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文英高校テニス部は三年が引退をし新体制となった。部長に太雅、副部長に幸生が選ばれた。
年内の一通りの試合は全て消化し、大きな大会は個人的に出る大会のみとなっていた。
太雅は相変わらずシングルスメインで、ジュニアの大会と一般の大会に積極的にエントリーしていた。幸生もまた、ダブルスの大会に太雅とともにエントリーするようにしていた。おかげで幸生のダブルスランキングが一気に上がり、現在5位までになっていた。
鉄郎は結局、テニス部に戻ってきた。恋人になった山下に「テニスをしている鉄郎くんを好きになったから、テニスを続けてほしい」そう言われたのだと言っていた。
なんて理由だと、と太雅は呆れたが、幸生はその鉄郎の気持ちは分かる気がした。自分だって鉄郎とダブルスが組みたい一心でテニスをしていた時期があった。
「テニスをする理由なんて人それぞれ、でしょ? 太雅?」
過去、太雅に言われた台詞を言うと、太雅はムッとしたように、顔をしかめている。
「ま、そーだな」
「これで、また幸生とのダブルス復活できるかな?」
そう言うと太雅は、ギロリと鉄郎を睨んだ。空気の読めたない所のある鉄郎は、太雅の視線など気にする様子もない。
「今のそのレベルじゃ、無理に決まってんだろ⁈」
「分かってるって! だから、今は毎日部活も行ってるし、それにスクールにも暫く通う事にしたんだよ」
鉄郎がそう言うと、
「鉄郎とのダブルス、楽しみにしてるよ」
幸生は鉄郎の肩をポンと叩いた。
あれから幸生と太雅は所謂お付き合いを始めた。
鉄郎の五年の想いは、殆ど断ち切る事ができている。本音を言えば、鉄郎と山下の姿を見るとまだ、胸がほんの少し痛む時はあるが、それはきっと報われなかった想いの行き場が、胸の痛みとなっているのかもしれない、そう幸生は思った。
太雅は優しかった。ぶっきらぼうで愛想こそなかったが、それでも自分を大切にしてくれたし、太雅が自分を想う気持ちがひしひしと伝わってくる。確実に愛されているという安心感と心地よさ。太雅の隣にいる事の幸せを知ってしまった。
太雅は無理強いする事はなく、キス以上の関係を迫ろうとはしなかった。
(本当はまた太雅に抱いてもらいたい)
幸生はそう思ってはいたが、自らそんな事を言うには恥ずかしく、躊躇われた。
太雅と鉄郎を教室に残し、幸生はトイレに向かった。用を足すと、女子生徒が一人、大きな資料を抱えているのが目に入った。
「手伝うよ、山下」
抱えた荷物の隙間から、彼女は幸生に目を向けた。
「あっ、幸生くん、ありがとう……」
山下はホッとしたように、歯に噛んだ笑みを幸生に向けている。
「地理?」
地図らしき物を受け取ると、
「そうなのー、田辺先生、女子にも容赦なく大荷物持たせるんだもん」
少し頬を膨らませた山下は、幼い少女のようで可愛らしく見えた。
マイペースで少しだらしのない所がある鉄郎に、しっかり者の山下はとても合っていると幸生は思う。
山下の姿を見ても、心が殆ど痛む事はなくなったのは、太雅の存在がそれほどまでに幸生の中で大きくなっている証拠と言えた。あれだけの鉄郎への想いは、太雅といればいるほど薄れてゆき、変わりに太雅への想いが膨れていくのを感じた。
「ねえ、山下」
幸生は山下に声をかけると、山下は改まった幸生の声にきょとんとした表情を浮かべている。
「鉄郎を……幸せにしてあげてね」
山下は幸生の言葉にきょとんとした顔のまま、更に口をポカンと開けていたが、次の瞬間ニッコリと笑みを浮かべ、
「うん! 幸せにするよ!」
そう通る声で言った。
五年間の鉄郎の片思いは終わったのだと、この瞬間改めて実感した。
(もう、大丈夫だよ。太雅)
心から鉄郎に幸せになってほしい、そう思うと自然と言葉が出ていた。
「なんか、いいね」
山下が前を向いたままそう言った。
「何が?」
「幸せにしてあげて、って。普通は宜しく頼む、とかじゃない? そんな言葉ってなかなか出ないと思うな。鉄郎はいい友達持ったね」
「鉄郎は大事な友達だから」
今は本当にそう思える。少し前の自分なら、その言葉は誤魔化すための言い訳になっていたはずだ。
「俺は鉄郎と五年間ずっと一緒だったから、山下は鉄郎といれば幸せになるの、俺分かるよ。あいつは優しくて凄くいい奴だから……」
そう言うと、山下の目からポロリと涙が溢れた。
「山下……?」
「幸生くんみたいないい友達持って、鉄郎は幸せだな、って思ったら、私も嬉しくなっちゃった」
そんな風に鉄郎の為に泣いてくれる山下。自分ではない誰かが鉄郎の隣にいる事に嫌悪感を抱いた事もあったが、それが山下で良かったと心底思えた。
「ありがとう」
山下のクラスに着くと、幸生は荷物を手渡した。
「幸生くんも幸せになってね」
不意に太雅の顔が浮かび、
「今でも充分幸せにしてもらってる」
そう口から出ていた。
「あー、もしかして幸生くんにもいい人いるの?」
山下は幸生の言葉に明らかに目を輝かせた。
「内緒」
「今度教えてね」
幸生はそれに答える事なく、誤魔化すように薄っすらと笑みを溢した。
心がスッキリとした気持ちだった。自分はもう鉄郎ではなく太雅が好きなのだ。今までは、まだその気持ちに確信できないでいた。
太雅がキス以上は求めてはこなかったのは、幸生のまだ曖昧な気持ちに気付いていたのがしれない。自分の気持ちにキッチリと区切りがつき、太雅をちゃんと好きなのだと実感し、幸生はある決断をした。
年内の一通りの試合は全て消化し、大きな大会は個人的に出る大会のみとなっていた。
太雅は相変わらずシングルスメインで、ジュニアの大会と一般の大会に積極的にエントリーしていた。幸生もまた、ダブルスの大会に太雅とともにエントリーするようにしていた。おかげで幸生のダブルスランキングが一気に上がり、現在5位までになっていた。
鉄郎は結局、テニス部に戻ってきた。恋人になった山下に「テニスをしている鉄郎くんを好きになったから、テニスを続けてほしい」そう言われたのだと言っていた。
なんて理由だと、と太雅は呆れたが、幸生はその鉄郎の気持ちは分かる気がした。自分だって鉄郎とダブルスが組みたい一心でテニスをしていた時期があった。
「テニスをする理由なんて人それぞれ、でしょ? 太雅?」
過去、太雅に言われた台詞を言うと、太雅はムッとしたように、顔をしかめている。
「ま、そーだな」
「これで、また幸生とのダブルス復活できるかな?」
そう言うと太雅は、ギロリと鉄郎を睨んだ。空気の読めたない所のある鉄郎は、太雅の視線など気にする様子もない。
「今のそのレベルじゃ、無理に決まってんだろ⁈」
「分かってるって! だから、今は毎日部活も行ってるし、それにスクールにも暫く通う事にしたんだよ」
鉄郎がそう言うと、
「鉄郎とのダブルス、楽しみにしてるよ」
幸生は鉄郎の肩をポンと叩いた。
あれから幸生と太雅は所謂お付き合いを始めた。
鉄郎の五年の想いは、殆ど断ち切る事ができている。本音を言えば、鉄郎と山下の姿を見るとまだ、胸がほんの少し痛む時はあるが、それはきっと報われなかった想いの行き場が、胸の痛みとなっているのかもしれない、そう幸生は思った。
太雅は優しかった。ぶっきらぼうで愛想こそなかったが、それでも自分を大切にしてくれたし、太雅が自分を想う気持ちがひしひしと伝わってくる。確実に愛されているという安心感と心地よさ。太雅の隣にいる事の幸せを知ってしまった。
太雅は無理強いする事はなく、キス以上の関係を迫ろうとはしなかった。
(本当はまた太雅に抱いてもらいたい)
幸生はそう思ってはいたが、自らそんな事を言うには恥ずかしく、躊躇われた。
太雅と鉄郎を教室に残し、幸生はトイレに向かった。用を足すと、女子生徒が一人、大きな資料を抱えているのが目に入った。
「手伝うよ、山下」
抱えた荷物の隙間から、彼女は幸生に目を向けた。
「あっ、幸生くん、ありがとう……」
山下はホッとしたように、歯に噛んだ笑みを幸生に向けている。
「地理?」
地図らしき物を受け取ると、
「そうなのー、田辺先生、女子にも容赦なく大荷物持たせるんだもん」
少し頬を膨らませた山下は、幼い少女のようで可愛らしく見えた。
マイペースで少しだらしのない所がある鉄郎に、しっかり者の山下はとても合っていると幸生は思う。
山下の姿を見ても、心が殆ど痛む事はなくなったのは、太雅の存在がそれほどまでに幸生の中で大きくなっている証拠と言えた。あれだけの鉄郎への想いは、太雅といればいるほど薄れてゆき、変わりに太雅への想いが膨れていくのを感じた。
「ねえ、山下」
幸生は山下に声をかけると、山下は改まった幸生の声にきょとんとした表情を浮かべている。
「鉄郎を……幸せにしてあげてね」
山下は幸生の言葉にきょとんとした顔のまま、更に口をポカンと開けていたが、次の瞬間ニッコリと笑みを浮かべ、
「うん! 幸せにするよ!」
そう通る声で言った。
五年間の鉄郎の片思いは終わったのだと、この瞬間改めて実感した。
(もう、大丈夫だよ。太雅)
心から鉄郎に幸せになってほしい、そう思うと自然と言葉が出ていた。
「なんか、いいね」
山下が前を向いたままそう言った。
「何が?」
「幸せにしてあげて、って。普通は宜しく頼む、とかじゃない? そんな言葉ってなかなか出ないと思うな。鉄郎はいい友達持ったね」
「鉄郎は大事な友達だから」
今は本当にそう思える。少し前の自分なら、その言葉は誤魔化すための言い訳になっていたはずだ。
「俺は鉄郎と五年間ずっと一緒だったから、山下は鉄郎といれば幸せになるの、俺分かるよ。あいつは優しくて凄くいい奴だから……」
そう言うと、山下の目からポロリと涙が溢れた。
「山下……?」
「幸生くんみたいないい友達持って、鉄郎は幸せだな、って思ったら、私も嬉しくなっちゃった」
そんな風に鉄郎の為に泣いてくれる山下。自分ではない誰かが鉄郎の隣にいる事に嫌悪感を抱いた事もあったが、それが山下で良かったと心底思えた。
「ありがとう」
山下のクラスに着くと、幸生は荷物を手渡した。
「幸生くんも幸せになってね」
不意に太雅の顔が浮かび、
「今でも充分幸せにしてもらってる」
そう口から出ていた。
「あー、もしかして幸生くんにもいい人いるの?」
山下は幸生の言葉に明らかに目を輝かせた。
「内緒」
「今度教えてね」
幸生はそれに答える事なく、誤魔化すように薄っすらと笑みを溢した。
心がスッキリとした気持ちだった。自分はもう鉄郎ではなく太雅が好きなのだ。今までは、まだその気持ちに確信できないでいた。
太雅がキス以上は求めてはこなかったのは、幸生のまだ曖昧な気持ちに気付いていたのがしれない。自分の気持ちにキッチリと区切りがつき、太雅をちゃんと好きなのだと実感し、幸生はある決断をした。
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