神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

04 ー 亜種

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 お互いに礼を言い合い、カージナルはそこで別れた。
 誠はアレクセイに連れられ、今度こそ魔道具店に向かっていた。

「しっかしさぁ…」

 訓練中も団員達の視線は感じていた。敷地内を出て、やっと解放されたことに誠は息を吐く。

「何だ?」
「カージナルだよ。何かすぐ餌付けされてたけど、大丈夫なのか?」

 第三部隊は、諜報活動がメインの部隊だ。美味しい物につられて仕事を満足にこなせるのか。誠はカージナルを心配していたが、どうやら要らぬお節介だったようだ。

「ああ。アイツは兄上の子飼いだからな。あれでも優秀なんだよ」
「あれでも…」
「あそこまで懐くとは思わなかったが、多分マコトだからじゃないか?手合わせをしている間に、君を心から認めたんだと思う。本来は警戒心が強い奴らだからな」
「そうなんだ。何かちょっと嬉しいね」

 よく「可愛いは正義」だと言うが、その通りだと思う。それに、実家の近くの野良猫には避けられていたのだ。ローゼスに続き、猫と仲良くなれた誠の機嫌は上向きになっていた。


 段々と空の色がオレンジへと変わる時間になると、大通りは人が溢れてくる。空の買い物籠を持って夕飯の買い物に行く者や、今日の成果を携えた冒険者の姿が多くなってくるのだ。
 その人波をすり抜けるように、アレクセイは誠をエスコートしていた。そして人通りが少ない職人街に並ぶ店の一つに入った。
 カランカランと、ドアに取り付けられているベルが店内に響く。中には数人、冒険者の姿があった。雑貨店のようにいろいろな商品が並べられているが、店内は思ったよりも狭くない。

「先にマジックバッグを見ようか?それとも、店内を一周しようか」

 さすがアレクセイは分かっているのか、誠の腰を抱いたまま聞いてくる。ありがたくその提案に乗ることにして、誠は棚の端から商品を見ることにした。
 駄菓子屋に並んでいそうな玩具やら謎の粉、大型のよく分からない道具まで並んでいるので、見ていても飽きがこない。棚の一角には錬金術に使う道具が並んでいたので、ずっと保留にしていたポーション作りに必要な物を物色していると、アレクセイも興味深そうに一緒に見てきた。

「アレクセイも、ポーション作りに興味あんの?」
「いや。調理道具に似ているなと思ってな」
「確かに」

 材料をすり潰す棒や、かき混ぜる用の柄の長いスプーン、鍋などは、厨房や家庭のキッチンにあってもおかしくはない。

「錬金術はキッチンから生まれたって言うし、だからじゃないかな?」
「そう言えば、そんな言葉があるな。けれどマコトは錬金術師じゃなくても、厨房で魔法を使っているぞ」
「…それくらい美味いってこと?」
「もちろん」

 嬉しい褒め言葉だ。クスクスと笑い合いながら、誠は道具を選んでいた。
 本当はキッチン用品で代用しようと思っていたのだが、せっかく魔道具店に来たのだ。ポーション用の道具なら安価なので、一セットは買っておいても損はないだろう。
 選び終えると、次は本命のマジックバッグだ。マジックバッグは店員が居るカウンターの向こうの壁に並べられていた。

「すまないが、時間停止の付与が無いマジックバッグはどれだろうか」
「付与が無い物でしたら、下の二列がそうです」
「そうか。ありがとう」

 アレクセイに礼を言われた店員は、頬を染めていた。もう誠の方を向いているアレクセイは気付いていなかった。
 ツガイ以外には興味はない。そう言外に表しているようで、店員には悪いが誠は嬉しく思っていた。

「…マコト、選ばないのか?」
「いや…うん、選ぶけど」
「君が好きそうなのは…あの右の黒いのか?あれはブラックブルの革だろうな。けれど、料理に使うのなら、汚れても気にならない素材の方が良いのか?」

 どうやらアレクセイは、段々と誠の好みを把握しているようだ。確かにあの巾着の革は好みだ。

「んー…そうだね。それがネックなんだよなぁ」

 かと言って、木綿や麻の巾着やポーチは好みの色ではない。少し妥協すれば良い話なのだが、マジックバッグは高価らしいので、それも勿体無いと思ってしまう。

「ぐぬぬ…」
「マコト。迷っているなら、次の手を打とうか」
「次の手って…ああ、アレクセイの」

 近くに店員が居るので他所の店の話を出さなかったが、どうやら当たったようだ。アレクセイは小さく頷くと、誠が持っていた道具を店員に渡した。

「会計を頼む」
「え…アレクセイ?」

 アレクセイはスクエアポーチから自らの巾着を取り出した。そしてウインクを一つ。

「俺に贈らせてもらえないか」
「いや、でも…」
「いいから」

 アレクセイはさっさと支払ってしまうと、誠に渡した。

「…ありがと」
「ああ」

 会計の時に俺が、いや私がというやり取りはスマートではないのでこの場はアレクセイに譲ったが、奢られっぱなしも性に合わない。
 ここは一旦引くことにするが、誠は何かアレクセイが驚くような物をプレゼントしようと密かに誓っていた。


 地球には無い魔道具店でかなり過ごしてしまったので、店を出るとすっかり日が暮れていた。朝に立てた予定通り、騎士団の寮の食堂で夕飯を食べることになったのだが、並んでいた料理は朝食よりも肉の種類と量が増えていた。
 アレクセイと分け合ったので、全種類少量ずつ食べることができたのだが、食堂を出た誠は微妙な表情を浮かべていた。

「明日は宿の朝食にするか?」

 誠の顔を覗きながらアレクセイが聞いてきたので、誠は大きく頷いた。高級宿だが、朝からスパイスがしっかり効いた肉料理は出ないだろう。
 部屋に戻ってぐったりとソファに座っていると、側を離れていたアレクセイがティーセットを乗せたトレーを持って誠の隣に座った。

「ありがと」
「ああ。しかし、今日は疲れたな。もう少しゆっくりできると思っていたんだが」
「…だねぇ。まさか亜種に遭遇するとは」

 思い返せば、何とも濃い一日だった。定住する前に今後の予定が決まったが、アレクセイと一緒だし手助けができるのだ。しかも手付金まで貰えたので、誠としては何も言うことは無い。
 けれど一つだけ言えば、そろそろスイーツを作りたいところではある。
 やっと飲み頃になったハーブティーを口に含むと、ミントの爽やかな香りが駆け抜けた。

「美味しい」
「良かった。マコトがハーブティーも好むと伝えたら、ローゼスが渡してきたんだ。菓子の礼だそうだ」

 アレクセイはスクエアポーチから茶葉が入った瓶を取り出すと、誠の前に置いた。

「そうなの?別に良いのに」
「いや、貰ってばかりだと気にしていたからな」
「そうだったかな?…あ、良い香り」

 蓋を開けて鼻を近付けると、ミントの爽やかな香りが鼻を抜ける。肉を食べた後なので、清涼感溢れる香りは大歓迎だ。
 誠は蓋を閉めると、バッグにしまった。

「しっかし、直接俺に渡しゃ良いのに。どんだけツンデレなんだよ」
「褒められると弱いタイプだからな。まぁ…察してやってくれ」
「でも、そんなローゼスでもオニーチャンはニヤニヤしながら見てそう」
「見ているぞ。兄上は性格が悪いからな」

 本人が居ても居なくても、アレクセイはフレデリクに対して辛辣な時がある。誠はその言い方が面白くて、くつくつと笑ってしまった。
 そしてカップを置いて、向き合う。

「…あのさぁ。ちょっとお願いがあるんだけど」

 前々から気になっていたことだ。改めてアレクセイに頼むことではないのかもしれないが、ずっとそうしたいと思っていたことだ。
 アレクセイなら断らないと分かっていても、少しだけ誠は緊張していた。

「何だ?俺にできることなら、何でも叶えるが…」
「うん…。アレクセイの尻尾の手入れ、させてくんないかな」
「俺の?してくれるのか?」
「もちろん」

 そう言うと、アレクセイの尾は盛大に揺れた。
 そんなに嬉しいのかと思ったが、獣人は尾の手入れをし合えるのが良いツガイだと言われているそうだ。お互いの大事な体の部分を預けられる。つまりは、信頼関係がしっかり築けているという解釈らしい。
 それならと、誠は自分の耳と尾を出して、そのうちの一本をアレクセイの腕に絡める。

「狐の尾なのに、器用なんだな」
「ま、妖狐ですから」

 誠は早速、バッグの中から椿油と専用のブラシを取り出した。

「楽しそうだな」

 尾を触りやすいように、アレクセイは誠の膝の上に乗せた。

「ん?そりゃ、もう。だってこんな綺麗な銀色だし、ふわっふわじゃん。もう一目惚れだったね」
「マコトが惚れたのは、俺の尻尾だけか?」

 アレクセイはわざと誠の耳元で囁くように言う。人型をとっていても、本来の姿に戻っても、耳が自分の弱点だということはアレクセイにバレている。それに、その声も好きだということもそうだろう。
  耳を押さえながらアレクセイを見ると、少し意地悪な銀狼の口角は片方だけ上がっていた。

「もう…!」

 誠はぷりぷりと怒ったふりをしながら、アレクセイの尾にブラシを通した。
 いつ見ても立派な尾だ。狼は種類によって尾のふさふさ具合が違うが、アレクセイは誠にとって、理想のふさふさだ。シンリンオオカミに近いのかもしれない。
 朝、適当にブラシを通しているのを何度か見たが、それだけでこの艶とボリュームなのだ。しっかりと手入れをすれば、どれほどになるのかと何度思ったことだろう。
 誠が尾の手入れをしている間、アレクセイは誠の尾で遊んでいた。猫のように器用に動くさまが、珍しいのだろう。
 仕上げの椿油を薄く伸ばして丁寧に塗り込めると、アレクセイの尾の輝きは違って見えた。さすがは牡丹御用達のオイルだ。諏訪が作っているのだから、高級オイルとは訳が違う。塗っても一切ベトつかず、すぐさま傷んだ毛を修復させて艶やかな輝きを放つという一品なのだ。
 思わず頬擦りしたくなるのを堪え、誠は仕上がりを確認してもらった。

「…凄いな。自分の尻尾なのに、別人のような気がする」
「だろ?恰好良い尻尾だなぁ」

 見惚れながら尾を撫でていると、誠の体は宙に浮いた。そして下ろされた先は、アレクセイの膝の上だった。

「ありがとう、マコト。この礼はしっかりしないとな」

 不敵に笑ったアレクセイの顔に見惚れてしまったが、アイスブルーの瞳はギラギラと煌めいている。どうやら変なスイッチを押してしまったようだ。
 逃げようとしたが、がっちりと腰を抱かれているので立ち上がることすらできない。

「九本もあるんだから、手入れが大変そうだな。俺がしっかり手入れしてやるから、心配しなくて良い」

 いや、目が怖いんですけど。
 そんな台詞は、アレクセイが根本からねっとりと撫であげたせいで消えてしまった。誠は声にならない悲鳴を上げながら、愛撫に近い手入れが終わるまで、アレクセイから解放されることはなかった。
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