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幼少期編
出会うこと
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「寒いから、少しだけだよ」
「はぁい!」
言継の言葉に良い子のお返事を返して、私は庭におろしてもらう。
真っ白に染まったそこに足を踏み出せば、綺麗に足跡が付いた。雪の深さは、私の膝下くらいだろうか。結構厚い。
積もったばかりの新雪は柔らかくてふかふかだ。
なんだか楽しくなって、無意味な足踏みを繰り返してしまう。
はしゃぐ私の様子を、言継は優しいまなざしで見守ってくれた。
雪が降り出してからひと晩たった。
天気は晴れだけど雪はしっかり積もっているから、朝から雑色達が雪かきに奔走している。
この分だと、きっと内裏には物忌だという人が大量発生しているだろう。
こんな日に出仕したくないという気持ちはとてもよくわかるから、何も言うまい。
「雪が積もった日はいいね。ずっと景子と一緒にいられる」
ちろりと隣を見上げれば「どうせ仕事にならないから」と自主的に出仕を取りやめた言継がにこにこと笑っている。
きっと彼も私の部屋に泊まっていなかったら物忌だと言い出す人だ。間違いない。
「まいにち、いっしょなのに?」
未だに私は言継と一緒に寝ている。眉をひそめる乳母や女房たちは見ないふりだ。
だから言継とは毎日のように顔を合わせているのだ。それこそ、実の母よりもずっと多くの時間を共有している。
「それでも、ずっとじゃないでしょう?」
それなのに、言継は不満だと言う。片時も離れていたくないなどとは、まるで恋人へ贈る愛の言葉のようではないか。
……ちがう。たぶんあれはペットを猫可愛がりする飼い主とか、そういう感覚だから……!
思わず熱くなった頬に雪を当てて誤魔化す。
すると言継が、それは冷えるから駄目だよ、と腕を伸ばしてきた。握られた手が、温かい。
……これ、いま、私、絶対真っ赤になってるやつだ。
甘くなった空気に、顔が上気していくのを感じる。ついさっき雪で冷やしたはずなのに、すでに熱い。今ならお湯も沸かせそうだ。
「真っ赤になってしまったね。寒いのかい?」
ついさっき、雪で頬を冷やしているところを目撃しているにもかかわらず、この問いかけである。
絶対わかっていて言っているとしか思えないそれに、私はどう返せばいいのかわからない。
……誰か助けて。この勘違いしか呼ばない桃色の空気をどうにかして。
心からそう願うものの、残念ながら近くに人はいない。
言継は絶句する私を嬉しそうに眺め、それからおもむろに抱き上げた。
顔が、近づく。
細められた目が何だか艶っぽい気がする。
そんな眼差しを向けられて、私は既にいっぱいいっぱいだ。虫の息ともいう。
もう本当に勘弁してくださいと泣きが入った、その時だった。
「おやまぁ、面白い魂を持った子がいるねぇ」
声がした。
高いようで、低い。女とも男ともつかない、不思議な声。
声変わり前の少年のようでもあるが、それもまたどこか違う。
ぞわりと、背筋を寒気が駆け上がっていく。
思わず目の前にある服に縋り付くと、言継は私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……誰だ」
言継が誰何する。
私には向けられたこともないような、厳しい声だった。
「さぁ、だれだろうねぇ」
カサリと木が揺れる。それに合わせて、枝に積もった雪がいくらか落ちてきた。
白い塊がゆらりと動いて。
そうして私は気付く。
枝からこぼれた白は、落ちたわけではない。下りてきたのだという事に。
「……狐」
小さな、小さな狐だった。
おそらく、今の私でも抱えることが出来るくらいの大きさ。一般的に仔ぎつねと呼ばれるであろうソレは、金の目を細めてニヤリと笑う。
「そんなに警戒しなくても、ボクは何もしないよ」
真っ白な体毛に、尾が四本。
人の言葉を操る不思議な狐は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「ただ、君達の事を側で見てみたくなっただけさ」
まるで人のようなしぐさで首をかしげる狐の姿に、覚えたのは既視感。
「……ちぐさ」
思わずこぼれた名前に、狐はまるで肯定するかのように笑みを深めた。
「ああ、やっぱり。おヒメさまは知ってるんだねぇ」
天狐、千種。
それは、前世で私が夢中になった例のあのゲームに出てくる隠しキャラクターと呼ばれた存在だった。
「はぁい!」
言継の言葉に良い子のお返事を返して、私は庭におろしてもらう。
真っ白に染まったそこに足を踏み出せば、綺麗に足跡が付いた。雪の深さは、私の膝下くらいだろうか。結構厚い。
積もったばかりの新雪は柔らかくてふかふかだ。
なんだか楽しくなって、無意味な足踏みを繰り返してしまう。
はしゃぐ私の様子を、言継は優しいまなざしで見守ってくれた。
雪が降り出してからひと晩たった。
天気は晴れだけど雪はしっかり積もっているから、朝から雑色達が雪かきに奔走している。
この分だと、きっと内裏には物忌だという人が大量発生しているだろう。
こんな日に出仕したくないという気持ちはとてもよくわかるから、何も言うまい。
「雪が積もった日はいいね。ずっと景子と一緒にいられる」
ちろりと隣を見上げれば「どうせ仕事にならないから」と自主的に出仕を取りやめた言継がにこにこと笑っている。
きっと彼も私の部屋に泊まっていなかったら物忌だと言い出す人だ。間違いない。
「まいにち、いっしょなのに?」
未だに私は言継と一緒に寝ている。眉をひそめる乳母や女房たちは見ないふりだ。
だから言継とは毎日のように顔を合わせているのだ。それこそ、実の母よりもずっと多くの時間を共有している。
「それでも、ずっとじゃないでしょう?」
それなのに、言継は不満だと言う。片時も離れていたくないなどとは、まるで恋人へ贈る愛の言葉のようではないか。
……ちがう。たぶんあれはペットを猫可愛がりする飼い主とか、そういう感覚だから……!
思わず熱くなった頬に雪を当てて誤魔化す。
すると言継が、それは冷えるから駄目だよ、と腕を伸ばしてきた。握られた手が、温かい。
……これ、いま、私、絶対真っ赤になってるやつだ。
甘くなった空気に、顔が上気していくのを感じる。ついさっき雪で冷やしたはずなのに、すでに熱い。今ならお湯も沸かせそうだ。
「真っ赤になってしまったね。寒いのかい?」
ついさっき、雪で頬を冷やしているところを目撃しているにもかかわらず、この問いかけである。
絶対わかっていて言っているとしか思えないそれに、私はどう返せばいいのかわからない。
……誰か助けて。この勘違いしか呼ばない桃色の空気をどうにかして。
心からそう願うものの、残念ながら近くに人はいない。
言継は絶句する私を嬉しそうに眺め、それからおもむろに抱き上げた。
顔が、近づく。
細められた目が何だか艶っぽい気がする。
そんな眼差しを向けられて、私は既にいっぱいいっぱいだ。虫の息ともいう。
もう本当に勘弁してくださいと泣きが入った、その時だった。
「おやまぁ、面白い魂を持った子がいるねぇ」
声がした。
高いようで、低い。女とも男ともつかない、不思議な声。
声変わり前の少年のようでもあるが、それもまたどこか違う。
ぞわりと、背筋を寒気が駆け上がっていく。
思わず目の前にある服に縋り付くと、言継は私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……誰だ」
言継が誰何する。
私には向けられたこともないような、厳しい声だった。
「さぁ、だれだろうねぇ」
カサリと木が揺れる。それに合わせて、枝に積もった雪がいくらか落ちてきた。
白い塊がゆらりと動いて。
そうして私は気付く。
枝からこぼれた白は、落ちたわけではない。下りてきたのだという事に。
「……狐」
小さな、小さな狐だった。
おそらく、今の私でも抱えることが出来るくらいの大きさ。一般的に仔ぎつねと呼ばれるであろうソレは、金の目を細めてニヤリと笑う。
「そんなに警戒しなくても、ボクは何もしないよ」
真っ白な体毛に、尾が四本。
人の言葉を操る不思議な狐は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「ただ、君達の事を側で見てみたくなっただけさ」
まるで人のようなしぐさで首をかしげる狐の姿に、覚えたのは既視感。
「……ちぐさ」
思わずこぼれた名前に、狐はまるで肯定するかのように笑みを深めた。
「ああ、やっぱり。おヒメさまは知ってるんだねぇ」
天狐、千種。
それは、前世で私が夢中になった例のあのゲームに出てくる隠しキャラクターと呼ばれた存在だった。
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