実りの神子と恋の花

稲葉千紗

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天花編

天狐は語る

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華陽はなびの狙いは、おヒメさまだったって」

 狐の千種ちぐさ用に用意された布のおもちゃを弄びながら人の姿をした千種が切り出した。
 実年齢はどうあれ、今の千種は私よりも小さな子供の姿である。特に違和感はない。
 むしろ絵面だけ見るのならば非常にほのぼのとしていて、ただの目の保養だ。
 話の内容は物騒だけど。

「それで、あの意味の分からない婚約解消発言につながるのかい?」
「そう。おヒメさまと言継ときつぐの婚約を解消させて、おヒメさまを孤立させようとしていたみたいだねぇ。ついでに皇室から放り出してしまえば、おヒメさまはどこか都から離れた尼寺に放り込まれるだろうと思っていたみたいなんだよ」

 尼寺に入ったら、ほら、後はもうどうにでもできるでしょ? なんて、千種がいい笑顔で怖いことを言い出した。
 正直聞きたくない。
 けれど、聞かなければいけない事なのだろう。私の名前が出ている。私が知らずにいていいことではないはずだ。

「……どうにでも、って……?」
「んー詳しく聞きたい?」

 意味深な視線を投げかけられて、こくりと喉が鳴った。
 覚悟を決めて頷けば言継が頭を撫でてくれる。

「教えて、千種」

 震える指先をごまかすように言継にしがみついて、そうして私は視線を千種に返す。
 千種の眼差しが心持ち緩められた気がした。

「彼女はね、おヒメさまの力がほしかったんだ」

 芽吹きを呼ぶ、実りを約束する、奇跡の力。
 それがほしくて、彼女は道を間違えたのだと千種は言う。

「五穀豊穣は、神と狐の管轄だからね。それを人の子が持つ事が許せなかったんだろう。おヒメさまの力は、華陽よりも強いみたいだから」

 だから、私は狙われた。理由は妬心。単純なのに制御が難しい、とても複雑な思いだ。
 華陽はまるでゲームでの景子のようだと思う。
 自分よりも強い力に焦がれて、自分よりも恵まれた存在を嫉んで、そうして過ちを犯す。
 あまりにも似すぎていて、思わず自分に重ね合わせてしまった。
 私は、そんなこと絶対にしないって心に誓っているけれど。

「それでね、おヒメさまの力を奪ってしまおうって考えたらしい」

 ゲームの事を考えていたからだろうか。続く千種の言葉に肌が粟立った。
 だってそれは、その考えは、本当にゲームの景子ではないか。
 知らず知らずのうちに腕に力がこもって、気が付けば言継の直衣に爪を立てていた。

「大丈夫だから、景子、息をして」

 そういわれて初めて、私は息を止めていたことに気が付いた。
 ゆっくりと、肺に溜まった空気を追い出しては新鮮な酸素を取り込む。
 何度か繰り返す段々落ち着いてきた。「やめるかい?」と問う千種に首を振って。そうして聞き出した華陽の行いは、ゲームの景子に用意された未来と酷似していたものだった。

「華陽が狙っていたのは、言継から捨てられて、皇室から追い出された後のおヒメさまらしいよ」

 だから、魅了の術を使ったのだそうだ。
 周囲を虜にさせて意のままに操る。大昔にとある妖狐が作り出したというそれは、狐の里でも禁術として封印されていたものらしい。
 けれど華陽は、使った。使ってしまった。
 すべては、私を追い込むために。

「まぁ、言継に術は効かなかったみたいだけどね。なんで?」
「……なんで効かなかったのかは私も知らないよ」
津守つもりの血? 愛の力? スゴイね! ボク尊敬しちゃう!」

 わーパチパチと白々しく手を叩く千種に、言継が冷めた視線をおくる。
 そんな事はいいから早く続きを話せと冷たい瞳が先を促していた。
 けれど、でもその先は、たぶん聞かなかった方が良かったのかもしれない。

「ちなみに華陽の計画ではみんなにポイっと捨てられたおヒメさまをもぐもぐむしゃむしゃして力を奪う予定だったらしいよ」

 千種は、言葉を選んでくれた。
 刺激が強すぎないよう、私に配慮して婉曲的な物言いで語られたそれは、けれど意味を理解してしまえばそういう事以外の何物でもなくて。
 私が逃げ出した未来は、確かにそこにあった。

「……血みどろ」

 私を抱きしめる言継の腕の感触だけが、私を現実に引き留めていた。
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