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それが運命というのなら #38
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理月が日本を発って一年半の月日が流れた。
最初こそ慣れないこちらの生活に悪戦苦闘した。スウェーデン人は日本人に近いと言われている。真面目で几帳面、我慢強い。そして、シャイな性格で個人主義の人が多いという。その点があまり人と関わるのが苦手な理月にとって、非常に有難かった。
何より、見た目で人から注目を浴びない、という事も大きかった。当たり前だが、周囲を見渡せば自分と似た髪色に青い目をしているのだ。
スウェーデンに来た当初、ヒートが安定しない日々が続いた。環境の変化と仮の番であった将星との別れで、精神的なものが影響しているのではないか、とこちらの医師は言っていた。仮の番の事は、瓜生からこちらの医師に伝えていたようだった。
そして一年半が経ち、三ヶ月に一度の周期でヒートは安定していた。将星がいない今、一週間のヒートにひたすら耐えなければならなかった。もう殆ど将星の匂いがしない将星の衣服で作った巣材に身を預け、ひたすら耐えた。性交渉をすればヒートが三日程度に収まる事を知ってしまったが、それでも他の誰かと事に及ぶ、という思考は理月にはなかった。
仮の番の影響なのか、ただ単に理月が将星以外を受け付けなくなっているのかは分からなかったが、理月の体はもう、将星しか受け付けなくなっていた。
将星の事は、いつも頭の隅にあった。
元気なのだろうか、ちゃんと父親をやれているのだろうか、子供は女の子なのか男の子なのか──。そんな風に将星を思い出しては、頭の隅に再び追いやるという日々を続けていた。
「ヘイ! リツキ!」
授業が終わり教室を出ようとした時、顔見知りの学生カップルに声をかけられた。
「ハイ、ノエル、レイア」
恋人同士であるノエルとレイアだった。ノエルはイギリスからの留学生で、レイアはスウェーデン人だ。レイアは色白のブロンドの髪で、青い瞳のスウェーデン人らしい見た目で、外見的特徴は理月と非常に似ていた。レイアを始め、皆が理月を日本人だと知ると「信じられない!」とびっくりしていたのを思い出す。
ノエルが理月の横に腰掛ける。
「今日はもう終わり?」
「ああ」
「さっき門の所で、日本人だが中国人の男にリツキの事を聞かれぜ」
「俺? なんだって?」
「片言の英語で、ここにリツキ・アマネって学生がいないか、って」
理月は思い当たる日本人を浮かべる。
思い当たるのは、楽人か瓜生、もしくは両親──。可能性がないのは分かってはいたが、将星の顔も浮かぶ。
「どんな?」
「黒髪で……アジア人にしては背が高かったな」
「あれ、絶対アルファよ! 凄く素敵な人だったもの!」
レイアが興奮気味に言うと、途端ノエルが拗ねた表情をする。
(アルファ……まさかな……)
その男が将星にしか思えなくなってくる。
ふと、手首の噛み跡がじんわりと熱を帯び始めている様な気がした。
「まだいるんじゃない?」
そうレイアに言われ、理月は足早に教室を後にした。
大学の門に近付くにつれ、手首が更に熱くなる。それに比例するように理月の心拍数は上昇していく。堪らず理月は駆け出していた。
門を出ると鉄のポールに腰をかけている一人の男がいた。カーキのボア付きのコートに黒いマフラー、サングラスをした黒髪オールバックの見覚えのある男が、理月の目に飛び込んできた。
(しょう、せい……)
男はすぐ理月の姿に気付くと駆け寄ってくる。
「理月!!」
「将星……将星なのか……?」
サングラスを外した顔は紛れもなく、理月が唯一心から愛した男──将星だった。
「理月……」
自分の名を呼び将星はゆっくりと歩み寄ってくる。
段々と心臓の鼓動の速くなり、それが将星に聞こえてしまうのではないかと思うくらい、心臓がうるさかった。
「元気だったか? しかし、こっちはホント寒いな……スウェーデンの寒さ舐めてたぜ」
そんな他愛もない事を口にし、理月の目の前に立った。理月は呆然と目の前の将星を見つめる。
本当に将星なのか、なぜこんな所に将星がいるのか、これは夢ではないのか──理月の思考は完全に止まってしまう。
「一体……何しに……」
何とか言葉を絞り出すと、少し声が震えていた。
「何しにって、おまえに会いに来たに決まってるじゃねえか」
「そういう事じゃなくて……!」
子供を授かり結婚したのではないか──?
将星のその後は、何一つ知らなかった。楽人にでも聞けば、将星がどう過ごしているのか知る事はできたかもしれないが、敢えて聞こうとは思わなかった──聞こうと思わなかったのではなく、聞きたくなかったのだろう。
「つか、寒いからどっか入ろうぜ」
そう言って将星は首を窄めている。どれほど待っていたのか、将星の鼻は真っ赤になっていた。
近くのカフェに入ると、
「寒くて死ぬかと思ったぜ!」
マフラーを外しながら言った。
それからコーヒーが運ばれてくるまで、暫し二人は無言だった。
「で……何しに来たんだ?」
もしかしたら、家族旅行なのかもしれない、とも思った。あの加奈子と子供と来ていて、今だけ別行動を取っている可能性もある。だが、わざわざ家族旅行に、自分がいるスウェーデンを選ぶのか──それも疑問だった。
「家族で来たのか?」
家族旅行の疑問も捨てきれずそう訊ねると、将星は首を横に振った。
「いや、一人できた……おまえを迎えに」
「?!」
唐突にそう言った。
「って言いたいとこだけど……理月がこっちで頑張ってる事は楽人から聞いてたし、勉強の邪魔はしたくない」
予想は付いていたが、楽人と将星は密かに連絡を取り合い、楽人は自分の近況を逐一報告していたのだろう。
当然それを知らない理月は、
(楽人のやろう……)
心の中で拳を握った。
それよりも、自分を迎えに来た──とは、どういう意味なのだろうか。
将星の目が自分に真っ直ぐ向けられた。
「俺は、変わらず理月を愛してる」
そう言って、理月の手に自分の手を重ねてきた。
「将……星?」
「これからも、俺には理月だけだ。一年半離れても、気持ちは変わらなかった」
突然、将星の愛の告白に理月の思考が追いつかない。
「将星、ちょっと待て……何、言ってるんだ? だっておまえには、もう……」
理月の続く言葉を遮る様に、
「あいつ……妊娠なんてしてなかったんだよ」
そう言った。
最初こそ慣れないこちらの生活に悪戦苦闘した。スウェーデン人は日本人に近いと言われている。真面目で几帳面、我慢強い。そして、シャイな性格で個人主義の人が多いという。その点があまり人と関わるのが苦手な理月にとって、非常に有難かった。
何より、見た目で人から注目を浴びない、という事も大きかった。当たり前だが、周囲を見渡せば自分と似た髪色に青い目をしているのだ。
スウェーデンに来た当初、ヒートが安定しない日々が続いた。環境の変化と仮の番であった将星との別れで、精神的なものが影響しているのではないか、とこちらの医師は言っていた。仮の番の事は、瓜生からこちらの医師に伝えていたようだった。
そして一年半が経ち、三ヶ月に一度の周期でヒートは安定していた。将星がいない今、一週間のヒートにひたすら耐えなければならなかった。もう殆ど将星の匂いがしない将星の衣服で作った巣材に身を預け、ひたすら耐えた。性交渉をすればヒートが三日程度に収まる事を知ってしまったが、それでも他の誰かと事に及ぶ、という思考は理月にはなかった。
仮の番の影響なのか、ただ単に理月が将星以外を受け付けなくなっているのかは分からなかったが、理月の体はもう、将星しか受け付けなくなっていた。
将星の事は、いつも頭の隅にあった。
元気なのだろうか、ちゃんと父親をやれているのだろうか、子供は女の子なのか男の子なのか──。そんな風に将星を思い出しては、頭の隅に再び追いやるという日々を続けていた。
「ヘイ! リツキ!」
授業が終わり教室を出ようとした時、顔見知りの学生カップルに声をかけられた。
「ハイ、ノエル、レイア」
恋人同士であるノエルとレイアだった。ノエルはイギリスからの留学生で、レイアはスウェーデン人だ。レイアは色白のブロンドの髪で、青い瞳のスウェーデン人らしい見た目で、外見的特徴は理月と非常に似ていた。レイアを始め、皆が理月を日本人だと知ると「信じられない!」とびっくりしていたのを思い出す。
ノエルが理月の横に腰掛ける。
「今日はもう終わり?」
「ああ」
「さっき門の所で、日本人だが中国人の男にリツキの事を聞かれぜ」
「俺? なんだって?」
「片言の英語で、ここにリツキ・アマネって学生がいないか、って」
理月は思い当たる日本人を浮かべる。
思い当たるのは、楽人か瓜生、もしくは両親──。可能性がないのは分かってはいたが、将星の顔も浮かぶ。
「どんな?」
「黒髪で……アジア人にしては背が高かったな」
「あれ、絶対アルファよ! 凄く素敵な人だったもの!」
レイアが興奮気味に言うと、途端ノエルが拗ねた表情をする。
(アルファ……まさかな……)
その男が将星にしか思えなくなってくる。
ふと、手首の噛み跡がじんわりと熱を帯び始めている様な気がした。
「まだいるんじゃない?」
そうレイアに言われ、理月は足早に教室を後にした。
大学の門に近付くにつれ、手首が更に熱くなる。それに比例するように理月の心拍数は上昇していく。堪らず理月は駆け出していた。
門を出ると鉄のポールに腰をかけている一人の男がいた。カーキのボア付きのコートに黒いマフラー、サングラスをした黒髪オールバックの見覚えのある男が、理月の目に飛び込んできた。
(しょう、せい……)
男はすぐ理月の姿に気付くと駆け寄ってくる。
「理月!!」
「将星……将星なのか……?」
サングラスを外した顔は紛れもなく、理月が唯一心から愛した男──将星だった。
「理月……」
自分の名を呼び将星はゆっくりと歩み寄ってくる。
段々と心臓の鼓動の速くなり、それが将星に聞こえてしまうのではないかと思うくらい、心臓がうるさかった。
「元気だったか? しかし、こっちはホント寒いな……スウェーデンの寒さ舐めてたぜ」
そんな他愛もない事を口にし、理月の目の前に立った。理月は呆然と目の前の将星を見つめる。
本当に将星なのか、なぜこんな所に将星がいるのか、これは夢ではないのか──理月の思考は完全に止まってしまう。
「一体……何しに……」
何とか言葉を絞り出すと、少し声が震えていた。
「何しにって、おまえに会いに来たに決まってるじゃねえか」
「そういう事じゃなくて……!」
子供を授かり結婚したのではないか──?
将星のその後は、何一つ知らなかった。楽人にでも聞けば、将星がどう過ごしているのか知る事はできたかもしれないが、敢えて聞こうとは思わなかった──聞こうと思わなかったのではなく、聞きたくなかったのだろう。
「つか、寒いからどっか入ろうぜ」
そう言って将星は首を窄めている。どれほど待っていたのか、将星の鼻は真っ赤になっていた。
近くのカフェに入ると、
「寒くて死ぬかと思ったぜ!」
マフラーを外しながら言った。
それからコーヒーが運ばれてくるまで、暫し二人は無言だった。
「で……何しに来たんだ?」
もしかしたら、家族旅行なのかもしれない、とも思った。あの加奈子と子供と来ていて、今だけ別行動を取っている可能性もある。だが、わざわざ家族旅行に、自分がいるスウェーデンを選ぶのか──それも疑問だった。
「家族で来たのか?」
家族旅行の疑問も捨てきれずそう訊ねると、将星は首を横に振った。
「いや、一人できた……おまえを迎えに」
「?!」
唐突にそう言った。
「って言いたいとこだけど……理月がこっちで頑張ってる事は楽人から聞いてたし、勉強の邪魔はしたくない」
予想は付いていたが、楽人と将星は密かに連絡を取り合い、楽人は自分の近況を逐一報告していたのだろう。
当然それを知らない理月は、
(楽人のやろう……)
心の中で拳を握った。
それよりも、自分を迎えに来た──とは、どういう意味なのだろうか。
将星の目が自分に真っ直ぐ向けられた。
「俺は、変わらず理月を愛してる」
そう言って、理月の手に自分の手を重ねてきた。
「将……星?」
「これからも、俺には理月だけだ。一年半離れても、気持ちは変わらなかった」
突然、将星の愛の告白に理月の思考が追いつかない。
「将星、ちょっと待て……何、言ってるんだ? だっておまえには、もう……」
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