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第一章 燃え尽きた先に

1-8 新しい生活

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「とりあえず言葉は通じるし、住む家はあって当座のお金はあるか。
 これからどうしたもんだろうな。
 とにもかくも、この世界について知りたいもんだ。
 このままじゃ動くにも動けない」

 キャセルは、また明日来ると言っていた。

 俺は部屋に置いてくれてあった紙に、同じく置いてあったペンでちょっと字を書いてみた。

 はたして、この世界の文字で書ける物なのかと。
「本日は晴天なり、と」

 何故か、ちゃんとこちらの文字で書けている。

 次はわざと日本語で書いてみた。
 これはこれで、ちゃんと書けたな。

 書く方はなんだかよくわからないものだ。
 書く時に込めた自分の意思が反映されるようだった。

 こうやって書いた日本語は、もちろん日本語として読めるし。
 ローマ字も試してみたが、やはり書けた。

「お金を落としてもいかんな。
 日本円にして一千万円も持ったままなのは、さすがにきつい。
 この世界に銀行みたいなシステムはないものだろうか。
 ここは少なくとも日本よりは治安がよくないのではないかと思うのだが」

 とりあえず、二つに分けて持つ事にした。
 何か首から下げられる袋が欲しいな。

 この世界にもスリはいそうだし。
 海外旅行みたいに腹巻も有効かもしれない。

 とりあえず、財布と今日の昼御飯でも買いに行くか。
 あの騒ぎのせいで朝飯は食いそこなってしまったし。

 日本での最後の夕飯はカレーライスか。
 この世界では絶対に食えないだろうなあ。
 お替りしておいてよかった!

 残りのカレーも楽しみにしていたのになあ。
 母さんは今頃どうしているのだろうか。

 やっぱり俺の事はもう死んだと思っているんだろうな。

 向こうでは話題の人体発火消失事件としてニュースになっているかもしれない。

 明日くらいが俺の死体抜きの葬式なんだろうか。
 お通夜は今晩かな。
 テレビ局も来ていたりして。

 俺は部屋を出て鍵をかけた。

 首からいろいろな物を提げた状態だ。
 翻訳の魔道具に鍵にお金の入った袋と。

「服も買った方がいいのかなあ。
この格好は浮くと言うか、なんというか逆にこの王宮だと貧乏くさい気がする。

 この王宮って、外と自由に出入りできるのだろうか。
 仕事や買い物に行くにも街へ出ないといけないよな」

 それから人並みに乗って、五十メートルほど歩いていくと食堂のようなところがあった。

 この『裏通り』にあるので、おそらくは使用人のような人向けのところなんだろう。

 即ち、安くて美味いという事かな。
 お腹が減っているので入ってみた。

 気さくそうな感じのおばちゃんが声をかけてくれる。
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね」

「今日来たばっかりだよ。
 俺はホムラ。
 近くに住んでいるのでよろしく」

「そうかい。
 あたしはマリーだよ。
 ここは出る時にお勘定してもらえばいいよ。
 定食なら決まった料金で食べられる。

 今日のお勧めは鳥の蒸し煮と季節の野菜炒め、それに白パンと人気の果実モールの果実水のセットで銅貨五枚だ。
 どうだい」

「それにするよ、ありがとう」

「先に果実水をどうぞ。
 これはお替りできる」
「へえ、サービスいいんだね」

「ここは皇帝陛下から補助をいただいているのさ」
「そいつは凄い」

「じゃあ、ちょっと待っておくれ」

 五百円相当にしてはなかなか良さ気な感じだな。
 出してくれた果実水は美味しかった。

 爽やかな飲み味に微かな酸味、しかし仄かに甘い余韻が残る。
 そこそこに冷たいし。

 そういや、今の季節とか暦はどうなっているのだろうか。

 向こうと同じくらいの寒さを感じるのだが、場所というか緯度や気候は違うだろうからな。

 それに重力も同じくらいのようだから、地球と同じような世界なのか、あるいはパラレルワールドないし、違う時代の地球なのかもしれない。

 それを知ったところで、俺にはどうする事もできないのだが。
 夜空の星はどうなのだろう。
 天体にはそう詳しくない。

 店内は混んできたし、料理をテイクアウトしていく人もいるようだ。
 きっと仕事場に持って帰るのだろう。

 ここは元々、この宮殿で働く人のための食堂なのだから。
 俺も今度それを試すとしよう。

 さすがに定食だけあって、料理はあっという間に来た。
 ここの使用人向けに大量にまとめて作っているのだろう。

 鳥がいい匂いを放って空腹の胃を刺激する。
 俺はさっそく、地球の物と同じ形のフォークを使って突き刺した。

 口に入れると思わず目を瞠った。
 美味い。

 噛み締めると豊かな肉の味がジュワっと染み出した。

 最初に焼いて旨味を閉じ込め、さらに蒸しながら煮汁を染み込ませてある。

 でも、鳥の味自体がもう凄いんだなあ。

 しかし、これが鳥料理だとすると、俺が日本で食っていた鶏は一体何だったのか。

 そういや、ここは物凄い大宮殿なのだった。
 使用人にはそれなりの物が出されるのだ。

 となると皇帝様は一体どのような御馳走を食べていらっしゃるものか。

 まあ俺なんかはこれで十分だけどね。
 パンもちぎって食べたが、やはり美味い。

 柔らかくて、小麦の良い香りがする。
 多分作りたてなのだ。

 これで五百円相当だって?
 ええい、パラダイスか、ここは。

 だが国の末端では食うや食わずやの人もいるのだろうなあ。
 よかった、俺はそんなところに出なくって。

 初めて食べる異世界野菜の野菜炒めも美味かった。
 結構量があったので十分に満腹になった。

 果実水は二杯お替りしてしまった。
 野菜炒めもあったし、油っこい料理には爽やかなこれが最高だ。

 食べ終わったので、もう早めに店を出る事にした。
 そろそろ席が空くのを待っている人もいるようだし。

 お勘定はこれしかないので金貨を出したが、嫌がられずに問題なくお釣りをくれた。

 見ると、大きな銀貨が九枚に小さな銀貨が九枚に大きな銅貨が五枚あった。

 面倒臭いだろうに文句など言わずに対応してくれたおばちゃんは笑顔で見送ってくれた。

「またおいで」

 多分、この宮殿のようなところでは、こういう人も珍しくはないのだろう。

 それにしても金貨は凄いな。
 一枚でこの飯が二百回食べられるのか。

 だが、ここ以外ではそうはいくまい。
 早いところ仕事を見つけないといけないな。
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