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 佐川は上背もあったが体格もガッチリしており、見た目通り食欲も旺盛で、目の前の食事を次々と平らげていく。涼はしばしその食いっぷりに目を丸くした。佐川は子供のように、口の中に一杯にに頬張り、両頬がリスのように膨らんでいるのを見ると、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……!佐川さん、子供みたい……!」
「ほうでふか?」
頬張りながら佐川は口を開く。
「おいひいくて」
嬉しそうに佐川は満面の笑みを浮かべた。
(年上だろうけど、かわいい)
そう思うと自然と笑みが溢れた。

「いやーお腹いっぱいです!ご馳走さまでした!」
 涼がテーブルを片付けていると、不意に佐川の手が伸びてきた。
「白瀬さん」
 佐川の手が涼の前髪に触れた。
「髪、切らないんですか? 白瀬さんは額出した方が素敵ですよ」
 佐川のその言葉と表情に涼の心臓が大きく鳴った。
(なんて優しく笑う人なんだろう)
 そんな事を思った途端、涼は気恥ずかしくなり顔を伏せた。
「美容室に行くお金もったいないので」
「俺、切りましょうか?」
「え?」
「結構得意なんですよ、こういうの」
 そう言って、佐川は優しく笑った。


 佐川が自室に帰った後も、何度も鏡で自分の姿を見た。そこにはまるで別人なような自分。
 少し癖毛の涼の髪が真ん中から分けられ、前髪がないせいで額と目元が露わになっている。

『白瀬さんは元が美人なんですよ。俺はこの涼しげな目元と顎のシャープな感じが好きですね』
 鏡越しの佐川の手が後ろから伸びたきたかと思うと、涼の顎をさらりと撫でた。

 思い出すと涼の心臓は、ドクンッと大きく鳴った。
 その日、触れられた佐川の手を思い出し自慰をした。この薄い壁の向こうに佐川がいると思うだけで興奮し、射精の瞬間、無意識に佐川の名前を呼んでいた。

 それ以来、時折二人でご飯を食べるようになり、佐川の事を少しずつ知っていった。
 三十前だと思っていた佐川は実は三十四歳だと知り驚いた。自分より十歳も上には思えない程、若々しく見えた。もらった名刺には印刷会社の営業と書かれており、ごく普通のサラリーマンのようだった。
 佐川は友達が多いらしく、数人の男が佐川の部屋によく出入りするのを度々見かけた。
 そして佐川はバツイチだった。子供がおりその養育費を払う為、少しでも養育費にお金を回せるよう、こんな安いアパートに越してきたのだと聞いた。まず、バツイチにも驚いたが、こんな穏やかで優しい人のどこが不満だったというのか、涼には疑問に思えた。
(俺だったら……)
 不毛過ぎるその想いに涼は考える事をやめた。

 兄の明がまた突然現れた。当然金の無心だった。仕方なく五千円を渡すと早々に帰るのかと思ったが、一晩泊めてほしいと言われた。
 返事を聞く気配もなく、明はスーツケースを片手にズカズカと部屋に上がり込み、冷蔵庫を物色している。

「簡単な物で良ければつくるけど」
「おおー、頼む」
 チャーハンを作るとテーブルに自分の分と明の分の皿を置いた。
「おっ、うめーな」
 ガツガツと目の前のチャーハンを明は平らげいく。
「あ、そうだ。これ暫く預かってくんねえか?」
 明は脇にあるスーツケース軽く叩いた。
「何それ?」
「まぁ、私物だよ」
「押し入れにもでも入れといて」
明は押し入れを開けながら、
「おまえ、風俗でもやれば?」
そう言った。
「はぁ? 何言ってんの?」
「髪切ったらいい男になったじゃねーか。おまえ、ガキの頃は可愛かったもんな」
 押し入れに体半分を突っ込み、スーツケースを押し込んでいる明の背中を睨んだ。
「体売れば月百万くらいはあっという間だぜ? それ三ヶ月我慢すれば、借金チャラだ」
 明は押し入れを閉め、振り返るとニヤリと笑った。
「体売るって……俺、男だよ!」
「そういう風俗もあんだよ」
「だったら兄さんがやれよ!」
「俺は無理だよ。おまえ、わりと綺麗な顔立ちしてるから、いけるって」
(三ヶ月で借金返済か……)
 一瞬、そんな考えが過り、それを慌ててかき消した。

「それ以上、変な話しするなら出てって」
「冗談だよ」
「仕事はしてるの?」
 タバコをふかしている明に尋ねると、
「もう少し経てば、デカい仕事が入ってくるからよ。それが上手くいけば三百万の借金なんてあっという間にチャラだ」
 そう言ってニヤリと明は笑った。
「何それ? 危ない仕事?」
「大丈夫だって! 心配すんな!」
 そんな兄の言葉など信じられるはずもなかった。

 明は畳の上にゴロリと寝転がり、しばらくするとイビキをかいて寝始めた。
 涼は一つ息を吐くと、押し入れから掛け布団を取り出し、明にかけてやった。
 こんなどうしようもない人間だが、自分にとってはたった一人の肉親だ。強く突き放せばいいのにそれができない。
 今はこんな風になってしまったが、幼い頃は良く遊んでくれたし、虐められて泣いていれば、虐めた相手に仕返しに行ってくれたりもしたのだ。本当は優しいところもある。根は腐ってはいないと思いたかった。

それから一か月程が過ぎ、佐川とは共に過ごす日々が増えた。食事だけではなく、時折街に出て映画を見たり買い物をしたりデート紛いな事をする事もあった。
 そして毎回、涼の自慰行為のオカズはすっかり佐川に定着していた。そこまでくればさすがに自分の気持ちにも気付かないわけがない。
(俺、佐川さんが好きなんだ)
 気持ちを告げようとは思わない。こうして一緒に過ごせるだけで幸せだった。


 その日、仕事から帰った涼は部屋の前で佐川と明が話しているの目撃した。驚いた事に佐川が財布から金を出し、それを明に渡していたのだ。

 その事を佐川に問い詰めると、気まずそうに視線を逸らした。
「で、どういう事ですか?」
 テーブルを挟んで佐川と向き合う。
「白瀬くんからお金を借りるのをやめてくれって言ったんだ。お金が必要な時は代わりに俺が貸すからって」
「いつから?」
 発した声はわずかに震えていた。
「一ヶ月くらい前から、かな……」
「そんな前から?!いくら貸したんですか?」
「ごめん、それは勘弁して」
 佐川は苦笑いを浮かべている。
「なんでそんな事……! 佐川さんには関係ない!」
 酷く惨めになり、涙がポロポロと溢れた。

「関係ないなんて言わないでくれ! 君が辛い思いをしているのが耐えられなかった! 君が好きだから!」
 次の瞬間、佐川に抱きしめられていた。

「君の力になりたかったんだ」
「佐川さん……」
「好きなんだ、白瀬くんの事が!俺の事嫌いか……?」
 佐川の表情は今にも泣きそうで、酷く幼く見えた。
「嫌いなわけ……ないです」
「じゃあ、好き?」
「……はい」
 涼の返事と同時に、佐川に抱きしめられた。同時にキスをされ驚いていると、今度は何度も啄むキスが降ってきた。最後は深く口付けされ、その夜、涼は佐川に抱かれた。佐川は終始、涼を気遣い、体の至る所に優しく触れ、涼の人生の中で最も幸せな時間に思えた。

「もう、兄さんにお金を貸すのはやめて下さい……」
 佐川の腕の中で微睡みながら言うと、
「分かったよ」
 佐川は愛おしむ様に涼の髪に触れた。
「お金は俺が返します」
「気にしなくていい。それより少し眠るといい」
 その言葉と同時に涼は眠りに落ちた。

 その日を境に、佐川とは体を重ねる関係になった。好きな人に好きだと言ってもらえる幸せ、抱かれる幸せを噛み締めていた。
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