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それが運命というのなら #39

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「は……?」
 将星の言葉に耳を疑う。
「なんだって?」
「加奈子はそもそも妊娠してなかったんだよ」
 将星ははっきりとそう告げた。今度は聞き間違いではないのは確かだ。
「俺とヨリを戻したいが為の嘘だったんだよ」
「そんな……!」
 あまりの衝撃的な事実に言葉を失う。
 (あんな辛い思いをして将星との別れを決めたのに……!)
 悔しさの余り、無意識に下唇をきつく噛んだ。

「妊娠したって言えば、結婚する事になるだろう? 子供は頃合いを見て、流産したって言おうとしてたらしい」
 そこまでする加奈子の執着心にゾッとするも、そうする程に将星を愛していたのだろう。加奈子の想いも今になっては分からなくもなかった。
「けど──俺が理月との別れで凹みまくってて、そんな俺を見て嫌気がさしたみたいだ」
 そう言って苦笑を浮かべた。
「でも、本当は……別れた時の理月の涙に罪悪感を覚えたらしい」
 何も手に付かなくなるほど憔悴した将星に、加奈子は将星の隣にいるのは自分ではないのだと思い知った。
 そして──、
 別れ際の理月の涙。
 加奈子の中で、理月が将星に対してさほどの想いがないと勝手に思込んでいた。だがそれは自分の思い違いだったのだと気付き、自分はなんて事をしてしまったのだろうと罪悪感が襲った。自分の幸せの為に、二人の中を引き裂き傷付けてしまった事の罪悪感に耐えきれなくなったのだろうと、将星は淡々と話した。
「理月が日本を発ってすぐその事を告げられて、本当はすぐにでもこの事を伝えたかったし、会いたかった。けど、せっかく留学して頑張ってるのに、余計な動揺を与えて邪魔をしたくなかった」
 そう言って将星は歯に噛んだように笑みを溢した。
 一気に情報が入ってきて、理月の頭は混乱するばかりだった。
「じゃあ……俺たちは、別れる必要は…………」
「ああ……なかったんだ」
 鼻の奥がツンとなり、耐えきれず理月の青い瞳から涙が溢れた。
「そうか……」

 将星の別れから一年半──。
 将星の幸せを願いながらも将星との別れを思い出しては、悲しみを堪える日々を過ごした。
「だから……」
 将星は手に取った理月の手を更に強く握ると、

「この先の人生、俺と生きてくれ」

 そう言った。
「もう、二度と離れたくない──俺には理月しかいない……これからも俺にはおまえだけた」
 相変わらず自分に向けてくる真っ直ぐな感情は、一年半経った今も変わらなかったようだ。
 少し呆れながらも、理月は将星の手を握り返す。
 自分からの返事がない事に不安なのか、将星は泣きそうな顔をしている。

「俺と将星は──運命の番なんだろ?」
 そう言うと、将星は理月の意外な言葉に目を丸くしている。
「だったら……共に生きる事は、決められていた運命さだめなんじゃないのか? だったら、とことんその運命に付き合ってやるよ」

 その言葉に将星は、
「ふっ……理月らしいな」
 満足そうな笑みを溢した。
「早くおまえを抱きしめて、キスしてえな」
 そうポツリと呟くと、理月は不意に席を立った。
「理月?」
「帰るぞ、俺のアパートに」
 意地の悪い笑みを浮かべた理月は、
「帰って俺を抱きしめてキスしてくれるんだろ?」
 そう言ってニヤリと笑った。

 理月の言葉に将星はポカンと口を半開きにし、間抜けな表情を浮かべている。そんな将星を差し置いて、理月は足早に店の外に向かっている。
「ちょっと待て! 理月!」
 残っていたコーヒーを飲み干し慌てて理月を追う。
 理月の横に並び腰を抱く。
「将星……おまえさ、俺に付き合っている奴がいたりって思わなかったわけ?」
「チラッとは思ったけど……そうだったらどうするかは考えてたさ」
「どうするつもりだったんだ?」
 嫌な予感しかなく、理月は怪訝そうな顔を将星に向けた。
「まあ……それは、きっちり話し合いを……」
 そう言ってはいるが、将星の目は挙動不審に忙しなく動いている。
 元々口下手な将星が話し合いなどできるとも思えない。おそらく、力でねじ伏せるつもりだったのだろう。もし、本当に理月に番がいたとしたら、その相手を殺しかねないのではないかと思った。
 その上、自分に会う為に一人、わざわざこんな所まで来てしまったのだ。
「ははっ……! やっぱ、おまえこえーよ」
 半ば呆れながらも将星の自分に対する執着心に悪い気はしない。
「こえーか? でも、もう二度と離れねえから。覚悟しろよ、理月」
 そう言って将星は理月にキスをした。

 理月の部屋に帰ると、離れていた時間を埋めるように二人は何度も抱き合いキスをした。
 ヒートではない時に抱かれるのは初めてで、ヒートの時と比べものにならない痛みがあった。だが、返ってそれが将星に抱かれていると実感し、幸せにも思えた。

 愛してる、理月──。
 そう何度も愛を囁かれる度に、自分も将星に気持ちを伝えたかった。だが、言えなかった。こんな時に自分のプライドの高さが邪魔をした。いつか伝えられたら、と思う。
「もう二度と、離すんじゃねえぞ」
 今の理月にはそれが精一杯の言葉だった。
 それでも将星は自分の想いを分かってくれているのか、嬉しそうに微笑んでいる。まるで子供の様なその表情に理月の胸が熱くなる。
 (愛してる、将星……)
 そう心の中で呟くと将星にキスをした。

 自分たちが本当に『運命の番』であるかは分からない。少なくとも、将星と出会い自分は変わったと感じる。喜びや悲しみ、人を好きになる気持ち、そして幸せ──。オメガの自分とアルファの将星であるからそうなれた、と思えばこれは『運命の番』だとも言えるかもしれない。けれど、オメガやアルファで出会わなくとも、どんな性別で出会っていても、将星を愛する事にはなっていた気がする。
 互いに運命を感じ、互いしかいないと思うのなら、それが『運命の番』なのだろう。

 それが運命さだめというのなら──。

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