神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

03 ー 三種の神器

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 アレクセイの圧に負けた誠は、話すという選択肢以外を持てなかった。フレデリクに助けを求めても、これ以上弟を怒らせたくないのだろう。そっと視線を逸らされてしまった。誠は見捨てられたのだ。
 この野郎と恨みがましくフレデリクを睨みつけてやったが、黒豹は何事も無かったかのようにローゼスに紅茶を用意するよう伝えていた。
 どうしようかと悩んでも、隣からの冷凍ビームが痛い。いつでも逃げられるように腰を浮かそうにも、その気配を感じたアレクセイに肩を抱き込まれているのでそれも難しい。観念した誠は、以前目の前の二人に託した鱗のことを白状したのだった。

「…ほぉ」

 アレクセイが猫科の獣人なら、尾をビタンビタンと床に叩きつけていることだろう。怒りで耳を後ろに倒した狼はジト目で向かい側の猫系獣人を見ていた。

「いや、ほら…後攻の憂いを無くす意味で…さぁ…」

 部屋の空気が冷たい。ローゼスが淹れてくれた紅茶は、急速に冷たくなっていった。
 誠が何とか宥めようとしても、一向に機嫌は良くなってくれない。それもそうだろう。自分の知らないところで、自分のことを勝手に考え守ろうとされていたからだ。
 けれどこの件に関しては、誠は一歩も引きたくないし引けない。フレデリクに何かあれば、アレクセイが動けない。逆もそうだ。それにローゼスに何かあればフレデリクは手足も出ないだろう。
 けれどこの兄弟は、政と騎士団のためなら私情を捨てるはずだ。
 身を引きちぎられそうな思いをしたため、騎士団としての仕事を全うするだろう。そして己の兄弟やツガイに何かあれば、悲しみに暮れるだろう。
 そうなってほしくないから、だ。
 フレデリクからはほんのりヤンデレ臭がするし、アレクセイは他人から見たら冷徹らしいが、絶対に直情型だ。何かあれば…の後を想像するのが怖い。
 どう説得させようかと困っていると、アレクセイは更に力を込めて自分の体に誠を押し付けるように密着させてきた。

「だが、マコトの鱗で…しかもお揃いとは…」
「…え?」

 誠は固まった。
 もしかして、お揃いが気に入らなかったのだろうか。そんなまさか。
 何度か瞬きをしてアレクセイを見上げると、その頬は少しだけピンクに染まっていた。

「あのさぁ…もしかして、お揃いってのが気に入らない…とか?」
「…少しな」

 今度こそ両腕で抱きしめられた。視界の端では、フレデリクがアレクセイに見せつけるように鱗のペンダントを揺らしている。
 ローゼス頼む、その腹黒帝王を殴ってくれ。そう念じてみても、ローゼスはうっとりとフレデリクを眺めていた。
 神も仏も無い。誠は正にそう確信していた。
 そしてこの独占欲丸出しの狼に呆れ、同じくらい可愛いとも思っていた。

「バカじゃね?」

 口から出たのは、そんな皮肉だ。けれどアレクセイは吹っ切れているのか、「そうだ」と肯定した。

「お揃いは…別にかまわない。兄上とローゼスだからな。だが、それがマコトの鱗とは…。なぜマコトの体の一部を兄上達が持っている?」
「…アレクセイが気に入らないのは、そこ?」
「ああ。…マコト。以前手の甲を気にしていた時があったな。外傷が無かったから料理のしすぎだと思っていたが、もしかして…」
「いやいや…考え過ぎだって。別にもう痛くないし」

 そこまで言った誠は、己の迂闊な発言によってアレクセイの目つきが鋭くなったことに気付いた。これでは火に油だ。
 アレクセイは誠の手を持ち上げると、指先と手の甲に唇を落とした。

「いいかマコト。俺は君が強いことを知っている。だが、自ら怪我を負うようなことは許さない。兄上とローゼスを守ろうとしてくれたことは、感謝している。けれど君には怪我も痛みも負って欲しくないんだ」
「でも…」

 そうしないと、お前が自由に動けないだろう。そう言おうとしたが、アレクセイの指で唇を押さえられてしまったために、誠は何も言えなくなってしまった。

「でも?何だ。逆の立場で考えろ。お守りを作るために、俺が痛みに耐えて尻尾の毛を毟る。その時、君はどう思う?」

 それは嫌だ。アレクセイのフサフサで綺麗な尾にハゲができるのも、ボサボサになるのも許せない。それに、アレクセイが傷つくのも嫌だ。
 誠は素直に謝った。

「…ゴメン」
「ああ」
「でも、結果的にはアレクセイを守ることだから、後悔はしてない」
「マコト…!」

 両肩を掴まれた。
 そのまま謝ってしまえば、この場は丸く収まっただろう。けれどうやむやにさせたくない。相手がアレクセイだから、きちんと伝えなければならない。そう思っているからだ。
 アレクセイのアイスブルーは、冷たく光っている。これは本格的に怒っている証拠だ。誠は真っ直ぐに対峙した。

「龍神の鱗には、守りの加護がある。騎士団の頭脳で権力者でもあるオニーチャンが無事じゃないと、現場の責任者であるアレクセイは自由に動けないだろ。あっちもこっちも問題だらけじゃ、大変じゃん」
「…だが」

 アレクセイが眉間に皺を寄せながら何かを言おうとすると、向かい側からフレデリクがやっと弟を止めてくれた。

「アレクセイ。ツガイを大切にしたいのは分かるが、マコトの気持ちも汲んでやってくれ」
「兄上…!そうは言いますが」
「現に先日、このリュウジンの鱗が毒を防いでくれた。それに、私に毒を盛ろうとしたバカな貴族も潰せたしな。少しは王都騎士団にたかる蠅を追い払えたし、それに追随しようとする能無し共の抑制にもなった」
「…その件に関しては、聞いてませんが」
「ああ。言ってないし、私は無事だったからな。お前に心配をかけたくなかった。お前には伸び伸びと職務に従事して欲しいのだよ」
「その分、兄上が全ての泥を被る、と?」
「それが私の得意分野だからな。忘れるなアレクセイ。私には王位に近い権力がある。それを正しく行使するには、悪意を跳ね除ける力がないといけないのだよ」
「公爵家である俺にも同じことが言えるのですが」
「そうだろうな。けれどお前は真っ直ぐだ。少しは奸計を巡らすだろうが、思うままに進んで欲しい。そして私はお前の兄だ。弟の憂いを晴らすのは、兄の役目だろう?」
「貴方にも、何の憂いもなく騎士団内での地位を築いて欲しいと思ってますがね」

 アレクセイが冷めた目つきのままフレデリクを睨むと、フレデリクは片方だけ口角を上げた。

「築いているさ、大丈夫だ。私には子飼いの部下も居るし、頼りになる側近でありツガイのローゼスも居る。そしてアレクセイ、お前も居る。そのツガイであるマコトもそうだ。この最強の布陣があるのだ。誰が私を屈服させることができる?」
「……」

 フレデリクが笑を濃くする度に、アレクセイの口は閉じていった。
 ご機嫌な黒豹の尾はゆらゆらと揺れながら、何度かローゼスの頬を撫でている。おそらく本当に楽しいのだろう。
 アレクセイはわざとらしく溜息を吐くと、いきなり氷の塊をフレデリクにぶつけた。しかし寸でのところで塊は霧散した。ローゼスの結界ではない。誠が渡した鱗の作用だ。

「…今の状況を、楽しんでいるのですか?」
「ああ、楽しいな。元は国に捧げるはずの命だ。それを愛しい伴侶と可愛い弟達にも捧げられるんだ。こんな楽しいことはないぞ。お前も下に二人弟が居るだろう?私の気持ちが分かるはずだ」
「そうですね…。あの二人の憂いを晴らすためなら、俺もどんな手を使うか分かりません」
「だろう?マコトが協力してくれたのは、お前という存在があるからだ。だったら私は安心して"マコト"という手段を使うし、その対価は十分に払うさ。マコトもまた、私の大事な弟だからな」

 妙に饒舌なフレデリクと視線が合う。パチリとウインクを寄越されたが、誠は苦笑いを浮かべるだけだった。
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