
「まあ」

 あれ、言わない方がよかったのかな。
 玄関ではアントニウスが自分で言っていたからいいのかなと思っていたんだけど。

 アントニウスの両親は何か難しい顔になってしまった。
 せっかくの歓迎ムードを俺がぶち壊してしまったのだろうか⁉

「そうなのか、アントニウス」
「訳ありというのは?」

「そ、それはですね……」

 そして、アントニウスはエリーセル皇女が襲撃された事、それを落ち人の俺が撃退した事、彼がその監視を任されていた事などを話した。

「そうか」
 だが、ご当主様は立ち上がると俺のところまで来て、両手で俺の手を握ってくれた。

「いや少年よ。
 よくぞ、皇女様を守ってくれた。
 あのエリーセル様は少し特殊な方でな。
 こういう事もなんというか初めてではないのだ。
 そうか、エリーセル皇女殿下は御無事か」

 なんと、あの子も何か訳ありだったのか。
 今更だけど親近感が湧くね。

 そういや、キャセルもそんなような事を言っていたような気もするのだが。

 また詳しい話を聞くかな。
 あいつめ、報告書なんか、さっさと書けよな。

 あいつって見た目からして、いかにもデスクワークは苦手そうな現場タイプだし。

「時に少年よ。
 その異世界とやらはどのようなところなのだね」

「そうです、せっかくですからお話を聞きたいものです」
 思わぬところで向こうの世界の話を強請られてしまった。

 こういう事は、俺よりも年下のエリーセル皇女あたりに強請られそうな気がしていたのだが。
 そして、あの偉丈夫の皇帝あたりに。

「えーとですね、何からお話したものか。
 私はまだ若くて見識も浅いのです。

 それに、私の世界では情報社会と言われており、幼い者でも世界について大きく見識を広める事は可能だったのですが、私の場合はそれが叶わない環境にありまして」

「というと?」

「私の特殊な体質が、その情報を与えてくれる魔導具を全部破壊してしまうので。
 そしてその辺を歩いて回るだけでも社会の大迷惑になってしまいましたので。

 殆ど家で大人しくしていました。
 むしろ、この勝手のわからない異世界の方が自由に出歩けてしまえるという」

「家に軟禁でもされていたの?」
 夫人は年少の俺を少し気遣うように訊いてくれたのだが、俺は苦笑いで返した。

「いえ、私が体質のせいで、うっかりと人の物を壊してしまうと親が弁済しないといけなくなりますので、なんというか自主的に」

 通りすがりに歩きスマホしている奴なんかがいると、一瞬にして火を噴く事もあったし。

 やっぱり歩きスマホは危険なので法律で完全禁止にするべきだった。

 あれってポケットや鞄の中に入れてあるだけでも何故か、かなり違うのだが。

 あと俺の体にぎりぎりで通り過ぎるような迷惑な自動車が、いきなりガクンっと止まる事なんかもあったな。

 ああいう時はわざと「静電気出ろ」と念じたものだが。
 そしてちょこんと指先で触ってやると案外と簡単にエンジンが止まる。

 あれも不思議なものだ。
 自動車って雷が落ちても大地にアースされるので車に乗っている中の人は大丈夫のはずなのだ。

 どうも、俺は元々特殊なスキルに近い能力があったのかもしれない。

 油断すると親元に賠償請求しか呼び込まない傍迷惑な能力だったけれど。

「それでもいいから聞きたいですわ」

「そうだとも。
 落ち人など、物語にしか出てこないような存在ではないか。
 その落ち人本人のお話など滅多に訊けるようなものではない」

「じゃあ、私の知っている範囲の出来事を。
 まずはそうですね、世界は丸いのを知っていましたか。
 それはあくまで私のいた世界の話で、この世界がそうだとは限らないのですが」

「そうなのかね⁉」

「世界は丸い球のような惑星という星の上に存在しています。
 高いところから見ると、地平線を微妙に丸く感じますが、あれは気のせいではありません」

「そうなのかね。あまり高い山に登った事がなくてね。
 この帝都周辺は平坦な地形が多いのだよ。
 他でもそういう場所へはあまり行った事がないね」

「世界はずっと真っ直ぐに海も山も川も構わずにそのまま真っ直ぐに進むと、いつかは元の最初にいた場所へと帰るのです。
 ただし、この世界もやはり球体の上ならばという条件付きなのですが」

「ほお」
 そういう話は、この世界ではあまり研究されないのだろうか。

 まあ新鮮な話ではあったようで、夫妻はかなり夢中な様子で話しに耳を傾けていた。

「そして世界は一年を通して太陽に向かって傾きを変えるのです。
 そうすると季節が夏になったり冬になったりします。

 赤道という世界の真ん中あたりの地域は少々傾いたって、そう変わらないのですが、その代わりに年中暑いのです。
 ここにはっきりとした季節はあるのですか」

「むろん、あるよ。ここはそう夏も冬も厳しくはないが、北の方面は極端に寒いし、南の方面は逆に極端に暑いの。
 このブラストニア帝国という国は非常に広大なのじゃ」

「そいつは凄いですね」
 地球でも、ロシアと赤道国家がすべて同じ版図だとかいったら凄いだろうな~。

 そんな帝国なんて、さすがに地球には一つもなかった。
 きっと人種も様々な人達がいるのだろう。

 北方に住む真っ白なスラブ民族や太平洋の赤銅色のような人達に、南の方にいるのは黒人、他に俺のような黄色の肌の人間も。

 もっとも、俺は引き籠りなので、かなり色白なのだが。
 元々、割と色は白かったんだけどね。

 ここで見かけるのは、いわゆる白人っぽい感じの人達なのだが、きっと緯度がそれなりに高いのだろう。
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