神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

05 ー 戦う料理番

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 妖怪は、闇から生まれるものもある。魔獣も魔素溜まりから生まれるものがあると聞いたが、妖怪と魔獣は似て非なるものだ。
 魔素のうねりが止まった。その中から出てきたのは、今までに見たこともないくらい大きなオークだった。

「げ…不味そう」

 レビの呟きに、誠も頷いた。通常のオークならただの美味しい豚肉と変わらないが、魔素溜まりから現れたオークは腐った緑色をしていた。だらしなく開いた口からは涎が垂れており、凶暴そうな牙が伸びている。とても食肉だとは思えないし、食べたいとも思えない。

「班長、鑑定したら食用不可と出ました」
「それは不味いだろうな」

 レビの言葉にアレクセイは真面目に返した。
 軽口が叩けるということは、彼らはまだ余裕だということだ。冷静さを失ってない彼らを、誠は頼もしく思った。
 アレクセイは前を向いたまま、剣を構え直した。

「これで、亜種は魔素溜まりから生まれるということが立証されたな。まずはいつもの戦法で小手調べだ。何か異変が起こったら、すぐに引け。自分達の安全が第一だ」
「了解」

 レビ達は口々にそう言うと、獲物を構え直した。
 アレクセイがこちらを見たので、誠は結界を解除した。すぐさまオークの嫌な気配が、肌をピリピリとさせる。その不快感に眉を顰めながら、誠も鉄扇を構えた。
 それを見たアレクセイは、「行くぞ」と号令をかける。レビ達はすぐさまオークに向かって行った。
 オスカーは上空から。アレクセイ達は地上から。それぞれ魔法と獲物を駆使し、オークの力を削ぎ落としていく。
 いつぞやの亜種のように、口から閃光を吐こうとしたが、ドナルドが魔法で岩を作り出してその口に詰めた。
 そのせいで体制を崩したオークに、左右からレビとオスカーが斬りかかる。反撃に出ようとしたオークだが、自分の体の殆どが氷漬けになっているのに気付く前に誠とオスカーが風魔法で首を落としてしまった。

「…生まれたての亜種って、弱いんだな」

 オスカーが釈然としない様子で地上に降りてきた。誠も同意見だ。皆の隙のない連携があったから余計にそう見えたのだが、それにしても、だ。

「それ、俺も思った。弱かったですよね。ドナルドが口を塞いだのも大きかったけど」
「そうですね、僕もそう思いました。あと、マコトさんのご飯をまた食べることができたから、体のキレが良くなったのもあるのかも」

 レビとルイージも集まってきた。ぱっと見ただけでも、誰にも大きな怪我が無いことに安堵する。誠は安堵すると、アレクセイに視線を向けた。

「今夜はこの辺りで野宿?」
「そうだな。まだ魔素も濃い。調査班が来るまで見張るしかないな」

 アレクセイは溜息混じりでそう言った。そして魔素溜まりの中心に目印として木の棒を立てて終了だ。何だか酷く呆気なかったが、何事もなく調査班に引き継げればそれで良い。
 誠は皆に手伝ってもらいながら、夜食の準備を始めた。
 焚き火の周りで一睡もせずに夜が明けるのを待っていたのだが、誠が気付いた時には一面柔らかな銀色の世界だった。一瞬にして、目が覚める。体を起こすと、その銀色が獣身になったアレクセイの被毛だということに気が付いた。

「起きたか」

 アレクセイはマズルを誠の顔に近付け、ペロリと頬を舐めた。

「うん…おはよ。そんでもって、ごめん」
「いや、かまわない。疲れていたんだろう」

 周りを見ると、レビ達はニヤニヤとこちらを見ている。彼らはもう慣れっこなのだろうが、誠としては居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
 誠が立ち上がると、アレクセイも体を起こして伸びをした。そして人型になると、誠を背後から抱きしめてきた。

「俺の奥さん。今日の朝ご飯は何だろうか」

 昨夜、緊張下の中で魔獣の亜種と対峙した翌朝とは思えない甘さだ。誠は耳を押さえながら、するりとその腕から抜け出した。

「チーズ入りのスパニッシュオムレツ、作ってやるよ」

 その声が聞こえたのか、レビ達からは歓声が上がった。
 昨夜よりも魔素の少なくなった山には、小鳥達が戻ってきたようだ。その歌声をBGM代わりに、誠はせっせと朝食を作っていた。
 トーストしたパンにバター。ポトフ。厚切りのベーコン。チーズとほうれん草、ニンジンが入ったスパニッシュオムレツ。背後を見なければ温かい朝食の図なのだが、いかんせんオークの亜種の死体はそのままだ。
 皆は慣れているのか、いつものようにワイワイと朝食を貪っていた。けれど、アレクセイやレビ達の耳はピンと立っているので、警戒は続けているのだろう。ゆっくりと食事を摂りたい誠としては、彼ら騎士団の職務に対する忠実さに感心しながらも、大変だなと心の中で労っていた。
 朝食の匂いがまだそこら中に漂う頃、やっと調査班が到着した。ミョート村で見た獣人も何人か混ざっている。彼らは朝食が済んでしまっていることに、がっくりと肩を落としていた。
 その様子に他の調査班の獣人が、どうしたんだと訝しんでいた。

「マコト君のご飯、一度食べると忘れられないからね」

 オスカーがその様子を見ながら笑っていた。
 今回の調査班の班長と話し合っていたアレクセイが、こちらに戻ってきた。どうやら無事に引き継ぎは終わったらしい。このまま村に戻っても良いそうなのだが、誠はアレクセイに相談を持ちかけた。

「…彼らの朝食を?」
「そう。何か可哀想だし…」

 誠が調査班の方を向くと、アレクセイもつられて見た。そこには調査班数人がまだ項垂れたまま、悲壮感たっぷりに「ご飯…」とぶつぶつ呟いている。

「…ああ、ミョート村に来ていた連中か」

 合点がいったのか、アレクセイは視線を誠に戻した。

「まあ、アイツらは研究に没頭するがあまり、よく食事を抜くと聞いているしな。食べないと頭も回らないし、マコトは空腹の奴を見過ごせないんだろう?」

 さすがはアレクセイ。誠のことを、かなり分かってくれている。誠はそうだと頷くと、アレクセイは少し待っていろと言い残してまた調査班の班長のところに行くと、一言二言話し、こちらを向いて頷いた。
 どうやらお許しが出たみたいだ。
 誠は片付け途中だったバーベキューコンロに火をくべると、早速調理に取り掛かった。

「…班長、もしかして調査班も餌付けしようとしてます?」

 誠の手伝いをしていたオスカーが、こちらに戻ってきたアレクセイに聞いた。

「ああ。寮の食堂改革を行うのに、モデルケースは多い方が良いだろう?食堂の料理人達が、アイツらは本当に飯を食いに来ないと嘆いていた。マコトに胃袋を掴んで貰えば、更に上に話を通しやすくなるだろう」
「なるほど。しっかり飯を食わせて、馬車馬のように働かせようっていう魂胆っすね」
「…少し違うがな。マコトの味方を作りたいだけさ」

 誠はアレクセイとオスカーのそんな会話をよそに、てきぱきと朝食を作り続けていた。そして前回ミョート村で誠のご飯を食べたことのある面々はもちろんのこと、今回初めて誠のご飯を食べた面々からも、密かに拝まれていたことを誠は知らないのであった。


 村に戻ると、日常が戻ってきたように思える。この村の朗らかな空気に触れていると、数時間前に起こった出来事が嘘みたいだ。
 邸に着いて一服してから、アレクセイ達は村の周辺の見回りに向かうと言った。
 魔素溜まりは調査班が。それによって魔獣の行動パターンが変わる恐れがあるので、村の周辺の警戒はアレクセイ達が。また後で警備要員が到着するそうだが、それまではアレクセイ達が繋ぐらしい。だったら自分もと誠は立ち上がったが、それはアレクセイに止められてしまった。

「何で?」
「俺達はこうしたことに慣れている。けれど、君は違うだろう?」
「けどさぁ…」

 納得できない誠は、食い下がった。今回の同行は、アレクセイ達の料理番としてだけではない。自分も戦力の一つとして数えられているのだ。だったら、しっかりとその役目を全うしたい。
 その思いを組んでなお、アレクセイは誠の肩を押さえて椅子に座らせた。

「徐々に慣れていけば良い。マコトは疲れをしっかり癒すこと。これも仕事のうちだ」
「…分かった」

 そう言われてしまえば、引き下がるしかない。ここで無理にことを起こせば規律を乱してしまうし、何かあった時に咄嗟の判断が鈍る恐れもある。
 アレクセイは誠の手を取ると、いつものように指先にキスを落とした。

「それに君には大役があるだろう。俺達の胃袋を握っているのはマコト、君だ」
「…だね。分かった。美味い飯作って待ってるから、怪我なく帰ってきてください」
「了解」

 アレクセイは柔らかく笑うと、誠の頬にキスを落とした。
 誤魔化された気がしないでもないが、誠の体力は無限ではない。今回はアレクセイの指示に従うが、ランニングなどをして体力増加を目指した方が良いのかもしれない。
 誠はそう考えながら、アレクセイ達を見送った。
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