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 そうこうしているうちに、とんとん拍子で日取りが決まってしまった。昴とのデートの日は、昴が春休みに入っている事もあり、松木の休みに合わせて平日となった。

 待ち合わせは、さすがに店とはいかず店の前のコンビニに十時に待ち合わせ。
 愛車の黒のSUV車をコンビニの駐車場に頭から止め、中を伺うと昴が雑誌コーナーで立ち読みをしていた。顔を上げ松木の存在に気付くと、パッと顔を輝かせ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
(クソカワ……)
 松木の心臓を鷲掴みされたように、ぎゅっとなる。

 昴が運転席側に来ると、
「これ、まっつんの車? かっこいーね」
 そう言って愛車を見回している。
(今日の為に洗車しましたよ)
 この日の為に昨日、夜中にも関わらず洗車場で車を洗ってきたのだ。

 今日の昴は当然私服だ。黒い細身のパンツにチャコールグレーのオーバーサイズのスウェット。スウェットの裾からは白いシャツが見えている。
 華奢な体つきだとは思っていたが、私服になるとその細さが目立つ。サッカーをしているわりに、あまり筋肉が付かないと嘆いているのを聞いた事がある。

「飲み物買っていこうか」
 松木が車を降りると、今度は私服姿の松木を見入っている。
「私服のまっつん、新鮮~。意外とオシャレだね」
「意外とってなんだ」

 仕事で着用している、いつもの黒シャツ黒パンツ姿ではない。松木自身、ちゃんとした私服を着たのは何ヶ月ぶりか。昴にはこの日の為に服を新調したとは言わないでおく。
 とは言っても、紺色のマウンテンパンツに胸ポケットがある大きめの白いTシャツ、上着はアウトドアブランドのウィンドブレーカーと至ってシンプルだ。

「晴れて良かったね」
「今日は暑くなるらしいぞ」
 中に入り缶コーヒーを一本手に取りレジに向かう。後ろにいた昴が手にしているペットボトルとお菓子も一緒に会計した。
「あ、ありがとう」
「いーえ」

 コンビニを出ると、二人は車に乗り込んだ。
「お邪魔しまーす」
 キョロキョロと見渡し、
「まっつんの匂いがする」
 そう言って少し笑った。
「タバコ臭くて悪いな」
「別に気にしないよ。俺に気にせず吸っていいからね」
 にこりと笑みを向けられて、松木は無意識に頭をポンポンと撫でていた。

 ナビの設定を完了させ、
「じゃ、出発しますか」
 松木はギアをリバースに入れ、昴が頭を置いている助手席のヘッドレスに手を置き、車を方向転換させた。ドライブに入れたところで昴を見ると、固まったまま顔を赤くしている。
「? どした?」
「う、ううん……なんでもない!」
 その様子に不思議に思いながらも、まずは高速に乗るべく高速道路の入り口を目指した。

「どのくらいで着くの?」
「んー、ナビだと一時間ってとこか」
「N市って何気に遠いよね」
「そうなんだよな。だから、実家帰るの面倒臭くてなー」
 松木の地元であるN市は観光地としても全国的にも有名で、春や秋は観光客で賑わう街だった。

「幼稚園の時に牧場行ったきりだなー」
「ああー、あの牧場な。あそこのソフトクリーム美味いんだよな」
「食べたい!」
「了解しました」


 行きの車で二人の会話は途切れる事はなく、話しても話しても話しは尽きる事はなかった。

「まっつんって今彼女いないの?」
 そんな質問が出た時には、口に含んでいたコーヒーを吹き出すところだった。

「まぁ……今はいないわな」
「いつまでいたの? なんで別れちゃったの?」
「随分とぐいぐいくるねぇ」
 呆れた様子で昴を見ると、
「だって、知りたいじゃん」
 なぜ? とは問い返す事はできず、うーんと一つ唸った。

「三年前に別れた。五年付き合ってたし三十路になるし、まぁ、この辺りで結婚かな、って思ってプロポーズしたら、振られた」
「何で振られたの?」
「俺とはない、って言われた」
「えー? なんで?」
「さあな……まあ、俺って結構面倒くさがりだし、ダラしないから、我慢してたのかもな。あとは仕事とか? じゃねえのかな」
「まっつん、可哀想……」
 そう言って流れてもいない涙を指で拭って大袈裟な演技を見せている。
「やめろ……惨めだろうが」
 松木は軽く拳を作り、コツンと昴の頭を叩いた。

「で、その彼女は?」
「あー、なんか公務員だか銀行員と結婚したって聞いたな……つーか、そういうおまえはどうなんだよ」
「えー? 俺? 俺はずっとサッカーばっかりやってきたから、彼女作る暇なんてほとんどなかったなあ」
 両手を頭の後ろで組み、口を尖らせている。
「高一の時、一瞬いたけど結局すぐ別れたし」
「なんで?」
「私とサッカー、どっちが大事なの?!って」
 そのセリフに思わず苦笑が漏れる。

「そんなドラマみたいなセリフ、本当に言う人いるんだってびっくりした。人とサッカーって、比べる対象じゃなくない?」
「確かになーーじゃあ、童貞か?」
 ニヤリとイヤらしい笑みを浮かべ、横目で昴を見ると昴は顔を真っ赤にし、両頬を膨らませている。
「言わない! その発言はセクハラだと思いまーす!」
「ハハハ……! そう怒るなって! ま、昴くんはこれからじゃないんですか?」

 そうーーきっと昴にはこれから楽しい事がたくさん待っているはずだ。

 大学に進学したらきっと大学での出会いもあるだろう。卒業して就職でもすれば、また更に出会いは広がる。そんな風になれば、こんな三十路過ぎの冴えないおっさんの存在など忘れてしまうのだろう。自分でそう自己完結すれば、胸の奥がチクリと痛んだ。
 願うなら、頭のほんの隅っこでもいい。自分という存在を少しでも昴の記憶の片隅に残してくれたら、と思った。
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