実りの神子と恋の花

稲葉千紗

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幼少期編

藪をつつくこと

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 私が能力に目覚めた事は、大いに内裏を騒がせた。
 とはいっても大臣おとどや大納言など高位の、それも信頼のおける人物にしか話してはいないそうだ。私の身の安全のため、広めるつもりもまだないらしい。

 それでも結構な騒ぎになってしまったと言継ときつぐが教えてくれた。
 人の口に戸は立てられない。いくら早朝とはいえ、いや、早朝だからこそ人はいるのだ。庭に花が咲き乱れる様子はしっかりと目撃されていたらしい。
 女房が総出で花を摘みに走り、証拠隠滅をはかったところで限界はある。桜などの花木はごまかしようがなかった。
 私が花を咲かせたと広く知られなかっただけ幸いだろう。

 という事で私は現在、守宮もりのみやのお屋敷に避難している。
 またいつ花を咲かせるかわからないからだ。立派な危険物扱いである。否定はしない。

 ちなみに言継は現在、父である守宮と共に内裏を走り回っているはずだ。私の件で。
 申し訳ないと思いつつも二歳児にできる事は少ない。と言うよりない。
 おとなしく帰りを待ち、出迎えと同時に「にいさまありがとう」と伝えるのが精いっぱいだ。心してつとめようと思う。



「あの子がこんなに可愛らしい姫を連れて来るとは思わなかったわ」

 私が咲かせた山吹の花を手に微笑むのは守宮の北の方で名は智子ともこ。言継の母だ。
 事情を説明しても「あらあらそれは大変」で流し、うっかり目の前で花を咲かせても「まぁ綺麗」ですます。おっとりしているように見えてなかなかに豪胆な人である。
 今も花を活けながら「少し白がほしいわね。景子ちゃん、咲かせてくれないかしら」などとのたもうている。強い。
 ご要望の通りに白い花を咲かせて手渡せば、ありがとうと頭を撫でられた。

「……きみがわるくは、ないのですか?」

 問えば、智子は首をかしげる。

「何故? 素敵な力なのに」

 心からそう思っているのだろう。答える声は凪いでいる。力が原因で遠巻きにされることは無さそうだ。
 私がほっと息をつくと、智子は目を瞬かせた。

「誰かに言われたの?」
「……いえ」

 言われてはいない。こぼれ聞いただけだ。
 内裏を出るために牛車の用意をさせている途中、雑色達がそう噂しているのが聞こえた。
 一緒にいた言継が「気にすることはない」言ってくれたが、その言葉は私の心に重く沈んだ。

 ゲームではそんな場面なかったからだ。
 言われて初めてこの力を気味悪く思う人もいるのだと知った。

「景子ちゃんの力は、とても素敵。きっと神様がくれたのね」

 口ごもったきり黙ってしまった私に何を感じたのだろう。
 智子がそれ以上深く聞いてくる事はなかった。
 代わりに、器に活けたばかりの花を見せてくれる。

「さぁ、できたわ。これはね、景子ちゃんのお部屋に飾るのよ」

 黄色と橙色をふんだんに使った、秋らしい飾り花である。
 秋らしいのに、使っている花は春や夏の花と言うのが面白い。だいたい私のせいだ。
 かわいらしいでしょう? と、はしゃぐ智子に笑顔を返して、はたと気付く。
 私は部屋を借ても良いのだろうか?
 言継はここでも一緒に眠ると言っていたから、彼の部屋に居候でも私は構わない。

「わたしのおへやは、ときつぐにいさまといっしょ?」

 智子が固まった。

「景子ちゃん、それは、あの子が言ったのかしら?」
「いっしょにねるの」
「なんてこと……!」

 目の前で季節外れの花が咲いても笑っていた智子が悲鳴を上げる。
 どうやら彼女にとってそれは花を咲かせる子供よりも非常識な事らしい。

 ……ごめんなさい。言継兄様、一緒に寝てる事は言ってなかったんだね。

 心の中で言継に平謝りをしながら私は必死に言い訳をする。

 ずっと悪い夢にうなされていた事。
 眠れなくて苦しかった事。
 言継と眠るととてもよく眠れる事。
 ついでに、最近は寒くなって来たので一緒に眠れると嬉しいなーと思っている事も伝える。

 智子が頭を抱えてしまった。何故だ。

「一度、あの子ときちんとお話する必要があるかしら」

 ふふふと笑う顔が怖い。
 どうやら私は藪をつついてしまったらしい。顔を出した蛇をどうやって返そうかと頭をひねるが、良い考えは思い浮かばなかった。



 言継が帰ってきたと知らせが来たのはそんな時だった。
 さっそくお説教を開始しようと構える智子の耳に私の言葉は届かない。

 ……あああこれ、ダメなやつ……!

 泣きそうになりながら出迎えに向かう智子の後を追う。
 どんな雷が落ちるのかとびくびくしていたが、結局雷は落ちなかった。
 落とせなかった、が正しいかもしれない。

 言継は、客人を連れていたのだ。

「景子、陰陽博士殿をお連れしたよ」

 そういって言継に紹介されたのは、人の良さそうな顔立ちの優しそうな人だった。
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