七駅フレンド

ツチフル

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 抱えている悩みは隠さず話すように言われたものの、そう簡単に話せるわけもなく(そもそも簡単に話せたら悩みやストレスにならないだろう)、始めはカウンセラーの質問に対して首をかしげたり、曖昧なことを書いてごまかしたりしていた。
 聞き手が親や友人だったら、煮え切らない私に苛立って強引に聞き出そうとするか(そして、ますます話せなくなる)、匙を投げて放りだすかのどちらかになっていただろう。
 だけど、私を担当した椎橋さんは辛抱強く待ってくれた。
 そして、四度目のカウンセリングで、ようやくこの話を打ち明けることができたのである。
 部活での先輩たちの嫌がらせ。周りからの孤立。
 それらが失声症になった全ての原因とは断言できないけれど、大部分をしめる要因であることは間違いなかった。
 まずはそれを解決しましょうと椎橋さんは言い、それから、よく話してくれたねと控えめな笑顔を浮かべた。
 私が選んだ解決方法はとてもシンプルだった。
 退部届けを提出すること。
 こうすれば先輩たちの嫌がらせもなくなり、部内の孤立からも解消される。
 始めは引き留めようとした顧問も、私のおかれている状況(退部を決めたことで打ち明けることができた)を知ると、厄介ごとから逃げるように退部を認めてくれた。
 
 声を失ってから、一ヶ月と数日。
 私の抱える問題は、こうして解決した。


                       △


 部活をやめて一ヶ月も過ぎると、私はすっかり八時五分発の電車に乗ることが習慣になっていた。
 この時間だと少し早めに学校へ着いてしまうけれど、車内の混雑がなく、余裕をもってシートに座ることができる。一本あとの電車に乗って(こちらは始業時間に丁度いい)イス取りゲームや、つり革争奪戦を繰り広げるよりも、はるかに快適な通学時間を過ごせるのだ。
 今日もまた、いつものようにドア近くのシートに腰かけて、お気に入りの本を読むつもりで電車に乗り込んだ。
 ところが、どういうわけか妙に人が多い。
 つり革の数には余裕があるものの、シートはすでに満席だった。
 乗客の大半は紅白帽にリュックサックを背負った子供たちで、甲高い声がそこかしかに響いている。
 それで、どうやら今日は小学生の遠足日らしいと察した。
 引率の先生と思われる女性は、車内を歩き回りながら静かにしなさいと生徒たちに声をかけている。
 シートは子供たちがほとんど占領していたけれど、お年寄りにはちゃんと譲っていたことには感心させられた。
 どこへ行くの質問するお婆さんに、元気な声で平根山と答える子供たち。
  私はつり革につかまって、騒がしくも楽しげな会話を聞いていた。
 一駅、二駅と過ぎ、三駅めで座っていたお年寄りが電車を降りた。
 ぽっかりとあいた一人分の空間。立っているお年寄りの姿もなく、子供たちが座る様子もない。
 私はすかさず席を確保しようとして――
 まったく同じ行動をとろうとしていた女性と目があった。
 シートに向かって足を一歩踏み出したところで、お互い固まっている。
 相手は私と同じくらいの年齢。私服姿だけど、たぶん高校生だろう。制服のない高校もいくつかある。
 見つめ合うこと、数秒。
 私たちは同時に、片手をシートの方へ差し出した。
 どうぞ。というジェスチャー。
 どうぞ。
 いえ、どうぞ。
 いえいえ、どうぞ。
 お互い手を動かして無言で席を譲りあうという、奇妙な光景。
 そんな異様な状況のなか、二人の手の間をすりぬけてシートに腰かけたのは、ドアが閉まる寸前で乗り込んできたおばさんだった。
 いかにもおばさんな雰囲気を漂わせたおばさんは、うまい具合に席が空いていたわと言わんばかりの満足顔。
 私たちは腰をおろしてくつろぐ彼女をポカンと見つめ、その表情のままお互いを見た。
 そして。
 同時に笑いだした。
 私は口元に手をあてて。
 彼女は右肩に顔をうずめて。
 声をだすことなく、笑う。
 おばさん風のおばさんは無言で身体を震わせる私たちを見上げて、気味悪そうに眉をひそめた。


 
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