神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

03 ー 訪問

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 スカーレットを見送った後、部屋に戻った誠はいささかぐったりとしていた。ただの気疲れなのだが、ソファに沈み込んだ誠の頭をアレクセイは申し訳なさそうに何度も撫でている。

「…本当にすまない、マコト」

 へにゃりと垂れている耳と尾を目にした誠は少し体を起こすと、アレクセイの肩に頭を乗せた。

「来たもんは、しゃーないって。それに公爵家なんだから、アレだよ。いろいろあんだろ」
「だが…」
「見極めたかったんじゃない?俺を。お膳立てされた場じゃなくて」
「マコトを…か?」
「そう」

 少し話した感じだと、スカーレットは勢いに任せる部分もあるのだろうが、本来は多分、もっとしっかりとした人物だろう。
 急に来たのは、命を落としかけた息子の無事な姿を見たかったのが半分、その息子が決めたというツガイが、自分が礼を欠いた行動をして、どんな反応を示すかを見たかったのが半分だと誠はふんでいる。

「でも、良いお袋さんだと思うよ?面白かったし」
「…君とは気が合いそうだということは分かった」
「だろ?嫁姑問題は根深いらしいからな」

 いろんなところから漏れ聞く話だと、修復不可能な域に達するのが早そうだから恐ろしい。けれどスカーレットは誠を迎え入れようとしてくれていたようなので、大丈夫そうだ。
 しかし、問題は遠野の方だ。両親はきっとアレクセイを気に入るはずだ。母の陽子はイケメン好きだし、父の國男は妖怪好きなので獣人も受け入れてくれるだろう。しかもアレクセイは立派な狼なのだ。父も犬好きなので、獣身を見れば自分と同じく興奮するだろう。
 一番の懸念材料は、諏訪だ。そこをクリアするしかない。最終的には認めてもらうために諏訪と戦うのが先か牡丹の拳が火を吹くのが先かの二択だろうが、何とか話し合いで認めて欲しいものだ。

「スカーレットさんって、お菓子とか好きなんだよな?」

 確か以前、そんな話をしていたはずだ。誠はまだムッとしているアレクセイに聞いた。

「ああ。ローゼスと美味い店をよく探しているが…」
「今度お邪魔する時に、何作って行…あ…」
「…そのために厨房を借りるのでは無いのか?」

 その通りです。と、誠はアレクセイの肩に、顔をぐりぐりと埋めた。
 材料はあっても、作れる場が無い。せっかく手土産に焼き菓子を持って行こうと思ったのに、計画倒れだ。

「ううぅ…お菓子作りたい」
「本職だもんな」
「うん」

 こうなれば、また野外でバウムクーヘンを作るしかないのだろうか。けれど誠が作りたいのは、焼き菓子は焼き菓子でも、ケーキやパイなどだ。
 模様を描くように絞り出す生クリーム。雪化粧のような粉砂糖、宝石のような砂糖漬けのフルーツ。星や花を散らしたようなアラザンなど。思い出すだけでも、作りたくなるし食べたくもなる。今ならキャラクターモノのカップケーキも作れるテンションだ。

「ううぅ…安西先生、ケーキが作りたいです」

 誠はガバッとアレクセイに抱きついた。


 思い切りアレクセイに甘えた後、二人は商会に向かっていた。どうやらアレクセイが連絡を入れていたらしく、約束の時間が迫っていたからだ。
 貴族街のど真ん中に建っている店は大きく、「その店だ」とアレクセイが言ったそばから客が入店している。随分と繁盛しているようだった。
 店に入ってアレクセイが店員に名前を告げると、個室に通された。

「へー。落ち着く内装だね」

 個室のドアを開けると、中からはふんわりと花とハーブの良い香りが出迎えてくれた。
 ソファに座ると、誠は室内を見回した。クリーム色の壁紙には、凹凸を利用して蔦の模様が描かれている。テーブルはどっしりとしていて、深い焦茶色をしており、縁には華美になり過ぎない程度の彫刻がほどこされている。深緑のソファは同系色の糸で花の刺繍が刺されてあった。
 タペストリーや絵画も小さめの物がいくつか飾られてあり、控え目な印象の部屋のアクセントになっていた。

「普通は商会の商人が貴族の家に向かうのだが、この商会はこのような商談部屋と、ここでしか飲めない紅茶が特徴なんだ。俺達の前に入った客が居ただろう。彼らも貴族だ」

 確かに誠達より先に入って行った一行が居たが、身なりはかなり良かった。そんな貴族がわざわざ足を運びたくなるような紅茶に、誠は胸を躍らせていた。

「…まあ、ここがあの母の商会なんだがな」
「え?マジか。凄いな。…あれ?じゃあ、今日ここに来たのって」

 もしかして。と、アレクセイを見ると、アレクセイは口角を上げて尾を揺らしていた。

「ああ。マジックバッグを選ぶなら、早い方が良いだろう?」
「やった!ありがとう、アレクセイ」

 誠が礼を言ったところで、ドアがノックされた。待望の紅茶だ。
 絵付けされたティーカップに注がれた紅茶は香り高く、色も綺麗だ。父が厳選して購入した、超高級茶葉とよく似ていた。これが飲めるのなら、貴族が足を運ぶのも納得できる。
 どこでこの茶葉が買えるのかと考えていると、次にやって来たのは初老の店長だという男性だった。やはり来店予約をしたのが、商会トップの息子だからこその対応だろう。
 銀のトレーに並べられた見本の布は、どれも気軽に使えるだろうものばかりだった。

「気に入った柄や色はあるか?」

 生地を選んでいると、ゆっくりと紅茶を飲みながらアレクセイが聞いてくる。きっと事前に、店側に事細かに指示を出していたのだろう。見本の生地は、黒色が多い。柄物が少ないのは、この世界にはあまり無いからだろう。
 けれど、細いストライプ柄は街中で見かけたことがあるし、この中にもあった。誠は迷わずそれを選んだ。

「うん。これにする」

 黒地に銀色のピンストライプだ。これなら誠の好きな色だし、アレクセイの銀色も入っている。それに、ローゼスに貰ったエプロンと合わせても違和感が無い。

「ふふ…」
「…何か?」

 自分におかしい行動があったのだろうか。誠は笑い声の主である店長を見ると、彼はしまったとばかりに口元に手を当てていた。

「いえ、申し訳ありません。アレクセイ様が、やっとツガイになる方を連れて来て頂いたと思うと、嬉しくてつい…」
「えーと…想像と違いましたか?」

 こんな時、どんな顔をすれば良いのか分からない。「笑えば良いと思うよ」という例の台詞もあるし、誠はしっかりと日本人気質を持ち合わせているので、とりあえず笑っておいた。
 すると店長も誠にニッコリと笑い返してくれた。

「いえいえ。素敵な方だと思いました。アレクセイ様と…そうですね、お二人が並ぶと絵になるというのはもちろんのこと、雰囲気が素敵だと。それに、こんなに嬉しそうなアレクセイ様は久し振りに見ましたよ」
「そ…そうですか」

 かなり褒められたような気がする。恥ずかしくなってアレクセイを見ると、アレクセイも同じ気持ちなのか、少し耳を倒して尾も忙しなく揺れていた。

「ほっほっほ。アレクセイ様、ようございましたね。このリクロー、幼い貴方様との約束を見届けることができて、感無量でございます」
「約束って…?」
「ええ。フレデリク様とご兄弟で来店された時に、ツガイができたらこちらの店の商品を贈る、という約束を私と交わしてくださいましてね」
「へー」

 今日はアレクセイの子供の頃の話をよく聞く日だ。欲を言うともう少し聞きたいところだが、あまり突っ込んで聞くとアレクセイの羞恥心が火を吹きそうなので、この辺りで辞めておいた方が良いかもしれない。
 現に今も、もうそれ以上聞くなとしっかり手を握られている。誠はそれに気付いた店長と笑い合いながら、その生地でマジックバッグを作ってもらう手続きを行っていた。

「まったく…今日は何とも言えない日だな」

 店を出てから開口一番。アレクセイは乱暴に尾を一振りすると、誠をぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。

「そう?俺は面白かったけどな」
「…君はそうだろうが、俺としてはあまり聞いてほしくなかったな」
「ふふふ」

 思わず笑いが零れてくる。これだけの美丈夫なのだ。子供の頃は、攫ってしまいたくなる美少年で、赤ちゃんの頃は垂涎ものの可愛さを持つ仔狼だったに違いない。
 残念ながらこの世界には写真が無いようだが、絵姿ならあるだろう。スカーレットに頼んだら見せてもらえるだろうか。
 そんなことを考えていると、目の前には育った後の美丈夫の顔が迫っていた。

「マコト…君が何を考えているのか分かるぞ。俺の絵姿を見るより、兄上やローゼスのを見せてやるから勘弁してくれ」
「え…何で分かったの?って言うか、あの二人の、あるんだ」
「ああ。お気に入りだと幼い頃から兄上が家に呼んでいたからな」
「…オニーチャン、ガチでショタコンだしストーカーじゃね?」
「あれは筋金入りのローゼス限定の変態だ」

 アレクセイの子供の頃の話はいくらでも聞きたいが、フレデリクの話はいろんな意味で怖いので聞きたくない。そんな兄が居るのに、アレクセイはよくぞ真っ直ぐ育ったものだ。
 誠は背伸びをしながら、アレクセイの頭を撫でていた。
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