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「今日は部活ない日だろ? 久し振りに一緒に帰らないか?」
放課後、珍しく鉄郎に声をかけられた。
「あ、うん」
無意識に太雅の席に目を向けると、太雅は表情を変える事なく、じっとこちらを見つめていた。
教室を出ると鉄郎と並んで歩く。こうして鉄郎と肩を並べて歩くのはいつ振りだろうか。少し前までは当たり前の光景だったはずなのに、会話をする事すら緊張して上手く言葉が出ない。
鉄郎はきっと、山下との事を話したいのだというのは分かってはいた。できれば、山下との話は聞きたくはない。今だけは山下抜きで鉄郎といたい。
「昨日、美羽ちゃんとさー」
やはりそれは叶わない様だ。鉄郎が何か話しているが、耳を塞ぎたい衝動にかられる。
「でさ、思ったんだよ。おまえといるのがどれだけ楽だったかってさ」
「え?」
「あー! おまえ聞いてなかったろ! 俺の話!」
「ご、ごめん……なんだっけ?」
「だから、昨日、美羽ちゃんと喧嘩しちゃったんだよ」
その言葉に幸生は目を丸くした。
「美羽ちゃんが美味しいご飯の店があるって言うから行ったら、そこのお勧めがピザだったんだよ。俺、チーズ駄目じゃん? でも、せっかく美羽ちゃんが一生懸命探してくれたお店みたいだったから我慢してピザ食べたんだよ」
「鉄郎チーズ食べたの?」
鉄郎は大のチーズ嫌いで、匂いを嗅いだだけでも顔色を悪くし、吐き気を催すのだ。
「食べたよ! そしたら、その直後吐いた。それがバレて、問い詰められて、チーズがダメな事言ったら凄え怒っちゃってさ……」
鉄郎の気持ちも山下の気持ちもわかる気がした。山下は鉄郎の為に店を探し、鉄郎が喜ぶ姿を見たかった。だが、そこには鉄郎の嫌いな食べ物。鉄郎は鉄郎なりに山下が落胆する姿を見たくはないと思い、我慢してそれを食べた。山下にしてみれば、それが却って傷付いたのだろう。
「ダメならダメで言って欲しかったって。でも、俺は美羽ちゃんをガッカリさせたくなくてさ……」
「うん、分かるよ。鉄郎の気持ちも山下の気持ちも」
「最近、幸生といる時の事が浮かぶんだよ。幸生といた時は、こんな風に気を使う事もなくいれたのになって。時たま、幸生といた方が楽しかった、って思う時があるんだよな」
鉄郎のその言葉に、幸生は一瞬胸が熱くなるのを感じた。だが、その次には幸生の心は妙に冷静になった。
「そんなの当たり前だよ。好きな人に嫌われたくないから、気を使うし悩むんだよ」
自分がそうだ。鉄郎に喜んでもらいたい、嫌われたくない一心で居心地の良い居場所を作っていたのだから。鉄郎も山下もそれだけ互いに好きなのだろう。
「そっか……そうだよなー。少しでも好きになってもらおうと思うから、色々考えちゃうのか」
幸生の胸がズキズキと鷲掴みをされたように、痛み始めた。
「好きな人と付き合うって、そういう事なんじゃないのかな……」
「幸生となら何も考えずに一緒にいれるのにな。あーあ、おまえが女だったらなー。絶対幸生と付き合うのに」
そう言って、鉄郎は屈託のない笑みを幸生に向けた。その言葉に、幸生の目の前が暗くなるのを感じた。
「俺が……女だったとしても、意外に付き合わないものだよ……」
それが精一杯の言葉だった。
鉄郎は悪気があって言った訳ではない。ましてや、幸生の気持ちを知る由もない鉄郎は、自分が言った言葉に、傷付いている幸生の気持ちなど、気付くわけもなかった。
それから鉄郎は何か話しをしていたが、一切頭に入ってはこなかった。
前の自分ならば、その言葉に喜んでいたかもしれない。山下よりも自分の方が鉄郎を理解し、山下よりも近い存在なのだと。
だが、今は鉄郎への想いを断ち切ろうとしている中で、その言葉は今の自分にとって酷く残酷なものだった。
鉄郎と別れ、自宅に着くまでの間に、自然と涙が溢れた。
この涙の意味は何なのだろうか。悲しい涙というより、悔し涙の意味合いが強いような気がした。
(鉄郎は俺の気持ち知らないんだから、責める事はできない……)
分かってはいたが、今日ほど鉄郎の無神経さに腹が立った事はなかった。
その時、電話が鳴った。着信を見ると太雅だった。その名前を見た瞬間、モヤがかった気持ちが晴れていくように、心が落ち着き始めた。
泣いている事を悟られないよう、ギリギリまで通話ボタンを押さないでいると、電話が切れてしまった。
(太雅の声が聞きたい)
不意にそんな事が過り、慌ててかけ直した。
『もしもし、今、大丈夫か?』
「うん……どうしたの?」
『……』
「太雅?」
『おまえ、泣いてんのか?』
知らずに声が震えていたのかもしれない。
「泣いて……ないよ」
そう言った瞬間、ポロポロと涙が溢れてきた。
『今、どこにいるんだ?』
「……もう、家に着くけど……」
『今から行く』
その言葉と同時に電話が切れた。
放課後、珍しく鉄郎に声をかけられた。
「あ、うん」
無意識に太雅の席に目を向けると、太雅は表情を変える事なく、じっとこちらを見つめていた。
教室を出ると鉄郎と並んで歩く。こうして鉄郎と肩を並べて歩くのはいつ振りだろうか。少し前までは当たり前の光景だったはずなのに、会話をする事すら緊張して上手く言葉が出ない。
鉄郎はきっと、山下との事を話したいのだというのは分かってはいた。できれば、山下との話は聞きたくはない。今だけは山下抜きで鉄郎といたい。
「昨日、美羽ちゃんとさー」
やはりそれは叶わない様だ。鉄郎が何か話しているが、耳を塞ぎたい衝動にかられる。
「でさ、思ったんだよ。おまえといるのがどれだけ楽だったかってさ」
「え?」
「あー! おまえ聞いてなかったろ! 俺の話!」
「ご、ごめん……なんだっけ?」
「だから、昨日、美羽ちゃんと喧嘩しちゃったんだよ」
その言葉に幸生は目を丸くした。
「美羽ちゃんが美味しいご飯の店があるって言うから行ったら、そこのお勧めがピザだったんだよ。俺、チーズ駄目じゃん? でも、せっかく美羽ちゃんが一生懸命探してくれたお店みたいだったから我慢してピザ食べたんだよ」
「鉄郎チーズ食べたの?」
鉄郎は大のチーズ嫌いで、匂いを嗅いだだけでも顔色を悪くし、吐き気を催すのだ。
「食べたよ! そしたら、その直後吐いた。それがバレて、問い詰められて、チーズがダメな事言ったら凄え怒っちゃってさ……」
鉄郎の気持ちも山下の気持ちもわかる気がした。山下は鉄郎の為に店を探し、鉄郎が喜ぶ姿を見たかった。だが、そこには鉄郎の嫌いな食べ物。鉄郎は鉄郎なりに山下が落胆する姿を見たくはないと思い、我慢してそれを食べた。山下にしてみれば、それが却って傷付いたのだろう。
「ダメならダメで言って欲しかったって。でも、俺は美羽ちゃんをガッカリさせたくなくてさ……」
「うん、分かるよ。鉄郎の気持ちも山下の気持ちも」
「最近、幸生といる時の事が浮かぶんだよ。幸生といた時は、こんな風に気を使う事もなくいれたのになって。時たま、幸生といた方が楽しかった、って思う時があるんだよな」
鉄郎のその言葉に、幸生は一瞬胸が熱くなるのを感じた。だが、その次には幸生の心は妙に冷静になった。
「そんなの当たり前だよ。好きな人に嫌われたくないから、気を使うし悩むんだよ」
自分がそうだ。鉄郎に喜んでもらいたい、嫌われたくない一心で居心地の良い居場所を作っていたのだから。鉄郎も山下もそれだけ互いに好きなのだろう。
「そっか……そうだよなー。少しでも好きになってもらおうと思うから、色々考えちゃうのか」
幸生の胸がズキズキと鷲掴みをされたように、痛み始めた。
「好きな人と付き合うって、そういう事なんじゃないのかな……」
「幸生となら何も考えずに一緒にいれるのにな。あーあ、おまえが女だったらなー。絶対幸生と付き合うのに」
そう言って、鉄郎は屈託のない笑みを幸生に向けた。その言葉に、幸生の目の前が暗くなるのを感じた。
「俺が……女だったとしても、意外に付き合わないものだよ……」
それが精一杯の言葉だった。
鉄郎は悪気があって言った訳ではない。ましてや、幸生の気持ちを知る由もない鉄郎は、自分が言った言葉に、傷付いている幸生の気持ちなど、気付くわけもなかった。
それから鉄郎は何か話しをしていたが、一切頭に入ってはこなかった。
前の自分ならば、その言葉に喜んでいたかもしれない。山下よりも自分の方が鉄郎を理解し、山下よりも近い存在なのだと。
だが、今は鉄郎への想いを断ち切ろうとしている中で、その言葉は今の自分にとって酷く残酷なものだった。
鉄郎と別れ、自宅に着くまでの間に、自然と涙が溢れた。
この涙の意味は何なのだろうか。悲しい涙というより、悔し涙の意味合いが強いような気がした。
(鉄郎は俺の気持ち知らないんだから、責める事はできない……)
分かってはいたが、今日ほど鉄郎の無神経さに腹が立った事はなかった。
その時、電話が鳴った。着信を見ると太雅だった。その名前を見た瞬間、モヤがかった気持ちが晴れていくように、心が落ち着き始めた。
泣いている事を悟られないよう、ギリギリまで通話ボタンを押さないでいると、電話が切れてしまった。
(太雅の声が聞きたい)
不意にそんな事が過り、慌ててかけ直した。
『もしもし、今、大丈夫か?』
「うん……どうしたの?」
『……』
「太雅?」
『おまえ、泣いてんのか?』
知らずに声が震えていたのかもしれない。
「泣いて……ないよ」
そう言った瞬間、ポロポロと涙が溢れてきた。
『今、どこにいるんだ?』
「……もう、家に着くけど……」
『今から行く』
その言葉と同時に電話が切れた。
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