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ショコラの接吻
09 ー 黄金のもなか
しおりを挟む日本だと、フレデリクの発言はセクハラとして扱われるかもしれない。いや、宴会の席での発言だ。それでも若い女性には嫌悪されるだろうし、脱童貞などと極プライベートなことを暴露されるなんて最悪だ。
誠はアレクセイの様子を伺ったが、当の本人はケロリとしていた。慌てているのは周りだけだ。
そう言えば、レビ達はアレクセイフリークだったはずだ。この件に関してどう思っているのだろうと、そっと彼らを見回してみると、なぜか妙に興奮していた。
壁際に控えているシュナウツァー達も、心なしか興奮している。我関せずなのは、カーマインとカージナルだけだ。カージナルにいたっては、最初から黙々と料理を腹に収めている。その小柄な体の一体どこにと思わないでもないが、おそらく気に入ったのだと思いたい。
アレクセイは丁度良い機会だと呟くと、誠の手を取って立ち上がった。
「皆、聞いてくれ。俺達は、誠の家系流のツガイ契約を済ませていたが、先日ヴォルク家固有のツガイ契約も済ませた。これで晴れて、正式なツガイ同士になったことを、ここに報告する」
「…ほぉ。お兄ちゃんには事後報告か」
「そうですね。時間が惜しかったもので」
挑戦的に笑っているフレデリクに対し、アレクセイはどこまでも冷静なままだ。フレデリクは手に持っていたワイングラスを少し揺らした。
「母上達に報告は?」
「これからです。時間が惜しかったもので」
「弟達にも?」
「ええ。時間が惜しかったもので」
時間が惜しかったとやけに強調しているのが引っかかるが、もしかしたらアレクセイは先日ヴォルク家に訪問した時のことを、まだ根に持っているのではないかと誠は考えていた。
あのパワフルなスカーレットのことだ。ツガイ報告に行っても、それだけであっさりと終わらない気がする。アレクセイも同じことを考えているようだった。
「そうか。明日からの遠征から帰って来たら、ちゃんと家に報告をしなさい。いくらヴォルク家は性質的に政略結婚ができない家系とは言え、親に報告するのは義務だ」
「…分かっています。けれど俺は、まだ母を完全には許せない」
「だとしてもだ。父上にもマコトの顔を見せてやれ。その時はいくらあの母上と言えど、きちんと対応をしてくれるだろう」
珍しくフレデリクがまともなことを言っている。誠が少しだけ感動していると、ローゼスとカージナルは頬を上気させながら、フレデリクをキラキラした目で見ていた。
二人はフレデリク教の信者だったのを、誠はすっかり忘れていた。
「分かりました。冬になって騎士団が落ち着けば、父上も交えた席を設けます」
かなり遅い反抗期のような態度のアレクセイは、それだけ言うとどさりと椅子に座った。誠は優しく手を引かれて丁寧に座らされたが、頭に血が上っていても、そいうところだけは気を使えるようだ。
「…まぁ、俺は気にしてないから」
誠はアレクセイの膝を、ぽんぽんと叩いてやった。
「すまない…。でも、冬になったら、俺の父にも会ってくれないか?」
「もちろんだよ」
親だから、無遠慮に子供のボーダーラインを踏み越える時は多々あるのだろう。家族だからと言っても、それぞれに考え方は違うし、経験も違う。
きっとアレクセイは、今までのヴォルク家のやり方をいきなり誠に押し付けるなんてと怒ってくれている。
けれど自分のせいでアレクセイの家がギスギスなるのは嫌だし、スカーレットよりも面倒臭い相手を実家のカフェでたくさん相手をしてきたのだ。それくらい流せるようになっている。
これが経験値の差か、実は隠れ直情型だったアレクセイの性格かは分からないが、誠を大切にしたいがために暴走するのは間違っている。
誠にできる最善策は、アレクセイを冷静にさせることだろう。
そのためには、まずはこの場の空気をどうにかすることだ。アレクセイは冷静に見えていてもアイスブルーが妙に燃えているし、レビ達はレビ達で「やっとツガイ同士に…!」と盛り上がっている。ローゼスとカージナルは、ぼーっとした表情でフレデリクを見つめている。
「…何だこれ」
思わず呟いてしまった誠は悪くない。
唯一まともなカーマインは、皿を空にしてからフォークとナイフを置いた。
「マコトさん、デザートもあると伺っていますが」
できる副官は、空気を読むのが上手いようだ。助かったと思いながら、誠はカーマインの話に乗った。
「もちろん。もう食べますか?」
「ええ。こちらに伺う前に、ローゼスからマコトさんの料理やスイーツの話をたくさん聞いたので、興味があります。それに私、スイーツが好きなんですよ。何でもマコトさんの作るスイーツは、王都の有名菓子店とは比べ物にならないくらい美味しいとか」
ほんのり頬を染めたカーマインは、期待しているのだろう。
誠はコース料理だけではなく、デザートにも力を入れていた。いや、本業なのだから、一番気合を入れて作ったのだ。期待してくれているのなら、早く味わってもらいたい。
誠は席を立つと、皆の注目を集めた。
「えー、皆さん。これからデザートを出しますが、食べたい人は挙手をお願いします。まだ料理を食べたい人は、ちゃんと後から出すので焦らなくても大丈夫ですよー」
そう言うと、全員の手が上がる。まだ料理は残っているのに、もう良いのだろうかと思ったが、デザートの後でまた食べる人は食べるそうだ。
用意したのはケーキセットだ。店で出すよりも小さめに作ってあるので、彼らならペロリと食べるだろうと思ってのことだ。
スフレチーズケーキやムースのケーキもあるので、全部が全部どっしりとした食感ではない。全部で六種類作ったのだが、どれも彼らの口には合ったようで、誠はこっそりと安堵していた。
モンブランに使った栗は、先日ドナルドがくれた物だ。それを伝えると、「栗って凄いんですね」と栗のポテンシャルに驚いていたので、今度は栗ご飯と栗おこわを作る約束をしておいた。
宴もたけなわ…いや、料理がすっかり無くなったので、この晩餐会はお開きの空気が濃厚になっていた。けれど誰も席を立たない。口々に「美味かった」「スイーツ…」「肉…」と、空になった皿を見ながら呟いている。
それだけ自分の料理やスイーツに満足してもらえたなら、誠としては満足の一言だ。フレデリクは苦笑いを浮かべながら、締めの挨拶をしていた。
ぞろぞろと皆がエントランスに集まる。フレデリクとローゼスも今晩はこちらに泊まるようで、レビ達を見送るそうだ。
誠はアレクセイに目配せをして、預けていた箱をスクエアポーチから出してもらった。
「何だそれ?」
近くに居たオスカーから渡していく。
「前に言ってた、黄金のもなか…じゃなくて、コイン。もなかは今度な」
「マジか!やっぱ最高だぜ、マコト!」
オスカーは早速箱を開けると、中身を確認していた。何だ何だとレビ達やカーマイン、カージナルまでもがオスカーの周りに集まる。
「これは…!」
「…クッキー?」
一瞬、カーマインの目が光ったように見えたのは、気のせいだろうか。
誠は気を取り直して説明をしてやった。
「皆にお土産です。上の段はアレクセイが、一から作りました。下の段は俺が作ったクッキーです。コインに見立ててるのは、賄賂っぽく見せてるからですよー」
「マジかよ、班長の手作り…」
「もったいなくて食べられない…」
箱を持つオスカー達の手が震えている。遠征時の野営で、アレクセイが焼いた肉の丸焼きとかを食べているじゃないかと思ったが、それはそれで大変ありがたく思っているが、クッキーとなるとまた違うそうだ。
どこがどう違うのか分からないが、アレクセイフリーク達は尊敬の眼差しでアレクセイを見ていた。
「これはこれは…大変な賄賂を貰ってしまいましたね」
カーマインは笑いながら箱を受け取ってくれた。そしてカージナルは、目を輝かせながら、お礼を言ってくれた。
最後になったローゼスには、四箱渡した。フレデリクのと、ローゼスの仲間である他の二人の分だ。
「…ありがとう。ちゃんとアイツらにも渡しておく」
「おう」
全員に箱が行き渡ると、今度こそ本当にお開きだ。パタンと玄関の扉が閉まると、少しだけ寂しくなった。
そして今更気付いた。クッキーの箱はただの土産のつもりだったのだが、それが結婚式の引き出物みたいだということに。
確か引き出物はメインギフトと、引き菓子、縁起物を加えた二、三品を贈るものだったはずだ。引き菓子にはクッキーは当てはまるし、コインは縁起物と考えても良いはずだ。けれどメインギフトは無い。メインはクッキーだ。そうなると、これはセーフなのかアウトなのか。いや、メインギフトもしくは記念品には、アレクセイが作ったクッキーが当てはまるのではないか。
誠がぐるぐるとそんなことを考えていると、アレクセイが顔を覗き込んできた。
「どうした。疲れたのか?」
「ふぇ?…いや、全然。ちょっと、考え事。アレクセイ、片付けるの手伝って」
バカな考えを頭の片隅に追いやると、誠はアレクセイの腕に自分の腕を絡めた。これから大量の皿の片付けが待っているのだ。一人でやっつけるには、遠慮したい量だ。
しかしそれは、フレデリクに止められてしまった。
「何?」
「何?ではないぞ。片付けはシュナウツァー達に任せておけ。私達は、遠征の最終確認だ」
「…今から?」
「そうだ。朝まで寝かせないのは、アレクセイだけではないと思え」
笑えない冗談だ。ローゼスもアレクセイもつっこまないので、誠はスルーすることにした。
アレクセイは、ふさりと尾を揺らしてから誠の頬をさらりと撫でた。
「明日からのルートと日程の確認だろう。それと、新しい情報を聞かないとな」
「りょーかい。俺も知ってないと、危ないもんな」
「マコトなら大丈夫だろうが、小班で動くからな。情報の共有は大事だ」
「おう」
誠はアレクセイの腕に絡みついたまま、先を歩くフレデリク達を追いかけた。
束の間の休息期間が終わる。明日からは、また旅だ。少しだけ嫌な予感がするが、きっと大丈夫だと誠は自分に言い聞かせていた。
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