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それから卒業までの日々は、忙しくも充実していた。
私は大学受験に合格していたので、進路に憂うことなく高校最後の日を過ごした。
体育館での卒業式を終え、教室で担任の最後の挨拶を聞き、卒業証書を受け取って、晴れて卒業。
帰りは友人たちと打ち上げパーティをすることになっていたので、私は父の車にカバンと卒業証書を投げ込むと集合場所の喫茶店へと急いだ。
高校最後のから騒ぎ。
カロリーも値段も気にせず注文をして(アルコールに手をださなかったのは、大したものだったと思う)、お調子者の友人が冗談まじりの挨拶をして、乾杯。
誰もが思い思いに喋ったり、笑ったり、歌ったりしている。
気分が高揚していたせいだろう。
私も慣れないカラオケに挑戦して、名音痴というありがたくない称号を手に入れたりした。
時間を忘れるほど盛り上がったせいで、喫茶店を出たときはすでに七時が近かった。
私は帰る方向が同じ友人といつもより一時間以上遅い電車に乗り込んだ。
ドア近くのシートに腰をおろし、打ち上げパーティの延長線上のような他愛のない話をする。
一駅。二駅。三駅。
駅に着くたびに、人が入れ替わっていく。
私は横目でその光景を眺めながら、この電車に乗るのも最後かもしれないとボンヤリ考えている。
四駅。ここで友人が降りた。手を振ってまたねと言ったけれど、次に会うのはいつだろう。
五駅。六駅。
そして、ようやく私の降りる七つ目の駅に着いた。
シートから立ち上がり、いつものようにカバンを持とうとして、父の車に放り込んだことを思い出す。
プラットホームに降りて、何だか手持ちぶさたな気持ちで電車を振り返る。
私が降りたそのドアの前に。
詩織が立っていた。
最後に会ったのはいつだろう。
あのとき変わらない、品の良い輪郭。
私は詩織の顔を見つめたまま、動くことができない。
声はだせるようになったはずなのに、まるで失声症が再発したかのように言葉がでない。
自分が何をしたのか、わかっている。
声がだせるようになったら、七駅フレンドはきっとおしまい。
詩織の言う通りになった。
声を知らない彼女だからこそ、声がだせるようになった私がどうなるのかわかっていたのだろう。
七駅フレンドはずっと続く。
そう言った私は、どうしようもない嘘つきで、手ひどい裏切り者だった。
でも、謝るわけにはいかなかった。きっと詩織は、私を許してしまうから。
だから。
怒りをぶつけてほしかった。
恨み言のひとつでもいいから、聞きたかった。
侮蔑でもいいから。
軽蔑でもいいから。
私にふさわしい言葉をぶつけてほしい。
彼女はでも…… 優しく笑っていた。
私の裏切りを責めるような雰囲気などまるでなく、むしろ久しぶりに会えたことを喜んでいるようにさえ見えた。
そして、ドアが閉まる寸前。
彼女は静かに手を動かした。
右手の人差し指で私を指し、その指と左手の人差し指を軽くあわせる。
それから、胸のあたりで両手をひらき、手の甲をこちらにむけて交互に上下させて、
最後に両手を上に向け、指をしぼませるようにしながら下におろした。
あなたに
であえて
うれしかった
ドアが閉まり、電車がゆっくりと走り始めた。
私は、
ただ、
ただ、
プラットフォームに立ちつくしていた。
それから卒業までの日々は、忙しくも充実していた。
私は大学受験に合格していたので、進路に憂うことなく高校最後の日を過ごした。
体育館での卒業式を終え、教室で担任の最後の挨拶を聞き、卒業証書を受け取って、晴れて卒業。
帰りは友人たちと打ち上げパーティをすることになっていたので、私は父の車にカバンと卒業証書を投げ込むと集合場所の喫茶店へと急いだ。
高校最後のから騒ぎ。
カロリーも値段も気にせず注文をして(アルコールに手をださなかったのは、大したものだったと思う)、お調子者の友人が冗談まじりの挨拶をして、乾杯。
誰もが思い思いに喋ったり、笑ったり、歌ったりしている。
気分が高揚していたせいだろう。
私も慣れないカラオケに挑戦して、名音痴というありがたくない称号を手に入れたりした。
時間を忘れるほど盛り上がったせいで、喫茶店を出たときはすでに七時が近かった。
私は帰る方向が同じ友人といつもより一時間以上遅い電車に乗り込んだ。
ドア近くのシートに腰をおろし、打ち上げパーティの延長線上のような他愛のない話をする。
一駅。二駅。三駅。
駅に着くたびに、人が入れ替わっていく。
私は横目でその光景を眺めながら、この電車に乗るのも最後かもしれないとボンヤリ考えている。
四駅。ここで友人が降りた。手を振ってまたねと言ったけれど、次に会うのはいつだろう。
五駅。六駅。
そして、ようやく私の降りる七つ目の駅に着いた。
シートから立ち上がり、いつものようにカバンを持とうとして、父の車に放り込んだことを思い出す。
プラットホームに降りて、何だか手持ちぶさたな気持ちで電車を振り返る。
私が降りたそのドアの前に。
詩織が立っていた。
最後に会ったのはいつだろう。
あのとき変わらない、品の良い輪郭。
私は詩織の顔を見つめたまま、動くことができない。
声はだせるようになったはずなのに、まるで失声症が再発したかのように言葉がでない。
自分が何をしたのか、わかっている。
声がだせるようになったら、七駅フレンドはきっとおしまい。
詩織の言う通りになった。
声を知らない彼女だからこそ、声がだせるようになった私がどうなるのかわかっていたのだろう。
七駅フレンドはずっと続く。
そう言った私は、どうしようもない嘘つきで、手ひどい裏切り者だった。
でも、謝るわけにはいかなかった。きっと詩織は、私を許してしまうから。
だから。
怒りをぶつけてほしかった。
恨み言のひとつでもいいから、聞きたかった。
侮蔑でもいいから。
軽蔑でもいいから。
私にふさわしい言葉をぶつけてほしい。
彼女はでも…… 優しく笑っていた。
私の裏切りを責めるような雰囲気などまるでなく、むしろ久しぶりに会えたことを喜んでいるようにさえ見えた。
そして、ドアが閉まる寸前。
彼女は静かに手を動かした。
右手の人差し指で私を指し、その指と左手の人差し指を軽くあわせる。
それから、胸のあたりで両手をひらき、手の甲をこちらにむけて交互に上下させて、
最後に両手を上に向け、指をしぼませるようにしながら下におろした。
あなたに
であえて
うれしかった
ドアが閉まり、電車がゆっくりと走り始めた。
私は、
ただ、
ただ、
プラットフォームに立ちつくしていた。
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