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第一章 荒神転生

1-41 帰還の儀式

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 長い旅だったな。この俺だけなら、あの辺境からでも猛然と疾走し、半日もあれば余裕で着いてしまう距離なのだが。

 敵襲を受けながら幼女姫を守りながらの旅はきつかったな。途中でかなり仲間を増やしたりもしたのだが。

 飛竜隊が誘導してくれたのは、なんと王宮の全面に広がる庭だった。美しい庭園だが、そこは広々とした広場となっており、美しい王宮を眺められる場所だ。

 この世界はそう人の国同士で争う事がないのか、あるいはここが中央だからか。あの五千もの軍勢もいたのだから、何もないという事ではあるまい。

 人の歴史は戦争の歴史だからな。ここまでに城や砦のような戦闘陣地は見かけた事がないのだが、地域によってはあるのかもしれない。あったら、また機会を見て見物に行きたいものだ。

 王宮のテラスに国王らしき人物が見える。割と普段使いできそうな重量は軽いとみえる小さめの王冠を頭に乗せて、赤と金を基調とした派手目の服装をして黒地に裏地が赤のマントを羽織っていて、威厳がありそうなオーラを出している。

 まだ四十歳前のイケメンだ。お腹もまったく出ていないな。たいしたものだ。晩餐会とか、しょっちゅうのはずなのだが。

 ああ、この方に東京の街を歩かせたい。道行く人がきっと大注目だろう。外人の観光客が軒並みスマホ撮影を始めるのに決まっている。

 秋葉原なんかどうだろうか。秋葉原にメイド喫茶ってまだあるのかね。きっとメイドの彼女達は思わず言うのだ。「お兄ちゃん、お帰りなさい」ではなくて、「お帰りなさいませ、国王陛下」と片膝ついて。

 その右隣で苦虫を噛み潰したような顔で、こちらを睨んでいるオバハンがきっと第一王妃ジルだな。いちいち説明してもらわんでも丸わかりでわかるわ。意地糞悪そうな顔してはるし。

 そして、国王の反対側にいる「あらあらあらあら」とでも言った方がいいような顔で、少し楽しそうな顔をしてルナ王女を出迎えてくれているのが第二王妃ハンナだろう。

 割と人が良さそうな雰囲気の顔だが、油断はならない。かなりの精神的な強さ、したたかさを秘めたタイプだ。

 案外と第一王妃の方がそういった面は脆いはずだ。大国出身でかなり甘やかされて育ったのではないだろうか。

 この第二王妃は、さほどルナ王女に対して意趣に思っていないというか「まあまあまあ、よくもまあ無事に生きて帰ってこれましたね。まだ小さいのに、たいしたもんねー。お姉さん、褒めてさしあげるわ。ルナちゃん、は・な・ま・る!」とでも言いたそうな感じだ。

 もっとも、第一王妃がルナ王女を消してくれるなら別に構わないといった程度の認識なのだろう。

 もう大勢は決しているのだ。もしも、第一王妃が何かの原因でコケようものなら、自分が漁夫の利くらいに思ってはいるはずだが。

 わかる。誰だって王妃となったからには、自分の子を跡継ぎにしたいものだ。昔の日本の大奥も女の戦いが凄かったらしいし。本心から言えば、なるべく関わり合いたくないのだがね。そういうわけにもいかんようだが。

 件の第三王妃アルカンタラは、まだ若くて美しい。まだ二十歳そこそこなのではないか。まあ、長女がまだ五歳なのだからな。

 少しおどおどした様子で、さらっと第二王妃側の外側に並んでいるのが、ちょっとだけ笑いを誘う。まあ無理もないさ、誰だって反対側に行くのは願い下げだからなあ。

 政略結婚で嫁いできた大国の姫たちとは違い、彼女は国王に見初められただけの国内貴族。伯爵は地位こそ低すぎはしないものの、王女と並べれば、もう比ぶべくもない。

 本来ならば『側室』としてあるのがいいくらいなのを、おそらく国王が強硬に第三王妃に据えたのだろう。

 だが、その愛情は却って王妃と、その子供達を苦しめる結果となった。そして今、神の子だのなんだのを引き連れてルナ王女が帰還したのだ。

 俺はルナ姫を乗せて、ぴょんっといった感じに軽々と重力など存在しないかのようにテラスに乗り込んだ。

 そして、のそのそと歩き、驚かせないように笑顔でいっぱいのルナ王女を乗せたままで、彼らの前に近寄って行った。

 第一王妃は間近で俺の姿を見せつけられ、思わず三歩くらい後ずさった。どうやら彼女は犬嫌いだったようだ。こんなに可愛いのになあ(よく言うよ)。

 しかし、第二王妃は思わず俺の頭に手を伸ばそうとして慌てて自制した。こっちは犬好きだったようだ。

 俺は伏せの姿勢を取り、ルナ姫を降ろすと、いつものように可愛さアピールをしながら、キラキラした瞳で第二王妃様に向かって、男だてらに秋波を送った。

 あ、うずうずしていらっしゃるようだ。いや何、なるべく敵は減らしておこうと思ってな。結構犬好きそうなので、相手の弱みにはつけこむぜ。

 第三王妃様は自分の娘を乗せてきた大きな犬に面食らってしまったようだ。どこの世界でも母親と言う生きものは、子供が犬猫を拾って帰ってくると必ず拒否反応を示すよな。

 だが、悪いんだが問答無用で居候させていただくぜ。何、ご飯やトイレはセルフサービスでやれますので、ご安心を。

「自分で世話できないなら飼っちゃいけません」などという常套文句は絶対に言わせない。

 その妃達の様子を面白そうに眺め、巨大な狼を前にしてもビクとも揺るがない国王様。近くで見ると凄くいい体してやがるな。だてに奥さんが三人もいるわけではないのだと?

 いやいや。そして精悍というか、不敵と言うか、そのような顔立ちに腰には『大剣』を下げていらっしゃる。普通、王様がそんな物を日頃からぶらさげていないよね。

 普通は、せいぜい宝剣でしょうに。しかも、武骨な長年使いこみましたという風情の奴だった。冒険者かよ。この方、絶対にバリスタやマルーク兄弟のお仲間みたいな人物だ。

 色男で威厳があるから騙されそうだけど、油断すると、「おいそこの狼よ、ちょっと俺と立ち会え」とか唐突に言い出しかねない。

 第一王妃よりも、こっちの奴の方が問題児なのでは? 側室にしておけば波風も経たなかったものを、強引に惚れた女を王妃にしちまう性格だし。

 まあ、変な王様よりは好感が持てるがねえ。仕事もできそうなタイプだ。ちゃんと王妃にも大国の姫を揃えて、王としての責務も果たしているし。

 だからこそ、周囲も第三王妃を容認しないといけなかった事情もあるのだろう。ちゃんとガス抜きさせないと爆発する王様もいるのだ。

 こいつ、性格からして気をつけないとそうなるタイプなのかもしれない。そういう事をよく見ている宰相のような人間がいるのかもしれないな。

 そして、普通の幼女様ならば、まず母親に突っ込んでいくところだが、ルナ姫はきちんと父親のところへ真っ先に挨拶をしにいった。ドラゴンの上でお着替えしてきたので、ちゃんとドレス姿だ。

「お父様。ただいま戻りました。これがバルテス王国からの親書でございます」
 あはっ。俺はその親書の約束を反故にさせるために、ここにやってきたのだがね。

「そうか、よく勤めを果たした。ルナよ、もっと近くに寄って顔を見せておくれ」」
 そして、周囲が「あっ」という顔をするのも構わずにルナ姫を抱き上げた。

 そこにあったのは、幼いながらも困難な旅を終え、無事に帰還した愛娘に対する愛情にあふれる父親の姿だった。そしてルナ姫も彼を抱きしめ返した。

 それを見て、爆発しそうなほど、わなわなと震えて爪が手の平に食い込みそうなほど拳を握り締めている第一王妃がいた。

 そして国王が、まるで第一王妃に当てつけるかのように、こう言ったのだ。
「ルナよ、よくぞ、よくぞ、『無事』に帰ってきた!」

 そう言って涙まで流していたのだ。『無事』という部分のアクセントがまた。誰にも誤解のないような言い方だ。まるで第一夫人を言外に攻めるかの如くに。

 それを見て堪りかねた第一王妃が足を踏み出そうとした瞬間。俺は瞬歩瞬動といった趣で彼女の全面に立ち、彼女の手を「ポムっ」という感じに、可愛らしい雰囲気で肉球タッチしてみせた。

 強すぎる事もなく、また足りない事もなく。まさに神の子の妙技である。

「な、な、な、な、なあー」
 おや、この私めの『もふもふ肉球タッチ』がお気に召さなかったとでも?

「ケダモノが触ったあ~~~!」
 あ、あら。ケダモノ全般駄目だったのね。それは失礼した。

 俺の眷属や、グリー、その他はまだドラゴンの背中にいたので、それを面白そうな顔で見ている。サリーだけは片膝ついていたが、やはり半分笑みで貌を象っていた。

「まあまあ、奥さん。そう騒がんと」
「い、犬っころが喋りましたわ!」

 ちょっとパニック気味の第一王妃様、だが俺は構わずに続けた。
「ああ、犬っころではなくて狼ですよ。一応はフェンリルですけどね。まあ、ここは一つ私に免じて。ね!」

 それを見ていて大笑いした国王陛下。
「フェンリルとな。これはまた愉快なお友達を連れて帰ってきたものだな、ルナよ。父にも紹介しておくれでないか」

「神ロキの息子でフェンリルのスサノオです。お父様っ! もふもふで可愛いの、もふもふで可愛いの、もふもふでとっても可愛いの~」

 王宮のテラスで、幼女姫様の主張する持論が辺り一面に鳴り響いたのだった。まあ、これもいいかな。
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