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それから数日が過ぎ、その日も遅番のシフトが入っていた。
梅雨に入り連日雨で、降ったり止んだりと不安定な天気が続いていた。その日も急な夕立で、外は激しい雨が降っていた。
凛は閉店作業に向け、外のゴミ箱を回収する為に表に出た。裏口のドアを開けた途端、女性の怒鳴り声が聞こえた。声のする方に顔を向けると、僅かな軒下に例のカップルがいた。凛の姿を見た男の方は一瞬ギョッとしたが、彼女の方はお構いなしに大声を張り上げていた。
「おい! 声でかいよ」
焦ったように男は彼女の腕を掴んで宥めようしている。
「もう、いい!」
彼女は腕を振りほどき、目の前に止めてある黒い軽に乗り込むと荒っぽい運転で走り去って行った。男と凛の目がバッチリ合ってしまい、互いに気まずい雰囲気が流れ、誤魔化すように自販機のゴミ箱を取りに行った。裏口の扉の前に戻ると、男は先程の場所で立ち尽くしていた。
再び目が合い男は苦笑いを浮かべ、
「ごめんね、変なとこ見せて」
そう凛に言った。
「いえ……俺こそ、すいません」
修羅場を見てしまってーーそう後に続く言葉を飲み込む。
男は降りしきる雨空を見上げ、その場から動く気配がなかった。
(帰れないのかな?)
彼女の車で一緒に来たのならば、帰る足がないのかもしれない。この雨だ、歩いて帰る事もできないだろう。
凛は回収したゴミ箱を中に入れると、傘立てから自分の青い傘を手に取った。
その青い傘を差すと、まだ立ち尽くしている男に歩み寄り、
「これ……使って下さい」
凛は俯いたまま傘を差し出した。
「え?」
「帰れないのかと思って……」
「うん、帰れなくて困ってる」
「じゃあ、使って下さい」
「そしたら君、困らない? これ、君のでしょ?」
「予備あるんで……」
嘘だった。予備などありはしない。だが、彼と話すきっかけが欲しくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「本当? 助かる。ありがとう、必ず返すね」
薄っすらと笑みを浮かべた男は凛の傘を受け取った。
凛は頭を下げると、裏口のドアを開け中に入った。ドキドキと心臓の鼓動が体全体に響いている。
(また話せた……)
男にしてみれば彼女と喧嘩をし落ち込んでいる事だろう。申し訳ないとは思いつつ、凛は嬉しさが込み上げていた。
窓から外を見ると、男が凛の青い傘をクルクル回しながら歩いているのが見えた。
その日の帰りは持ち主不明のビニール傘があった為、それを勝手に拝借して帰った。
週末になり、凛はソワソワしてしまう。
彼は来るだろうか、そう考えると落ち着かない。
マスターバックをしていると、
「こんばんは」
心地良い低い声が耳に入った。
見ると、傘を貸した彼がいつものジャージ姿で立っていた。
「こ、こんばんは……」
「この前はありがとう、助かったよ」
「いえ……」
「三上くんは大丈夫だった?」
不意に名前を呼ばれてドキリとしたが、胸元の名札を見れば分かる事だと気付く。
「あ、はい……予備のビニール傘があったので」
「なら良かった」
ニコリと笑うと、
「でも、ごめん! 今日傘忘れた!」
そう言って胸の前で手を合わせた。
「大丈夫です、いつでも」
「今度必ず持ってくるからさ」
「はい……」
長めの髪が顔の表情を隠す事を知っている凛は、熱くなった顔を伏せた。
(彼女とはどうなったのだろう……)
そう思った瞬間、智樹?と女性の声がした。
「こっち」
目の前の彼が返事をした。
(トモキ……)
その時、初めて彼の名が『トモキ』だと知った。
「仲直りしたんですね」
そう言った自分の胸がチクリと痛んだ。
「まぁね」
智樹は苦笑いを浮かべ頬を指で掻いている。
「何かあった?」
彼女が現れると、また胸がチクリと痛んだ。
(何を期待してるんた……)
別れていれば、もしかしたら自分にチャンスがあったなどと思っていた自分に呆れる。別れていたところで男の自分にチャンスなどあるはずはない。こうして話せるようになっただけで充分なはずなのに、話せるようになった途端、更なる欲が生まれる。
「いや、まだ」
「私、CD見てる」
そう言って、彼女はサウンドの方へ歩いて行った。
「三上くんのお勧めある?」
急に言われ凛は目を丸くする。
「えっと……ジャンルは?」
「なんでも」
少し考えると、
「少し前のですけど……」
洋画のドラマから一本選ぶ。
「これ、観た」
「あ、そうでしたか」
「名作だよな。彼女これ見て寝たけど。こんな名作見て寝るか、フツー」
呆れたように片眉を上げ、思わずその戯けた表情に凛は吹き出してしまう。
「じゃあ、これか……これは?」
「こっちは観た、これは……観てないな。なんか趣味合うな君とは」
智樹は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「これ借りてく。三上くんはドラマ系が好きなの?」
「そうですね。恋愛もの以外は見ます」
「嫌い? 恋愛もの?」
「はい……」
「なんで?」
凛は答えに詰まった。自分にハッピーエンドなどないから、などと言える訳がなく、
「なんとなく……です」
そう言って、目を伏せた。
「智樹! 早く!」
彼女がセルフレジから智樹を呼んだ。
「ったく」
ふーっと溜息を吐くと、凛にもう一度目を向け、
「じゃあ、また。これ早速観るね」
「あっ、はい……」
智樹は背中を向けると、あの! と、咄嗟に凛は呼び止めていた。
智樹は振り返ると、
「ん?」
小首を傾けている。
「あ、傘なら次持って……」
「感想!」
思いのほか声が大きくハッとして口を塞いだ。
「感想ーー聞かせて下さい……」
「わかった」
智樹はニコリと笑うと、軽く手を挙げ彼女の待つセルフレジへ歩いて行った。
凛は心臓の高ぶりを抑える為、その後の作業を無我夢中でした。
梅雨に入り連日雨で、降ったり止んだりと不安定な天気が続いていた。その日も急な夕立で、外は激しい雨が降っていた。
凛は閉店作業に向け、外のゴミ箱を回収する為に表に出た。裏口のドアを開けた途端、女性の怒鳴り声が聞こえた。声のする方に顔を向けると、僅かな軒下に例のカップルがいた。凛の姿を見た男の方は一瞬ギョッとしたが、彼女の方はお構いなしに大声を張り上げていた。
「おい! 声でかいよ」
焦ったように男は彼女の腕を掴んで宥めようしている。
「もう、いい!」
彼女は腕を振りほどき、目の前に止めてある黒い軽に乗り込むと荒っぽい運転で走り去って行った。男と凛の目がバッチリ合ってしまい、互いに気まずい雰囲気が流れ、誤魔化すように自販機のゴミ箱を取りに行った。裏口の扉の前に戻ると、男は先程の場所で立ち尽くしていた。
再び目が合い男は苦笑いを浮かべ、
「ごめんね、変なとこ見せて」
そう凛に言った。
「いえ……俺こそ、すいません」
修羅場を見てしまってーーそう後に続く言葉を飲み込む。
男は降りしきる雨空を見上げ、その場から動く気配がなかった。
(帰れないのかな?)
彼女の車で一緒に来たのならば、帰る足がないのかもしれない。この雨だ、歩いて帰る事もできないだろう。
凛は回収したゴミ箱を中に入れると、傘立てから自分の青い傘を手に取った。
その青い傘を差すと、まだ立ち尽くしている男に歩み寄り、
「これ……使って下さい」
凛は俯いたまま傘を差し出した。
「え?」
「帰れないのかと思って……」
「うん、帰れなくて困ってる」
「じゃあ、使って下さい」
「そしたら君、困らない? これ、君のでしょ?」
「予備あるんで……」
嘘だった。予備などありはしない。だが、彼と話すきっかけが欲しくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「本当? 助かる。ありがとう、必ず返すね」
薄っすらと笑みを浮かべた男は凛の傘を受け取った。
凛は頭を下げると、裏口のドアを開け中に入った。ドキドキと心臓の鼓動が体全体に響いている。
(また話せた……)
男にしてみれば彼女と喧嘩をし落ち込んでいる事だろう。申し訳ないとは思いつつ、凛は嬉しさが込み上げていた。
窓から外を見ると、男が凛の青い傘をクルクル回しながら歩いているのが見えた。
その日の帰りは持ち主不明のビニール傘があった為、それを勝手に拝借して帰った。
週末になり、凛はソワソワしてしまう。
彼は来るだろうか、そう考えると落ち着かない。
マスターバックをしていると、
「こんばんは」
心地良い低い声が耳に入った。
見ると、傘を貸した彼がいつものジャージ姿で立っていた。
「こ、こんばんは……」
「この前はありがとう、助かったよ」
「いえ……」
「三上くんは大丈夫だった?」
不意に名前を呼ばれてドキリとしたが、胸元の名札を見れば分かる事だと気付く。
「あ、はい……予備のビニール傘があったので」
「なら良かった」
ニコリと笑うと、
「でも、ごめん! 今日傘忘れた!」
そう言って胸の前で手を合わせた。
「大丈夫です、いつでも」
「今度必ず持ってくるからさ」
「はい……」
長めの髪が顔の表情を隠す事を知っている凛は、熱くなった顔を伏せた。
(彼女とはどうなったのだろう……)
そう思った瞬間、智樹?と女性の声がした。
「こっち」
目の前の彼が返事をした。
(トモキ……)
その時、初めて彼の名が『トモキ』だと知った。
「仲直りしたんですね」
そう言った自分の胸がチクリと痛んだ。
「まぁね」
智樹は苦笑いを浮かべ頬を指で掻いている。
「何かあった?」
彼女が現れると、また胸がチクリと痛んだ。
(何を期待してるんた……)
別れていれば、もしかしたら自分にチャンスがあったなどと思っていた自分に呆れる。別れていたところで男の自分にチャンスなどあるはずはない。こうして話せるようになっただけで充分なはずなのに、話せるようになった途端、更なる欲が生まれる。
「いや、まだ」
「私、CD見てる」
そう言って、彼女はサウンドの方へ歩いて行った。
「三上くんのお勧めある?」
急に言われ凛は目を丸くする。
「えっと……ジャンルは?」
「なんでも」
少し考えると、
「少し前のですけど……」
洋画のドラマから一本選ぶ。
「これ、観た」
「あ、そうでしたか」
「名作だよな。彼女これ見て寝たけど。こんな名作見て寝るか、フツー」
呆れたように片眉を上げ、思わずその戯けた表情に凛は吹き出してしまう。
「じゃあ、これか……これは?」
「こっちは観た、これは……観てないな。なんか趣味合うな君とは」
智樹は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「これ借りてく。三上くんはドラマ系が好きなの?」
「そうですね。恋愛もの以外は見ます」
「嫌い? 恋愛もの?」
「はい……」
「なんで?」
凛は答えに詰まった。自分にハッピーエンドなどないから、などと言える訳がなく、
「なんとなく……です」
そう言って、目を伏せた。
「智樹! 早く!」
彼女がセルフレジから智樹を呼んだ。
「ったく」
ふーっと溜息を吐くと、凛にもう一度目を向け、
「じゃあ、また。これ早速観るね」
「あっ、はい……」
智樹は背中を向けると、あの! と、咄嗟に凛は呼び止めていた。
智樹は振り返ると、
「ん?」
小首を傾けている。
「あ、傘なら次持って……」
「感想!」
思いのほか声が大きくハッとして口を塞いだ。
「感想ーー聞かせて下さい……」
「わかった」
智樹はニコリと笑うと、軽く手を挙げ彼女の待つセルフレジへ歩いて行った。
凛は心臓の高ぶりを抑える為、その後の作業を無我夢中でした。
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