神様の料理番

柊 ハルト

文字の大きさ
上 下
115 / 150
ショコラの接吻

02 ー 黄金のもなか

しおりを挟む
 調理に取り掛かる前に、しなければならないことがある。この辺りには、龍脈が流れているのだ。しばらく統括の神やルシリューリクに供え物を届けていないので、ここで一気に料理やスイーツを作っておきたい。
 誠はアレクセイが戻ってくるのを待って、裏手の邸が誰なのかを確認した。
 邸は建っているが空き家だそうなので、誠は鉄扇をトン、と床に立ててから少しだけ気を流した。ミョート村のように、変に滞っていたりしていないので、すぐに終わる。ちょちょいと流れを厨房の下に引き寄せるだけで終了だ。
 アレクセイは静かにしてくれていたのかと思ったが、誠に見惚れていただけのようだ。どうやら龍玉のおかげで、誠の神気の流れがほんの少しだけ見えたという。

「綺麗だった…」

 アレクセイはまだ先程の神聖な空気に飲まれているのか、そっと誠の頬に触れてから唇に口付けた。

「ふふっ」

 何とも照れくさい。誠は思わず笑うと、作業を開始した。
 皆に配る分や売る分はアレクセイに手伝ってもらうが、供え物となると誠自らが作らなければならない。
 それに、昼食と夕飯のこともある。シュナイツァーは、数日のことなので誰かに食事を買って来てもらうと言っていたが、そんなことを許す誠ではない。
 一宿一飯の恩という言葉がある。誠はアレクセイを味方に付け、滞在中の食事を作る権利を勝ち取っていた。

「アレクセイ、先に昼ご飯の準備、お願いできる?」
「了解した。昼は何にするんだ?」
「んー…メインは牛肉のステーキで、豆のスープとサラダにしようかなって。どう?」
「良いと思うぞ。マコトの料理は、何でも美味いからな」

 綺麗に笑うアレクセイは、楽しそうに尾を揺らした。
 牛肉はアレクセイに任せることにする。虎の巻を開いてスパイスなどの分量を伝えながら、誠はスープやサラダを作った。
 メインの肉料理は、メキシコ料理であるカルネ・アサーダにした。これなら適度にスパイスも使うし、王都の主流から外れた料理を出しても違和感を感じないだろうとの考えだ。
 この料理は、オレンジなどの柑橘系の果実とライムの爽やかな香りが特徴だ。彼らの歳を考えて、鷹の爪は控えめにした。
 そのままでもタコスとしてでも食べられるので、遠野家で作る場合は、各自好きな食べ方をしている。
 この邸は主室と食堂だけは大きいそうで、大きめのテーブルに五人が座ってもまだ空間を持て余していた。
 フレデリクとしては家族を呼ぶつもりはなかったらしいのだが、ローゼスに「たまには仲間と一緒に皆で食事がしたい」と言われたので、この広さになったのだとシュナウツァーがこっそりと教えてくれた。さすがはショタコン大魔王だ。
 誠はワゴンから皿を出して、それぞれの前に置いた。シュナウツァーは自分が給仕をすると言ってくれたが、押しかけたのはこちらだ。それに、アレクセイが作った肉料理を早く食べてもらいたいのもあり、誠は料理人という立場を利用して、席に着いてもらった。

「メインの肉料理は、俺が指示を出してアレクセイが全部作りました。アレクセイの成長を、ぜひ舌で味わってください」

 メインをアレクセイに任せたのは、これが狙いだった。
 おそらく、アレクセイとフレデリクを子供の頃から見守っていた彼らは、この二人を孫のように思っている。自分達を出迎えたシュナウツァーは、祖父が孫を見るような目をしていた。現に今も、フットマンのブルックリンと庭師のブロンクスは驚きながらも、にこにこと微笑んでいる。

「いやはや…歳はとるもんですな」
「本当に。騎士団で野営を行う時には自炊だと聞きますが、それがここまで…」

 二人にそう言われて、アレクセイは照れくさそうに早く食べろと勧めていた。
 昼食はどれも三人の口に合ったようだった。やはり一番人気はアレクセイが作ったカルネ・アサーダだ。スープもサラダもシンプルな味付けにしていたが、彼らもあまりスパイス過多の料理が得意ではなかったらしいので、どれも美味しいと言ってもらえた。

「喜んでもらえて、良かったな」

 厨房に戻り、食器などを片付けながら誠が言うと、アレクセイは素直に頷いた。ほんのりと染まった頬が、その嬉しさを物語っていた。

「彼ら三人は、俺にとっては祖父のようなものなんだ」

 先に夕飯のデザートを作ってしまう。アレクセイに任せたのは、寒天ゼリーだ。寒天は持ってきていたのだが、せっかくなので港街セーヴィルの市場で買ったものを使ってみたい。
 海藻と一緒に天草が売られていたが、聞けばセーヴィルではただの海藻として食べているそうだ。天草のままでは勝手が悪いので、誠は時間がある時に洗って乾燥させて使いやすいように加工していた。
 寒天に入れるフルーツをアレクセイに選んでもらいながら、誠は話の続きを促した。

「アレクセイのお爺さん達は?」
「ああ、二人共、存命だ。だが、社交シーズン以外は領地に居るからな。普段から遊び相手になってくれたのは、シュナウツァー達だったんだ」
「そうなんだ。優しそうな方達だったもんね」
「ああ。けれど、怒ると怖いんだぞ?」

 アレクセイが大袈裟に顔をしかめたので、誠は笑ってしまった。
 オーブンで焼いていたタルト台が丁度焼き上がったので、蓋を開ける。重しを取ると、タルト台は綺麗に焼けていた。
 アレクセイは誠と一緒になってオーブンの中を覗き込んだが、ゆらゆらと揺らしていた尾の元気がなくなってしまった。何か気になることでもあったのだろうか。誠が聞くと、何でもないと言う。
 今は聞くタイミングではないのだろう。
 誠は少し気にしながらも、作業を続けた。タルト台を冷ましている間に、違うスイーツに着手する。その間、アレクセイには夕飯の仕込みを手伝ってもらうことにした。
 アレクセイの態度はもう戻っていたが、やはりどこか元気が無い。尾の揺れが、いつもと違うのだ。
 昼食を食べた直後までは普通だったはずだ。態度が違ったのは、オーブンを開けた直後だ。
 タルトの匂いが体に合わないということではないだろう。嫌いな匂いなら、尾はそこまで揺れるはずがない。今まで見てきたので、それくらいは分かる。

「マコト?どうしたんだ」

 考えるあまり、手が止まっていたようだ。誠はアレクセイに笑顔を見せた。

「ごめんごめん。飾り付けのこと考えてたんだ。…なあ、アレクセイ。今晩、教会に行くの付き合ってくんねぇかな」
「ああ、別にかまわないが…。神殿じゃなくて良いのか?」
「うーん…神殿でも教会でも、どっちでも良いかな」

 どっちにしろ、創造神であるルシリューリクを祀っているし、どちらに供えてもルシリューリクに届くので、誠としてはどちらでも問題無い。信者に対してひらかれているので、入りやすいのは教会というだけだ。

「そうなのか。だったら、ここから近い教会にするか。夜のデートだな」

 アレクセイのその言葉に、誠はフフ、と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...