7 / 32
幼少期編
藪をつつくこと
しおりを挟む私が能力に目覚めた事は、大いに内裏を騒がせた。
とはいっても大臣や大納言など高位の、それも信頼のおける人物にしか話してはいないそうだ。私の身の安全のため、広めるつもりもまだないらしい。
それでも結構な騒ぎになってしまったと言継が教えてくれた。
人の口に戸は立てられない。いくら早朝とはいえ、いや、早朝だからこそ人はいるのだ。庭に花が咲き乱れる様子はしっかりと目撃されていたらしい。
女房が総出で花を摘みに走り、証拠隠滅をはかったところで限界はある。桜などの花木はごまかしようがなかった。
私が花を咲かせたと広く知られなかっただけ幸いだろう。
という事で私は現在、守宮のお屋敷に避難している。
またいつ花を咲かせるかわからないからだ。立派な危険物扱いである。否定はしない。
ちなみに言継は現在、父である守宮と共に内裏を走り回っているはずだ。私の件で。
申し訳ないと思いつつも二歳児にできる事は少ない。と言うよりない。
おとなしく帰りを待ち、出迎えと同時に「にいさまありがとう」と伝えるのが精いっぱいだ。心してつとめようと思う。
「あの子がこんなに可愛らしい姫を連れて来るとは思わなかったわ」
私が咲かせた山吹の花を手に微笑むのは守宮の北の方で名は智子。言継の母だ。
事情を説明しても「あらあらそれは大変」で流し、うっかり目の前で花を咲かせても「まぁ綺麗」ですます。おっとりしているように見えてなかなかに豪胆な人である。
今も花を活けながら「少し白がほしいわね。景子ちゃん、咲かせてくれないかしら」などとのたもうている。強い。
ご要望の通りに白い花を咲かせて手渡せば、ありがとうと頭を撫でられた。
「……きみがわるくは、ないのですか?」
問えば、智子は首をかしげる。
「何故? 素敵な力なのに」
心からそう思っているのだろう。答える声は凪いでいる。力が原因で遠巻きにされることは無さそうだ。
私がほっと息をつくと、智子は目を瞬かせた。
「誰かに言われたの?」
「……いえ」
言われてはいない。こぼれ聞いただけだ。
内裏を出るために牛車の用意をさせている途中、雑色達がそう噂しているのが聞こえた。
一緒にいた言継が「気にすることはない」言ってくれたが、その言葉は私の心に重く沈んだ。
ゲームではそんな場面なかったからだ。
言われて初めてこの力を気味悪く思う人もいるのだと知った。
「景子ちゃんの力は、とても素敵。きっと神様がくれたのね」
口ごもったきり黙ってしまった私に何を感じたのだろう。
智子がそれ以上深く聞いてくる事はなかった。
代わりに、器に活けたばかりの花を見せてくれる。
「さぁ、できたわ。これはね、景子ちゃんのお部屋に飾るのよ」
黄色と橙色をふんだんに使った、秋らしい飾り花である。
秋らしいのに、使っている花は春や夏の花と言うのが面白い。だいたい私のせいだ。
かわいらしいでしょう? と、はしゃぐ智子に笑顔を返して、はたと気付く。
私は部屋を借ても良いのだろうか?
言継はここでも一緒に眠ると言っていたから、彼の部屋に居候でも私は構わない。
「わたしのおへやは、ときつぐにいさまといっしょ?」
智子が固まった。
「景子ちゃん、それは、あの子が言ったのかしら?」
「いっしょにねるの」
「なんてこと……!」
目の前で季節外れの花が咲いても笑っていた智子が悲鳴を上げる。
どうやら彼女にとってそれは花を咲かせる子供よりも非常識な事らしい。
……ごめんなさい。言継兄様、一緒に寝てる事は言ってなかったんだね。
心の中で言継に平謝りをしながら私は必死に言い訳をする。
ずっと悪い夢にうなされていた事。
眠れなくて苦しかった事。
言継と眠るととてもよく眠れる事。
ついでに、最近は寒くなって来たので一緒に眠れると嬉しいなーと思っている事も伝える。
智子が頭を抱えてしまった。何故だ。
「一度、あの子ときちんとお話する必要があるかしら」
ふふふと笑う顔が怖い。
どうやら私は藪をつついてしまったらしい。顔を出した蛇をどうやって返そうかと頭をひねるが、良い考えは思い浮かばなかった。
言継が帰ってきたと知らせが来たのはそんな時だった。
さっそくお説教を開始しようと構える智子の耳に私の言葉は届かない。
……あああこれ、ダメなやつ……!
泣きそうになりながら出迎えに向かう智子の後を追う。
どんな雷が落ちるのかとびくびくしていたが、結局雷は落ちなかった。
落とせなかった、が正しいかもしれない。
言継は、客人を連れていたのだ。
「景子、陰陽博士殿をお連れしたよ」
そういって言継に紹介されたのは、人の良さそうな顔立ちの優しそうな人だった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる