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第二章 探索者フェンリル
2-42 上層目指して
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「ふう、ダンジョンは久しぶりだな。で、どうするんだい、旦那」
そう言って飄々と咥え煙草で悠然とユグドラシルを見上げているアレン。
まったく、太々しい野郎だ。これから、この勇壮なダンジョンの拡張空間無制限スペースのデスマッチ階層にある上層に登ろうというのに緊張の欠片もみえない。
もしこいつを本気で敵に回していたら、今日の日はなかったのに違いない。
俺は友達の亡骸の前で血の涙を流し、王都に暴れ込み、第一王妃・第二王妃の関係者を根こそぎぶち殺し、魂は闇に落ちただろう。そう思うと、この可愛げの欠片もない眷属の青年に対し、妙に感慨深い。
「何だよ、そんな生暖かいような目で見やがって。気持ち悪いな、大将」
「いや、別に。久しぶりにお前をこき使ってやれるかと思うと楽しくてな」
「へっ、言ってろ。どうせ、俺はあんたの眷属なんだから。まあ、神の子相手に敵として対峙していたんだから生きているだけでも奇跡ってものさ」
「そうボヤくなよ。これも美味い鳥を食うためなんだからな」
「あんったって、本当に食い物に拘るよな。まあ元は人間なんだから、わからないでもないんだが。まあ狼が肉に拘るのは間違っちゃあいないわけなのだが」
「舐めるなよ、アレン。日本人はお前らと違って魚食いなんだからな」
「ああ、いつも召喚してくれる居酒屋メニューとやらを見ていればわかるよ。ありゃあまた、たいした食文化だ。なんで、あそこまで拘るかね」
「やかましい。お前だって、いつも肉も魚も食いまくっているじゃあないか」
「当然だ。人生は楽しまないとな。こんな人生、いつ終わるのかもしれん。今を楽しまないとな」
「安心せい。だから体が半分に千切れようが、体中の皮を全部毟られようがバラバラにされようが、そう簡単には死ねない体になっているから。な」
「だから、それが嫌だっつうんだあー」
そのような、いつもの眷属相手のコントを楽しんだ俺は、塔の中へと進んでいった。頭の定位置にはロイとフィアだ。
本日の主役はロイだ。今日のアレンの仕事は彼の護衛と、おつかいなどの雑事だった。もし、先にテンプテーション魔石を持ち帰ってもらわないといけなくなっても、こいつに行かせればいいし。
もう面倒なので、こいつも冒険者ギルドで冒険者登録を行って、こいつを主に設定した従魔証も発行してきたのだ。
本来、こいつのような怪しい職業の人間は冒険者登録ができないのだが、融通が利かないので有名なマルーク兄弟の長兄であるのに加えて、とびきり美味い肉を手に入れるためのアイテム探しというので、あっさりとピンキーが許可を出してくれた。
「ああ、狼。ついでにテンプテーションの魔石をいくつか余分に取ってきてくれ。ほら、これが依頼書だ」
「おい、束で寄越すな、束で。俺は冒険者の仕事をしに行くわけじゃないんだぞ」
「そんな奴が、あのユグドラシルの上層に行くっていうこと自体が既にイレギュラーなんだが」
「というか、俺は従魔の立場なんだから、何故俺に依頼書を渡すのだ。アレン、お前が受けとけ」
「へいへい」
ちなみにギルマスの権限で、アレンは上級冒険者として登録した。特に反対する物はいないようだ。
ギルマス権限で決定されたのに加えて、高名なマルーク兄弟の実力からすれば当然の扱いだからだ。そもそも俺の眷属にケチなどつけられない。それに『ギルマスの肉』にケチなどつけようものなら。
というわけなのだが、俺はまたしても一階フロアに立ち並ぶお店の羅列の前に、見えない足枷に囚われていた。う、動けない。なんというトラップか。これって迷宮内のトラップよりも強力なのではないだろうか(俺限定)。
「大将」
「わ、わかっているのだが」
その様子をしばらく見ていたアレンだったが、諦めたようにどこかへ消えた。そして、しばらく夢中になっている俺の傍にいつのまにか戻ってきて、何かをカチャンと嵌めた。
「うおう、こいつは鎖じゃないか」
「もう、あんたがそれだからいつまでたっても上に行けねえだろうが。さっさと来い、この駄狼」
そう言いながら無情に鎖をぐいぐいと引くアレン。
「うおおお、貴様。俺が鎖アレルギーだと知っての上の狼藉か」
「当り前だ。この前会ったあの子達から聞いているんだからな。もし、お前がこの塔で土産物屋トラップに引っかかったら遠慮なく鎖で引けと」
おのれ、ミル達め。余計な真似をしおって。だがこのままでは済まさないぞ、アレン。
俺はいかにも無理やり引っ張られていますよ、みたいな演技に終始し、仰向けのまま哀れっぽくキュウンキュウンと鳴きながら背中を地面に擦り、そのまま引き摺られる名演で、衆人監視の中、この有名観光地の露店大広場を哀愁の演技で飾った。
「ば、やめろよ、このクソ狼。あまりにも体裁が悪すぎるだろうが」
だは、周り中の人達がヒソヒソと非難を込めた目をアレンに向けて小声でやりだした。この大迷宮で、従魔を粗末に扱う奴は冒険者の風上にもおけない奴なのさ。
「わかった、わかった。旦那、もうしょうがねえなあ、あと五分だけだぜ」
「ワオーン」
勝った。だが、その五分がつい五十分になってしまって、またアレンが鎖を持ち出してきたので、仕方がなく俺は二階へ並ぶ例のポータルへと進んだ。
俺、これも大好きなんだよね。見えない壁に二本足で張り付いた俺の揺れる尻尾を見ながら吐くアレンの溜息が、ポータルという名のエレベーター内を虚しく彩った。
やっと冒険っていう感じになってきたな。今までは何というか、巻き込まれるというか必然の流れの中での騒動だった。
今回は自らの目的のために挑戦するのだ。心が浮き立つのは止められないし、それが尻尾に現れるのは犬族の性だからな。
そう言って飄々と咥え煙草で悠然とユグドラシルを見上げているアレン。
まったく、太々しい野郎だ。これから、この勇壮なダンジョンの拡張空間無制限スペースのデスマッチ階層にある上層に登ろうというのに緊張の欠片もみえない。
もしこいつを本気で敵に回していたら、今日の日はなかったのに違いない。
俺は友達の亡骸の前で血の涙を流し、王都に暴れ込み、第一王妃・第二王妃の関係者を根こそぎぶち殺し、魂は闇に落ちただろう。そう思うと、この可愛げの欠片もない眷属の青年に対し、妙に感慨深い。
「何だよ、そんな生暖かいような目で見やがって。気持ち悪いな、大将」
「いや、別に。久しぶりにお前をこき使ってやれるかと思うと楽しくてな」
「へっ、言ってろ。どうせ、俺はあんたの眷属なんだから。まあ、神の子相手に敵として対峙していたんだから生きているだけでも奇跡ってものさ」
「そうボヤくなよ。これも美味い鳥を食うためなんだからな」
「あんったって、本当に食い物に拘るよな。まあ元は人間なんだから、わからないでもないんだが。まあ狼が肉に拘るのは間違っちゃあいないわけなのだが」
「舐めるなよ、アレン。日本人はお前らと違って魚食いなんだからな」
「ああ、いつも召喚してくれる居酒屋メニューとやらを見ていればわかるよ。ありゃあまた、たいした食文化だ。なんで、あそこまで拘るかね」
「やかましい。お前だって、いつも肉も魚も食いまくっているじゃあないか」
「当然だ。人生は楽しまないとな。こんな人生、いつ終わるのかもしれん。今を楽しまないとな」
「安心せい。だから体が半分に千切れようが、体中の皮を全部毟られようがバラバラにされようが、そう簡単には死ねない体になっているから。な」
「だから、それが嫌だっつうんだあー」
そのような、いつもの眷属相手のコントを楽しんだ俺は、塔の中へと進んでいった。頭の定位置にはロイとフィアだ。
本日の主役はロイだ。今日のアレンの仕事は彼の護衛と、おつかいなどの雑事だった。もし、先にテンプテーション魔石を持ち帰ってもらわないといけなくなっても、こいつに行かせればいいし。
もう面倒なので、こいつも冒険者ギルドで冒険者登録を行って、こいつを主に設定した従魔証も発行してきたのだ。
本来、こいつのような怪しい職業の人間は冒険者登録ができないのだが、融通が利かないので有名なマルーク兄弟の長兄であるのに加えて、とびきり美味い肉を手に入れるためのアイテム探しというので、あっさりとピンキーが許可を出してくれた。
「ああ、狼。ついでにテンプテーションの魔石をいくつか余分に取ってきてくれ。ほら、これが依頼書だ」
「おい、束で寄越すな、束で。俺は冒険者の仕事をしに行くわけじゃないんだぞ」
「そんな奴が、あのユグドラシルの上層に行くっていうこと自体が既にイレギュラーなんだが」
「というか、俺は従魔の立場なんだから、何故俺に依頼書を渡すのだ。アレン、お前が受けとけ」
「へいへい」
ちなみにギルマスの権限で、アレンは上級冒険者として登録した。特に反対する物はいないようだ。
ギルマス権限で決定されたのに加えて、高名なマルーク兄弟の実力からすれば当然の扱いだからだ。そもそも俺の眷属にケチなどつけられない。それに『ギルマスの肉』にケチなどつけようものなら。
というわけなのだが、俺はまたしても一階フロアに立ち並ぶお店の羅列の前に、見えない足枷に囚われていた。う、動けない。なんというトラップか。これって迷宮内のトラップよりも強力なのではないだろうか(俺限定)。
「大将」
「わ、わかっているのだが」
その様子をしばらく見ていたアレンだったが、諦めたようにどこかへ消えた。そして、しばらく夢中になっている俺の傍にいつのまにか戻ってきて、何かをカチャンと嵌めた。
「うおう、こいつは鎖じゃないか」
「もう、あんたがそれだからいつまでたっても上に行けねえだろうが。さっさと来い、この駄狼」
そう言いながら無情に鎖をぐいぐいと引くアレン。
「うおおお、貴様。俺が鎖アレルギーだと知っての上の狼藉か」
「当り前だ。この前会ったあの子達から聞いているんだからな。もし、お前がこの塔で土産物屋トラップに引っかかったら遠慮なく鎖で引けと」
おのれ、ミル達め。余計な真似をしおって。だがこのままでは済まさないぞ、アレン。
俺はいかにも無理やり引っ張られていますよ、みたいな演技に終始し、仰向けのまま哀れっぽくキュウンキュウンと鳴きながら背中を地面に擦り、そのまま引き摺られる名演で、衆人監視の中、この有名観光地の露店大広場を哀愁の演技で飾った。
「ば、やめろよ、このクソ狼。あまりにも体裁が悪すぎるだろうが」
だは、周り中の人達がヒソヒソと非難を込めた目をアレンに向けて小声でやりだした。この大迷宮で、従魔を粗末に扱う奴は冒険者の風上にもおけない奴なのさ。
「わかった、わかった。旦那、もうしょうがねえなあ、あと五分だけだぜ」
「ワオーン」
勝った。だが、その五分がつい五十分になってしまって、またアレンが鎖を持ち出してきたので、仕方がなく俺は二階へ並ぶ例のポータルへと進んだ。
俺、これも大好きなんだよね。見えない壁に二本足で張り付いた俺の揺れる尻尾を見ながら吐くアレンの溜息が、ポータルという名のエレベーター内を虚しく彩った。
やっと冒険っていう感じになってきたな。今までは何というか、巻き込まれるというか必然の流れの中での騒動だった。
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