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第一章 荒神転生

1-36 宿屋にて

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 例によって宿の品定めに行ったグレン。だが何故か、なかなか帰ってこない。馬車と共に通りで待たされてしまって首を捻る俺達。

「あれ、あいつ帰ってこねえんだけど、どこかで買い食いでもしているのか」
「馬鹿な、あんたじゃあるまいし。おかしい、今までこんな事はなかったのだが」

「兄貴、俺が見てこようか」
 俺はウォーレンを制止して、いつもの魔力レーダーを使用した。

「ああ、ちょっと待て。今確認する」
 俺は魔力探査でグレンの居場所を確認した。

 最近、特に人間の独特の魔力紋というか、指紋のように識別できる事に気がついた。指紋は見たってよくわからないのだが、魔力紋は一旦登録というか記憶すれば、一発でわかる。

 大体、そもそも眷属の気配というものは、離れていてもはっきりとわかるものなのだから。ここのところ、道中ずっと魔力紋認識の訓練をしていたので、うちのメンバーはすぐにわかる。

 特にルナ姫様が迷子になった時に困るから習得してみたスキルなのだ。

 うちの姪っ子なんかはキッズ携帯を持たされているので呼び出しベルつきで、はぐれてしまった時も大変便利だったのだが、この世界では使えないので不便な事この上ない。

 いくら携帯端末本体を召喚できても、動かすシステムがなければどうにもならない。トランシーバーなら使えるから、今度召喚してみるか。

 移動する時に馬車の屋根に太陽電池でもつけておけば、バッテリーの充電くらいできるだろう。

「うーん、どこか一か所に留まっているようだが、なんか出かけていった場所と反対側にいるみたいなのだが。どうなっているんだ?」

 だが、グレンが乗騎しているリックが戻って来た。相変わらずグレンの奴は動いていないようだった。やけに慌ててやがるな。

『大変だー。グレンの奴が捕まっちまった~』
『なんだと、一体誰にだ』

『多分、ここの太守の兵にだ。ここまで来るのに見た奴や、門のところにいた兵隊と同じ格好をしてたからなあ』

『グレンが何かしたのか』

『いや別に何も。普通に宿で受付に声をかけようとしたら、まるで待ち構えていたかのように、わらわらと出てきたあいつらに囲まれちまって。

 こういう時は無実でも、やたらと抵抗するとマズイから、そのまま大人しく連れていかれちまったんですわ。あっしは放っておかれましたんで、どこへ行ったか後だけつけて帰ってきたんですが』

『やれやれ。そういう事か。だがあいつなら最悪、壁をぶち壊してでも出てこられるだろう』

『ああ、なんか魔道具をつけられていましたんで無理じゃないですか』

 俺は天を仰いで、仔細を説明してやったらアレンもバリスタも渋い顔だ。
「そりゃあ、間違いなく連中の仕業だな」

「こいつはまた面倒くせえ事になった。そこいらの出来合いの魔封じ魔道具なんかグレンの奴には通じねえが、俺達は冒険者でもないから特に後ろ盾もない。

 おまけに今までの仕事だって全部クリーンな奴ばかりじゃあないから、難癖付けようと思えばいくらでもつけられる。あいつら、日頃はいいように使っておきながら、ちょっと目障りになった途端にこれか」

 困るなあ。何が困るって、夕飯の時間が遅くなるじゃないか。結構、グリーどもが煩いんだよな。

 無理もないわ、みんな今日も一日頑張って移動したんだからよ。みんな、でかぶつは腹を空かせているのである。一番腹を空かせているのが俺なのだから。世の中で、腹ペコ狼ほど危険なものは他にいません事よ。

「しょうがない、俺が迎えに行くか。いや、バラけない方がいいな。こいつは俺をルナ姫から引き離そうという計画かもしれん。皆で行こう」
 とりあえず、馬車で進んでいたがロイが知らせてくれる。

『スサノオ様、あそこでずっと我々を監視している人間が何人かいます』

 教えてくれた場所を見ると、いかにも胡散臭いような顔立ちの人間が、さりげない感じでこちらを伺っていた。パッと見にはわからないのだが、こうして知らせてもらうとすぐにわかる。

「はーん、ああいう雰囲気は間違いなく『刑事』みたいな奴だな。日本でも人相のいい刑事なんて見た事が無いぜ」

 どうしたものかな。そういうプロを物陰に連れ込んでゲロを吐かせるのもまた楽しいのだが。こっちゃあ神の息子なんだから、やろうと思えば何でもやりたい放題よ。

 ところでフィアが呼ぶと言っていた応援はどうなったのかな。力押すのも、また楽し。そういや、あいつの顔を見ないな。いても、俺の毛皮の中で寝ている事が多いし。精霊なんて、あんなものらしい。

 とりあえずは放っておいて、向かった先は街の警備兵の詰所だった。案の定、入り口で止められて、追い返そうとしやがったので、俺は前足でルナ姫様を掲げて言ってやった。

「おい、この雑兵ども。控えい、控えおろう。この幼女様が目に入らないか。恐れ多くも、この国の第五王女ルナ様だぞ。平民のくせに頭がたけえ!」

 だが、奴らは表向きは盛大に、せせら笑った。

「は! 今この国で、その王女を敬う奴なんていねえよ(本当に困ったものだ)」
「逆になあ、その王女に敬意を表したりしたら、どうなる事か(……あそこで監視されているんだからな。おいたわしや、ルナ王女様)」

 ぷふっ。小声とはいえ、こいつら本音が駄々洩れじゃねえかよ。俺の耳には丸聞こえなんだぜ。俺はルナ姫をサリーに預けると、こう叫んだ。

「ようし、じゃあ、この神ロキの息子フェンリル様が大暴れしてやるぜ。主神すら恐れる最強の巨人族の力を思い知るがいいわ。俺にはその権利がある。

 一応教えておいてやるが、お前らがさっき引き立てた男は、この神の子フェンリルの眷属なのだからな。お前らみたいな人間風情が絶対に手を出してはならん者だったのだあ」

 そして輝くロキの紋章。こればかりは人の子にも神の一族と一目でわかる物なのだから。
「ええっ」
「そんな!」

 俺は問答無用とばかりに二本足で立ち上がると、右前足を天に突き出し叫んだ。巨人族ならではの必殺技なのだ。

「フェーンリーールっ!」
 元々全裸なので、バリバリバリと服を引き裂くような事もなく、俺は『巨大化』した。

 首輪は締まらないように、同じ比率で巨大化する魔道具だ。全長二倍くらいになった勘定か。

 もっと大きくもなれるが、ここでは却って動きづらい。ざっと身長八メートルくらいのものか。

 まあ大きさ自体はそうたいした事はないのだが、一種の巨人化なので迫力がある。そしてまた一種の『人化』した状態なのだが。

『なのだが』

 実はあまり使いたくないスキルなのだ。狼系の電光石火のフットワークがない上に、こういかにも頭悪そうというか、脳筋というか、見た目があまりにも邪悪というか。

「ぎゃああー、化け物だー」
「か、怪物だあ、神よ我を助けたまえ」
 いや、俺がその神の子なのだが。

 そう、これ凄まじい怪物にしか見えないのだ。街中に現れようものなら通報の嵐だ。冒険者ギルドにて緊急クエストが発注して、冒険者達に招集がかかる。それほどの物だった。

 全身が真っ黒な毛で覆われて、またそれが綺麗な毛並みじゃなくて、もう完全にワーウルフ系だね。まあ狼人間なのは間違っちゃあいない訳なのだが。

 そして二本足で立つ、厳つく醜悪なヒューマノイドスタイルの怪物。なんというか、顔は仁王さんというか、狛犬というかシーサーというか。こう、なんというか神域なんかを守るのに相応しい顔立ちだよね。

 特に北欧神話の、おどろおどろしい雰囲気には意外とベストフィットなデザインと言えなくもない。

 一度、父のいる場所で試しにやってみて鏡に映して、思わずがっくりと膝をついて四つん這いになってしまい絶望に支配された俺は、以後完全に封印しておいたものなのだった。

 二度と使うまいと思っていた技能なのだが、ここは使って『相手に嫌がらせをする』シーンだろう。

 あ、なんかブーメランが返ってきた気がする。神の子なのに、巨人族の固有スキルを使っただけで、どんな怪物も顔負けの邪悪なフォルムを実現できちゃって、それが相手への嫌がらせになってしまうとは。

 元々があまり初印象のよくない真っ黒狼なのだし、この格好で初対面させられた奴って一生ロキの一族に対してトラウマを抱くんじゃないだろうか。

 まあ仕方がない。俺の眷属を拉致した馬鹿がいるので、そこはきっちりと恐怖してもらおうじゃないか。
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