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ーー三カ月後ーー

 相変わらず涼は同じアパートに住み、毎日、昼夜と働き明の借金を返し続けていた。前と同じ生活に戻っただけだ、そう自分に言い聞かせた。
 髪はもうすっかり伸びていたが、大和に切ってもらったこの髪にハサミを入れる事ができずにいた。

 仕事から帰ると、郵便受けから郵便物を取り出した。DMと封書が一通。宛名は金融会社の名前だった。部屋に入り、その封筒を開けると目を疑った。
 それは完済証明書だった。
「え? なんで? 誰が?」
 一瞬、明かと思ったが服役中の明には無理に決まっている。

 涼は携帯を取り出すと、その金融会社に電話をした。
『はい、××ローンです』
 女性の穏やかな声が聞こえた。
「あ、あの、白瀬ですけど」
 なぜ返済した覚えのない借金の完済証明書が送られてきたのか尋ねた。
『担当に代わります、お待ち下さい』
 闇金には不釣合いな穏やかな保留音が暫く流れ、
『担当の石田です』
 野太い声の男に代わり、涼は同じ事を尋ねた。
『間違いなく完済されましたよ。まぁ、利子は法的手段に出られて貰えませんでしたけどねえ。あんなヤバイ知り合いがいるなら言ってくださいよー』
「一体誰が?」

 電話を切ると、涼は躊躇う事なくダイヤルした。繋がるかはわからなかった。
コール音が鳴り、涼は安堵すると、
『はい』
 たった三ヶ月だったが、酷く懐かしく、そして愛おしい声に堪らず涙が零れた。

「ーー大和さん」
『白瀬、くん?』
「会いたい……会いたいよ……」
『会いに行っても?』
「待ってる……」

 玄関のチャイムが鳴り細く扉を開けると、スーツ姿の大和が立っていた。走って来たのか額から汗が流れ、ハァハァと息を切らしている。

「白瀬くん……」
 ドアを開け放した瞬間、大和に抱きしめられていた。
「ずっと、君に会いたかった……」
 大和に抱きしめられたまま部屋に入ると、玄関先で押し倒されキスをされた。必死に大和の舌を追い、キスをしながら互いの服を脱がせ合う。三カ月の時間を埋めるように、無我夢中で体を繋げた。

「好きだ、愛してる……名前も職業も全てが嘘だったけど、この気持ちだけは嘘じゃないんだ、信じてくれ」
 涼を抱きすくめる体から大和の焦りと必死さが伝わってきた。
「何度も嫌いになろうと思ったけど、無理でした……俺も好きです……」
 満足そうに微笑む大和はあの佐川と同じで、その笑みは嘘ではないのだと知った。
 二人は互いの気持ちを確かめ合うように、何度も体を繋いだ。

 大和はの職業は、通称マトリと呼ばれる麻薬取締官だった。薬物の犯罪を捜査する厚生労働省の特別な職員だという。
  年齢も嘘だった。実際は三十歳で三十四歳と偽ったのはバツイチの信憑性を持たせる為で、バツイチと嘘をついたのは苦労人の涼に親近感を持たせる為だったという。性格も涼に警戒心を持たせない為の演技。
結局、全て嘘だったという事だ、涼への気持ちを除けば。

「俺は狡い男だ。借金は完済すれば、きっと君が連絡してくれると思った。もしそれで連絡が来なければ、スッパリ諦めようとしたんだ。けど、駄目だった。どうしようもなく君を好きになっていた。事件関係者を好きになるなんて、捜査官失格だ」
 大和は苦笑いを浮かべている。
「大和さんの気持ちが嘘じゃないなら、もういいんです」
 大和の肩口に顔を埋めると、大和の逞しい腕に力がこもり、抱き寄せられた。

「あの……借金ありがとうございました。少しずつ返していきます」
「いいんだ。君を騙してしまった罪を償わせてくれ」
「ダメです。それはそれです」
「君は結構頑固だよな。一度言った事は覆さない」
 そう言って触れるだけのキスをされた。

「君がいつ、兄の言うまま風俗に落ちてしまうか冷や冷やしたよ」
「やりませんよ……」
 不意に違和感を覚える。
「なんで兄さんとした風俗の話し知ってるんですか?」
 ハッとしたように、大和は口元を手で覆った。涼の中で嫌な予感が過ぎる。
大和は申し訳なさそうにすると、
「ゴメン、君の部屋には盗聴器が……」
歯切れの悪くそう言った。

 涼の顔が熱くなる。
 それは、涼が大和をオカズに自慰行為をしていた事が筒抜けだったという事だ。
(名前、呼んでたし、俺……)
 その事を思い出し、恥ずかしさの余り布団を頭からすっぽりかぶってしまった。

「思えばあれから俺は君を意識し始めた。大丈夫、俺も君を何度も犯す妄想してたから」
 その言葉に涼の顔は更に熱くなった。
「プライバシーの侵害! 変態! ムッツリ!」
「悪かったって。顔出してくれ」
布団の隙間から顔だけを出すと、佐川の手が伸びてきた。
「髪、だいぶ伸びたな。切ってやる」
愛おしむように頭を撫でられ優しい笑みを向けられれば、許せないはずがなかった。

 ベランダに出ると外は汗ばむ陽気。大和は涼を座らせると髪を切り始めた。後ろから伸びる大和の手の感触と、穏やかな日差しに眠気が襲う。

「幸せ……」
そう呟いた涼の声が耳に入る。涼の顔を覗き込むと穏やかな寝息を立て眠っていた。
「寝言か」
そんな涼が可愛くて、大和はそっとキスをした。

 ーー恋の始まりは大嫌いな嘘からだった。それなのに、愛したのは嘘つきなあなたでしたーー
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